璃砂。ゴブリンにキレる

「……はぁああああああ」


 ケンシンが1番数の多い群れが居る場所を指定し、転移した直後にゴブリンたちを見た邪神の反応がこれだ。


 いや、普通のゴブリンでは? 緑色の子鬼。小学生高学年くらいの身長で木の棍棒を持っている。身に纏っているのはボロ布で、ゲームの序盤敵として出てくるゴブリンのイメージそのものだ。


 俺たちに気づいたゴブリンたちが周囲に集まってくる。なんか見た目は少し醜いのに、愛嬌があるっていうか……よく見ると個性も感じられるくらいだ。


 別に変なとこは――ん? ゴブリンの1体にジャージの袖を引っ張られた。


 なんだ? と思っていると、しーっと口に人差し指を当てるジェスチャー。そのまま璃砂に視線を向けた。


 いつの間にか、璃砂の背後には1体のゴブリンが回り込んでいて……大きく手を振りかぶり――パツパツの紺色ハーパンのお尻を叩いた。


「きゃあ!?」


 パッシーン! と小気味の良い音が周囲に響き渡る。当然怒りに燃えた璃砂が件のゴブリンを蹴り飛ばすが、空中できれいな後転を決めて着地。俺に向かってグッと親指を向けてくる。思わずグッと返した俺は悪くない。


「璃砂さま大丈夫ですかぁー?」


 リッカが俯きプルプルと肩を震わせている璃砂を心配して近づいていく。そんな猫又メイドもゴブリンにとってはターゲットのようで、尻尾を狙われているが本人は気づいていなさそう。


 残るケンシンは? と思って探すと、いつの間にか壁側に避難していた。ゴブリンたちもケンシンには近づく素振りを見せない。もちろん邪神もケンシン側だ。


 どうやらうちのゴブリンたちは、決して手を出しちゃダメな相手をちゃんと把握しているらしい。


「邪神様? ダンジョンモンスターってみんなこうなのか?」


「そんな訳ないでしょ。普通はロボットみたいにマスターに言われたことしかしないわ。数を生成していると、たまにユニークモンスター的なのが生まれるけど……それでもここまで変じゃないわ」


 あの、人のダンジョンのモンスターを変とか言わないでください! そしてこの僅かな時間で否定できないのも嫌だ!


「ん?」


 視線を感じて原因を探すと、最初に俺の袖を引っ張ったゴブリンが璃砂の背後に回っていて、俺を見ている。そのゴブリンが今度は璃砂の尻を下から叩いた。


 パシーン! ほんといい音が鳴るな、璃砂のケツ……ついでに衝撃で揺れる様子までバッチリと見てしまった。


「――透?」


 璃砂も俺の視線をしっかり把握していたらしい。今すぐにでも怒鳴りたいのを必死に我慢している様子が伝わってくる。そして何かに気づいたように俺を手招きする。


「ねえ透。私がこんな辱めを受けているのに、あんたはなんとも思わないの? ねえ、透ちゃん?」


「…………はい」


 拒否権なんてあるはずがなかった。渋ってると思われるのも嫌なので、さっさとデバイスのボタンを押して変身する。水色の光に包まれて、一瞬で魔法少女の姿になる俺。


「わぁー! かわいいですぅ!」


 変身した俺の姿を見て感嘆の声を上げるリッカ。目がキラキラとしていて、本気で感動しているのがわかるが……かわいいって感想は微妙だ。


 次いで璃砂が赤い光に包まれた――あの、服が弾けたようなエフェクトと同時に身体のシルエットが丸わかりなんですが? 体感では一瞬だったのに、意外とハッキリわかってしまう……俺もこうなってたのか?


「ふう。これで条件は同じね。仲良く恥ずかしい思いをしましょうか? ね、リッカ」


 そこで俺だけが恥ずかしい目に遭え! って言わないのが璃砂の良いところだよな。え? 同じ目に遭えって言ってるだけ? それはそう。


「え、リッカもですかぁ!?」


「リッカも尻尾狙われてるし、私たちの仲間よ?」


「ぴぎゃ!?」


 慌てて尻尾を抱きしめるようにしてケンシンの隣に逃げていくリッカ。璃砂さん……気づいてたならもっと早く教えてあげればいいのに。


 ……まさか、俺って仲間ができたから見逃した訳じゃないよな?


