増える違和感
転移した先は、1層の入口から最初の脇道を少し進んだ位置だった。ちなみにあと数分進めば行き止まりになる道でもある。他のグループとも離れており、仮に大きな叫び声を上げたところで聞こえないはず。
「このまま尾行して袋小路で襲うって方針でどうだ?」
間違っても前を行く3人に気づかれないように、ささやき声でケンシンに確認する。幸いなことに緩いカーブになっている場所なので、壁側に寄ってしまえば振り向いても姿は見えないはず。
「問題ないかと」
互いの顔を寄せ合っているからか、ケンシンから桐のような香りが漂ってくる。今更ながら、年上の美人さんであることを意識してしまう――が、外見はともかく男同士ではあるんだよな……一応。
「敵の装備は……短剣と槍。もうひとりがわからないな」
前のふたりは革製の防具に武器とわかりやすい。最後のひとりは革製の防具は同じだけど、武器が見当たらないんだよな……ただ宝石のついた腕輪と指輪をしているから――
「魔法師でしょうな。攻撃魔法か支援魔法、回復魔法。どれが得意かまでは情報が不足しておりますのでなんとも」
「なら最初に狙うのは魔法師……たぶん攻撃魔法の使い手じゃないか?」
「そう思った理由をお聞きしても?」
「回復役とか支援役なら普通は守る対象だし、真ん中に配置する気がする。でもあの3人は最後尾に魔法師を置いてる。完全に後衛かなって。ただし、襲われても他のふたりがフォローする時間稼ぎくらいはできる力はあるかな? 案外魔法で武器を作って接近戦可能だったりしてな」
「……なるほど。それでどう対処するおつもりで?」
「俺が魔法師を殺る」
なんでだ? 殺る。そうハッキリと口にしたのに、嫌悪感なんて湧いてこない。むしろしっくり来ているのが怖い。おかしいだろ……どうして人を殺そうと思っているのに……俺は平然としている? 実は内なる殺人衝動を持っていた。なんてこともないはずだ。
「御意。残りはそれがしが」
「……わかった。頼む」
イメージするのは邪神が使っていた蔦だ。それを氷で再現する。地面から飛び出して四肢を拘束する氷の糸。躱された場合も考えて、氷柱の発射準備も忘れない。そして念のため氷剣も用意しておく。
決まればあとは行動だ。足音を立てないように細心の注意を払いながら尾行していく。やがて――
「くそ、行き止まりだ」
「宝箱みたいなのも無いな」
「引き返そうぜ」
そんな会話を交わして引き返してくる3人。通ってきた道を戻り始めて――俺たちに気づいたのか、足を止めた――いまだ!
「な!?」
「くそっ!」
ふたりは拘束に成功。ただ、ひとりだけ。短剣使いだけは俺の魔法が発動すると同時に地面を蹴っていた。人とは思えない速度で真っ直ぐ俺へと向かってくる。咄嗟の判断で氷柱を撃つも、短剣で弾かれてしまった。
仕方なく氷剣を構える。邪神とのチュートリアルで失敗した距離感の誤差の修正はまったくできていない。よってこちらから攻撃するのは不安だ。なら狙うべきはカウンター。それも氷剣ではなく、射撃魔法での反撃が安定だろうな。だとすれば……短剣による俺の首を狙った斬撃を、受け止め――
「おっら!」
――るフリをして氷剣の刃部分に滑らせるようにして上方に逸らした。氷の利点だよな。文字通り滑る。敵の短剣はそのまま俺の頭の上を通過していく。氷剣はもういらない。自壊させると氷の破片がキラキラと周囲に散らばった。俺は自由になった右手を銃の形にして短剣使いに向ける。
「――っ!?」
驚愕に目を見開く短剣使い。その眉間に躊躇なく氷柱を撃ち込むのだった。
ドサッ! そんな音と共に倒れる短剣使い。額には銃痕のような穴が空き、ドクドクと赤黒い血が溢れ出ている。錆びた鉄のような臭いが鼻につく。吐き気を催すような光景なのに、初めての殺人に動揺して様々な感情が暴れてもおかしくないはずなのに、俺の心は至って平静だった。
それどころか、拘束しているふたりにトドメを刺すべく目を向ける余裕すらある。まるで――こんなことが初めてではないかのようだ。
そこまで思考が到達した瞬間寒気がした。思わず自分の身体を擦ってしまう。ノースリーブで剥き出しの二の腕。男の筋肉とは違う柔らかさ。魔法少女の俺の身体。中身は俺本人で間違いないよな?
俺は一ノ瀬透。つい先日まで日本の高校2年生で、幼馴染の璃砂や同級生たちと馬鹿やってた普通の高校生……のはずではある。が、クラスメイトの顔と名前が思い出せないのが痛い。どんどん自信がなくなってくる。
「お見事」
ケンシンがそんな俺の様子に気づいているのか、いないのか。明るい声色で褒めてくる。少し声が遠い気がして彼女の場所を確認すると、足元にはふたつの首が転がっていた。さっさとトドメを刺してくれたらしい。
彼女の背後には俺の氷糸で四肢を拘束されたままの死体。それもすぐに粒子になって霧散してしまい、彼らの装備とケンシンだけが残される。自分の周りを確認すると、俺が殺した短剣使いの死体も消えて装備品だけが残されていた。
「短剣使いが1番の実力者でしたな。一瞬焦りましたが、それがしに助けを求められることもない。透様には最初から助太刀の必要がないとわかっていたのですね。てっきり今回が初めての戦闘かと思っておりましたが、予想を外しても冷静に対処可能なくらいには戦い慣れているご様子で。それがしとしても一安心です」
これまで口数の少なかったケンシンから出てくる言葉の数々から心配を掛けていたことがわかるが、どうしても引っかかってしまう。
戦国時代、軍神と呼ばれた人物から見て戦い慣れているだと? 俺が? 確かに予想外の流れになったにもかかわらず、大きな問題もなく対処できた感はあるけど……たまたまだろ? たまたま、だよな?
ただ……ケンシンの見立てが正しいのなら……人を殺しても大してショックを受けていない理由にもなってしまう。
「魔法師に加え、短剣使いも強化魔法を使える実力者だったこともあり回収できた魔力が想定より多いです。装備も回収できましたし、この調子で残りの侵入者に対処していきましょう」
なんて言いながらタブレットを取り出したケンシンは、指で次の目標を示すのだった。
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