魔法少女、飛ぶ

「それじゃ行きましょうか」


 なんて言いながら俺の背後に回って両脇に手を突っ込んでくる璃砂。そのまま胸をひと揉みしてから俺の身体の前で組まれる璃砂の手。両腕に力を込めているのがわかる。身長差のせいで俺は自然とつま先立ちになってしまう。


 ちょっと待て? まさか俺も一緒か!? てっきり璃砂がひとりで飛ぶものとばかり思っていたんだが!? あと戦闘が終わったらでいいから胸を揉んだ意味を教えろ! 特に理由がなかったらぶっ飛ばすかんな!


「あの、璃砂さん?」


 心の中には色々と言いたいことが並んでいるが、口から出てくるのは確認のための呼びかけだ。


「3、2、1――」


 スルーしてさっさとカウントダウンを始めてしまう璃砂。ああもう!


「――0! 防御任せるわ!」


 足元で大きな爆発が起きて、身体が浮き上がる。思わず足をバタバタと動かしそうになって自重する。この状態で暴れて落とされでもしたらたまったもんじゃない。


 さてここからどうなる? と思っていたら身体の向きが変わっていく。具体的には、蔦使いに璃砂が背中を向ける形だ。何故に攻撃対象に背中を向けるので? そう思ったけど答えはすぐにわかった。


 俺が持ったままの盾に突き刺さる3本の水矢。これまでと違って、やじりが内側まで食い込んできた。


「セーフ……もうちょっと分厚くしよ」


 盾のイメージを練り直す。加えて形も少し変更だ。四角形で平面じゃなくて丸型で曲面に。受け止める方向から逸らすことを目的に切り替えた。もちろん間違っても俺や璃砂には当たらないように、大きさは全身を隠せるサイズのままだ。


 璃砂が足裏を正面に向けると小さな爆発が起こって、爆風に押されるようにして身体が後ろに進んでいく。


 これさ……俺の姿って傍から見たらかなり間抜けじゃね? 同い年の女の子に両腕で抱えられてるんだぞ? あ、でも俺も見た目は女の子で……璃砂よりも小柄な訳だから、そこまで変じゃないのか? 気持ちの面を考えなければ、だが。


「透、加速するわ」


 璃砂の足裏で爆発が2回。一気に加速するが目標との距離感は大丈夫なんだろうか。あ、ヤベ。弓矢使いが俺たちへの攻撃を諦めて大きく息を吸い込んでる。蔦使いに警告を出されたら――と思っていたら弓矢使いが慌ててその場を飛び退いた。直後その場を襲う水龍。しっかりと首に噛みつこうとしていたのまで見えた。


 噛みつき攻撃を外しても、更に追撃していく水龍。反撃をものともせずに弓矢使いを追い込んでいく。


 思わずケンシンを見ると、水で作られた水球の内側にいた。防壁として使っているのか、槍使いと大剣使いが攻撃しても弾き返している。そして本人は魔法刀を天井に向けており、そこから水龍が伸びていた。


「……」


 ケンシンさん……? もしかしなくても、手を拔いてました? 3人を相手取って押しているように見えたときから怪しかったけどさ! これがどっかの邪神だったら悪ふざけだろうけど、ケンシンはなにか理由があるんだろうな……あるよな?


 それにしても……ここが天井も高い広場で助かったな。これがもし普通に通路として設定した洞窟だったらケンシンのあの攻撃はもちろん、璃砂も飛ぶなんてできなかっただろうし。


「向きを変えるわね」


 もう攻撃は飛んでこないと判断したのか璃砂が宣言通りに身体の向きを変えて、正面に蔦使いの背中を見据えることになった。背後で状況が大きく変わってるってのに気づいてる様子がない。


 逆にリッカと少女は俺たちに気づいたようだ。視線を一瞬だけ向けてきたけど、蔦使いに悟られないようにすぐに逸らした。


「俺が殺るか?」


「透はもう経験済みでしょ? 私が殺るわ」


 ぐんぐんと近づいてくるヤツの無防備な背中。璃砂が殺る気になっているのなら、俺がすべきは失敗したときの反撃から璃砂を守ること。


 蔦の攻撃を盾で受けたところで回り込んで来そうだから、切断の方向でいこう。刃の薄い、切断だけを考えた短剣を準備しておく。


 にしてもさ……俺を抱えたままでどう攻撃するつもりなんだ? 炎弾を飛ばすとかならとっくにやってるだろうし、わざわざ言うってことは接近戦を考えてるんだよな?