 俺と璃砂を囲むように近づいてくるゴブリンたち。俺たちを指差してなにか言葉を交わしているが内容がまったくわからない。


 やがて1体が――恐らく、最初に俺の袖を引っ張った個体――が俺と璃砂の間に移動してきて……俺の太ももをペタペタと触る。


「……」


 それを黙って見ている璃砂。その目が「それだけ?」と言っている。続いて璃砂の太ももをペタペタ、ナデナデ。


 クキキ! 


 なんて声を上げて、璃砂の太ももをペチペチと叩いている。周囲のゴブリンは頷いたり、首を振ったりなんて反応を返している。


 客観的に見るとどういう光景だ? まず魔法少女がふたり。衣装のコンセプトは違うものの、俺の膝丈ブーツとスカートの間。璃砂のハイソックスとスカートの間にある太ももは共通して剥き出しで……。


 なんて考えていると、今度は俺の太ももをペチペチと叩く。痛くはないが、意図的に音を出すような叩き方で――今度は頷くゴブリンと首を振るゴブリンが入れ替わった。正確には、何体か寝返ったのも存在している。


 クキー!


 クキクキクキ!


 クキキキキ!


 こ、こいつら! 俺と璃砂の太もも品評会してやがるな!?


「――透ちゃん。このゴブリンたち一掃して、新しく生成し直さない?」


「あ、それ無意味よ? こやつら何故か全員が『魂の循環』ってスキル持ってるから、死んでもまたこのダンジョンに生まれてくるわ。記憶もレベルも全部維持したままでね。死んでも悲しむ必要ないし、戦えば戦うだけ経験を積んでいく兵士って考えればダンジョンモンスターとして最高ね♪」


 邪神が明らかにやけくそ気味に言い放ちやがった。


 クキークキキー!


 結論が出たのか、俺に向かって拍手をしてくるゴブリンども。


「――――」


 あ、璃砂がキレてる。勝手にコンプレックスの太ももを比べられて、中身男の俺に負けてるんだもんな……その内心は想像もつかない。


「お、俺は璃砂の脚好きだぞ?」


 一応フォローしたつもりだ。賛同するゴブリンも数体いる。彼らとは同志になれそうな気がする。


「うっさいばかぁ! あんたが好きなのは太い脚でしょうが! 知ってるんだからね! コンプレックスなのに、好きな男の子の好みだからって痩せる努力もしにくい複雑な気持ちを何年抱えてると思っているのよ! お尻だってそう! これなら胸のサイズももうちょっとよこせっての! バランスを考えろ! 神様のばかぁ!」


 涙目になりながら炎弾を乱射する璃砂。そんなのをぶっちゃけられたらなにも言えねえよ! 璃砂の怒りの対象はあくまでゴブリンなのか、炎弾が俺に飛んでこないのはひと安心か?


 ちなみに数分して璃砂が落ち着いたとき、ゴブリンは全滅――するどころか、全員が自力で炎弾に対処して生き残っていましたとさ。たくましい限りで。


 クキー!


 あの……何事もなかったかのようにスカートの上からお尻を見比べるのやめてくれるかな? ゴブリンたち?


「…………………………」


 璃砂にとってお尻は太もも以上に地雷なんだからさぁ! 俺だってガチで怒られるときあるんだぞ!?


「リッカこっちへ」


「了解ですぅ~」


 ケンシンがリッカを呼び寄せて俺たちから更に距離を取る。邪神もいつの間にか移動している。そんなふたりと1柱の目が俺を見て物語っていた。ずばり「逃げないでいいの?」と。


 逃げたいのは山々だよ? でも、ほら。ゴブリンの出す答えが璃砂のお気に召すモノである可能性も――


 クキィー!


 太ももよりも結論が出るの早いな。ゴブリンたちが璃砂を指差して拍手する。どうやら璃砂の勝ちらしい。


「………………」


 お? 璃砂の怒りレベルが若干下がったか?


 クキ、クキー!


 1体がお尻を下から叩くような動作を見せた。


 クキキキキキキ


 爆笑するゴブリンたち。まるで叩き甲斐があるのは璃砂の尻だって言っているような……? 俺がそう感じたんだ。璃砂だって当然――


「……………………………………殺す」


 ――その後、璃砂は魔力が切れるまでダンジョン内で暴れまわった。今回は関係してないゴブリンの群れまで巻き込んで暴れまわった。それはもう派手にな!

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