邂逅

 転移した先は、1層の正しいルートである中央の道。その途中に設定してある迎撃地点のひとつだった。広場や部屋と言ってもいい。本来はモンスターを配置して陣形を組ませて、侵入者を迎え撃つための場所だ。そこには現在、6人組の冒険者が居る。


「っ!」


 正確には、ひとりの少女を5人の男たちが追いかけ回している。本気になれば簡単に捕まえられるだろうに、狩りを楽しむように周囲を囲んで逃げられないようにしつつ徐々に輪を狭めている。どう考えても遊んでいるようにしか見えない。


 逃げている少女は、璃砂よりも身長がだいぶ高いな……。俺の本来の身体よりは低そうだから……160後半くらいはありそうだ。茶髪は地毛だろうか? ショートヘアでもハッキリとわかるほどの癖っ毛で先端が跳ねている。健康的に日焼けしている肌と合わせて、なにかスポーツをやっているのかもしれない。年齢は同年代に見える。


 服装は白いシャツに焦茶色のショートパンツという格好だ。スラッとした手足の長さがよくわかる。それでいて顔はアイドルに居そうなレベルで可愛い系だ。なんとなく流れで見てしまった胸は……ノーコメント。ぺったんこに見えるのは防具の上からだからだろうな、うん。璃砂のお尻と同じく地雷の可能性が高そうだ。


 ちなみに防具は革製の胸当てだけという。冒険者というよりも、薬草採集に出た街娘だと言われても納得してしまいそうな装備だった。


 武器も持っていないしな……いや、違うか。休憩中に仲間だと思っていた男共にいきなり襲われて、武器を確保できなかったんだろうな。広場の隅っこに薙刀が放置されているし、それが彼女の武器だと思う。俺たちが近くに投げ込んでやろうにも場所が悪い。しっかり連中の包囲の内側だ。


 肝心の少女は――その顔立ちと雰囲気から日本人なんだろうな、とは感じる。


 問題なのはシャツの胸元や首元が不自然に皺だらけだったり、片袖が切られていたり、ショートパンツもナイフか何かで浅く切られた形跡があることか。よく見ると、右頬に薄っすらとビンタらしき跡まで残されている。


 恐らく、捕まって暴力を振るわれては意図的に解放されて、捕まってを繰り返していたのかもしれない。


「私かリッカがもう少し気づけていれば……」


 璃砂が後悔を滲ませている。『襲われそう』じゃなくて『既に襲われていた』わけだ。そういやリッカは何をしているんだ? 邪神がクソ野郎との暗黙の了解で人間同士の争いに動けないのはわかるが……璃砂の指示で別に動いてるのか?


「くっ」


 少女が悔しそうな声を漏らした。隙を見て、逃げるか武器を確保する。必死にそれだけを考えているのがわかる。散々な目に遭っているだろうに、瞳には涙も浮いていない。折れずに状況の打開だけを考えている目だ。当然、男たちよりも周囲に意識を向けており――俺と目が合った。正面からバッチリと。すぐに一緒に居るケンシンに気づき、璃砂を見て――


「――!?」


 ――目を見開いた。まるで親しい友人に思いがけず再会したかのような驚きようだ。一方で璃砂はポカンと首を傾げている。自分を見て驚いているのはわかるが、理由がわからないといった感じか。


 そんな少女の反応で異変に気づいたのか、男たちもこちらを見てくるが――


「お? こんな連中あの街に居たか?」


「さぁ? ギルドで見た記憶もないな」


「俺たちと別口で入ってきた冒険者ってことか」


「つまり好き放題していいってことだな」


「ぎゃはは! 女だらけだぞ!」


 ――あ、ダメだコイツら。俺も璃砂も仲良くなれないタイプだ。会話すら無理そう。


「あのデカパイ見ろよ! 揉みくちゃにしてぇ!」


 男共の舐めるような視線が俺の胸に集まる。ゾッとした。キモ! 視線がキモい! 思わず自分の胸を庇うように抱きしめて後ずさってしまう。


「――」


 璃砂が必死に笑い声を殺しているのが気配でわかった。


「だはははははは! 反応が普通に女の子すぎるんだけど!」


 うっせえ! あんな目で見られたら誰だってそうなるわ! ちゃんと最後まで笑わずに耐えろよ!


「あっちも脚がむっちむちだぞ! さぞケツも肉付きがいいんだろうな!」


「ん、ふ――」


 あっぶね! 吹き出すとこだった!


「ねえ! こっちに対してはなにかないの?」


 璃砂がそんなことを言ってケンシンを指差す。巻き込んでやるなよ! 前世は男なんだから! 一応女性説もあるけど!