「離すから着地頑張って」


「は? おい璃砂――嘘だろ!?」


 躊躇なく離しやがった! 重力に引かれて落下していく俺の身体。足から着地できるか? 無理! 変な勢いがついちゃってるのか、身体が前に傾いていってる! 胸からダイブする!? この大きさならクッションになって案外助かるか? なんて馬鹿なことが頭を過るも、必死に生成前の短剣をキャンセルして――滑り台をイメージ! ついでに床も! スケートリンクみたいな感じで! 速攻で生成して頭から飛び込み――


「むっぎゅ!?」


 ――狙い通りにはなった。ただし、大きな胸が潰れたときの痛みを想像できていなかった。うつ伏せのまま氷の床を数回転しながら滑り続け、止まったときには目に涙が浮かんでいる有り様だ。痛え……経験したことのないタイプの痛みがツラい……。


 涙で滲む視界で璃砂がどうなったか確認すると、長剣で蔦使いの背中から貫いていた。位置的には心臓。


「ごぼ……っ、て、てめえ……」


 たぶん即死だろうと思っていたのに、ギギギと油の切れたブリキのオモチャみたいに頭だけで振り向いた。


「っ」


 血走った眼で睨みつけられた璃砂が息をのんで後ずさる。


「璃砂ちゃん! そのひとは異世界人です! この世界とも地球とも違う世界の人間です! 心臓の位置も違う可能性があります。首を飛ばしてください!」


 少女の言葉で我に返った璃砂が、剣を引き抜き身体ごと回転しながら首を跳ね飛ばした。ゴトッと鈍い音を立てて地面に落ちた首は半回転ほど転がり、止まると粒子になってダンジョンに吸収されていった。


「ふぅ……」


 安堵の息を吐くと同時に、変身が解除される璃砂。そのままペタンと座り込んでしまう。本当にギリギリのところだったようだ。同時に俺たちを囲むように現れる巨大な水のドーム。ケンシンさぁ……文句はあとだ。


「やっぱ璃砂ちゃんだ! よかった……」


 蔦使いが死んだことで魔法が効力を失ったのか、拘束が外れて起き上がる少女。膝立ちになって璃砂を抱きしめていた。


「なんで私の名前を知ってるの? 初めまして……よね?」


「――え? なに言ってるんですか? 音月璃砂ちゃんですよね?」


 戸惑ったように璃砂を正面から見下ろす少女。


「……ええ」


 警戒したように頷く璃砂。


「わたしですよ、石上朔美いしがみさくみです。ほら、透くんも一緒によく3人でオタトークしてたじゃないですか。高1からずっと同じクラスですよ? 休日も部活が休みなら3人で本屋とかアニメショップに行ってましたよね?」


 徐々に自信がなくなってきたのか、声が小さくなっていく石上朔美と名乗った少女。


 普通に俺の名前まで出てきたな……高1からだから、丸2年近く同じクラスな訳だ。


「透……石上さんのこと知ってる?」


「え……?」


 璃砂の言葉で驚いたように俺を見る石上さん。反応に困ってるけど、俺も困ってる。完全に邪神案件だよなぁ……。


「取りあえず戦闘が終わってからにしよう」


「それもそうね」


「……」


 賛成してくる璃砂と、黙り込む石上さん。


「とは言っても、私は魔力切れで戦力外だけど。リッカは?」


「リッカも無理ですぅ」


 俺たちの会話を聞いて成り行きを見守っていたリッカも戦力外だと申し訳無さそうに言ってくる。


「じゃあふたりは石上さんを連れて先に転移してくれ。俺はケンシンに合流する」


「悪いけどお願いね」


「むぅ……ダンジョンモンスターとして不甲斐ないです……」


「転移? ダンジョンモンスター……?」


 俺たちを見回して顔が引きつっていく石上さん。そしてボソッと「ダンジョンマスター?」と漏らす。あ、俺たちとオタク仲間だったみたいなこと言ってたもんな……この世界で冒険者やってるみたいだし、その知識も合わせると察しちゃうか。


 やがて意を決したように俺たちを見る石上さん。


「あ、あの……わたしを保護してくれるなら……おふたりの魔力を回復できますよ?」


 なんて予想外過ぎることを言い出すのだった。

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