「そっちはヤバそうな香りするから触れないでおく!」


 なんか会話成立してるし! いや、璃砂の意図はわかるぞ? 連中の意識をあの娘から逸らして、逃がそうとしている。ただ向こうは向こうで、4人がゆっくりと俺たちに近づきつつ魔法で武器を作った。氷の大剣、炎の槍、水の弓矢、鉄の大盾と鉈。ちょっと待て。


「……これまでの相手とはレベルが違いますな。用心を」


 ボソッと警告を送ってくるケンシン。だよな? 俺の気のせいじゃないよな? 明らかに強そうなんだが!


「きゃあ!」


 更に残りのひとりが素早く少女を捕まえていた。1対1で逃げられなかったか……いや違うな。男が本気を出しただけか。


 地面に組み伏せられた少女だが、そのまま男が魔法で出現させた蔦によって手足を拘束されてしまった。地面から伸びた蔦に両足首と太もも、両手首と二の腕を縛られている。ただピンと張られたわけではなく、それなりに遊びがある。その気になれば手足は簡単に動かせそうに見えるな。割と振り払えるのでは? なんて思ってしまう。というか、ワンチャン立てるよな?


 少女も同じく考えたのか、両足を大きく動かして――


「いぎっ!?」


 大きく顔をしかめた。かわいい顔が苦痛に歪んでいる。両足首と太ももからは鮮血が滴り落ちて、洞窟の床を濡らしていく。


「おっと、動くなよ? 一定以上の範囲を越えて動くと、トゲが飛び出してキレイな肌を傷だらけにしちまうからな」


「ん、ぐ!?」


 痛みが酷いのか、無意識に右手で足を触ろうとした少女。今度は右手首と二の腕から血が滴り始める。


「ははは! 言うのが遅かったか! 悪い悪い! 太い血管は避けてあるからそう簡単に死なねえから安心しろ」


 確かに言葉通りなんだろうが、出血が止まる様子はない。さっさとコイツらを殺してあの娘を助けたいが、他の4人が隙なく俺たちを窺っているせいで下手に動けない。しかも明らかに今までの相手とレベルが違うときている。


「――」


 少女がなんとか俺たちに顔を向けて口を動かす。声は届かないが、目線が俺たちを越えて背後の通路に向いていることから『自分を置いて逃げて』と言っているらしい。次の瞬間、彼女の怪我している箇所が光に包まれると出血が止まり血痕まで消えていた。「ほら、自分は大丈夫だから璃砂たちは逃げて!」そう訴えているようにしか見えない。


 ……あの自己再生があるから、あんななぶるように襲われていたのか……。とりあえず傷は大丈夫そうなのは一安心だけど……最悪、俺たちが来るずっと前から襲われ続けていた可能性が……。


 あの娘だって本当は助けを求めたいだろうに。あるいは、璃砂が同じ目に遭うのを恐れている可能性もあるか。璃砂を見てビックリしていたし。俺の知らない、知り合い……友達なんだろうな。


 魔法少女の璃砂は顔が同じとはいえ髪色が変わって印象が違ければ、胸も盛っている。それでもひと目で気づけるくらいには親しい友達……俺の記憶にないクラスメイトか。そして璃砂も間違いなく同じ思考に至ってるはずだ。同時にわかったこともある。璃砂も俺同様に記憶が欠落している。


 そして――邪神から聞いた話を当てはめるなら……先に召喚されたのは彼女だ。その影響で俺と璃砂の記憶が弄られていて……次に俺と璃砂が同じ世界にダンジョンマスターとして送り込まれ――ちょっと待った! 俺にはクラスどころか、学年全員の記憶が無いんだが? まさか全員召喚されている? 


 もう助けないなんて選択肢は取れない。ここで見捨てたら絶対に後悔する気がしてならない。情報も得られそうだし、なにより……目の前でこれ以上あの娘が傷つくのを見たくない!


「璃砂。あの娘を助けることを優先して、さっさと転移してくれ。ケンシン。俺たちで全滅させるぞ」


「……わかった」


 一瞬、反論の気配を感じたけど自分の魔力量を考えて渋々頷いたんだろうな。璃砂がダウンして合流するまでおよそ1時間。回復した魔力量はどのくらいなんだか。恐らく、1割とかしかないはず。もっと少ない可能性まである。


「御意っ」


 ケンシンはこれまでと変わらない言葉を返してきた。ただ……連中に対して怒っているのかもしれない。語尾に力が入っていた。


 開戦の狼煙は――


「隙ありですぅ!」


 ――突如、少女の近くに転移してきたリッカのチェンソーによる一撃だった。ターゲットは蔦の魔法を使った張本人だ。

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