リッカとケンシン
俺と璃砂はリッカを連れて、山城へと転移した。ちなみに長袖ジャージにハーパンという格好のままだ。一応、璃砂と相談したんだぞ? 着替えはどうする? って。そんで出た答えは――「別にジャージと体操服でよくない? 楽だし、汚れても構わないし。制服だと不意に汚しちゃいそうだし、私服も買い足せるかわからないから大切にしたいっていうか……」だ。
いやまぁ、納得の理由ではあるんだけどな? 時間的にはお昼手前の現在、半袖ハーパンでも過ごしやすい気温で、昨日の夜の感じ朝夕も上にジャージを着れば快適に過ごしやすそうな訳ですよ。長ジャージまで履くと流石に暑い。
結果として、ハーフパンツ姿が多くなりそうなんですが? 俺としては吝かではないが、璃砂的にはどうなんだ? と思ってしまう。俺は気分次第で下を長ジャージにして、半袖とかに変えてもいいし。
その点、璃砂は頑なに長袖にハーパンなんだよな……長年の謎でもある。半袖が嫌いって訳でもないし……ま、俺の目の保養になるしいいか。変に口に出してやめられるのも嫌だ。
「すんすん。ログハウスとはまた違った木の匂いね。畳の匂いもするし、いかにも日本の城って感じがするわ」
転移した先は山城の本丸に作った大広間だった。城主が客と会ったり、評定をしたり、時代劇とかでよく見るあの部屋だ。窓がガラス製なのは御愛嬌ということで。
「景色もいいぞ」
窓を開け放つと、草原から流れてくる心地の良い風を感じられた。標高は300Mくらいに設定しているから、5層の入口から草原をグネグネと続いている小道を含め広範囲を見渡すことが可能だ。
「わぁー……敵に囲まれると絶望しそうね」
璃砂の言葉に想像してみる。この草原を埋め尽くすような夥しい数の敵兵が囲っていて、その後方には陣地も作られ……と。ここから魔法をぶっ放すと気持ちいいだろうけど、簡単に対処されるんだろうなと。
だって、なぁ? この城を囲まれてるってことは軍神が野戦で負けてるって訳で……考えたくもない。
「…………いきなり物騒なこと言うじゃん」
「ケンシンせんぱーい。ご主人さまたち来ましたよー」
リッカの声に振り返る。そこに立っていたのは、猫又メイドともうひとりの美女だ。黒のキャミソールにグレーのパーカー。デニムのショートパンツを合わせたコーデ。長くスラッとした手足にそれらがよく似合っている。窓から入ってくる風にサラサラの黒髪が流されていて、サングラスでもしていれば映画のワンシーンにでも見えるかもしれない。
顔立ちも大多数の男が美人だと判定すること間違いない。正直、俺、璃砂、リッカの中に居ると浮いているように思える。
「うっわ美人すぎでしょ……隣に立ちたくないわ」
「わかりますー。リッカが隣に並ぶと、大人と子どもですよぉ」
「お待ちしておりました透様、璃砂様」
「これで声までいいとか反則でしょ。ASMRとかやってくれないかな」
璃砂さん、本音がダダ漏れっす。
「えっと……ケンシンさん?」
明らかに年上。異性。邪神の反応的に歴史上の偉人で確定。呼び捨てなんてできるはずもなく。あれ? 戦国時代って名前で呼ぶの失礼なんだっけ? マズいか?
「ダンジョンマスターとモンスターの関係ゆえ、呼び捨てで結構。ひとつ質問よろしいか?」
「は、はい」
緊張感が半端ない。璃砂も黙って成り行きを見守ってるし……会話に入ってきて欲しい。
「何ゆえ、それがしの性別が女になっているので?」
初対面でもわかる。見るからに怒ってる!
「……たぶん邪神の悪ふざけっす」
「その邪神をぶった切る許可を頂きたい」
「どうぞ」
「あ! リッカも欲しいですー」
「どうして?」
気になったのか璃砂が聞くが――
「だってリッカの武器をこんなのにしたんですよ?」
リッカが何もない空間から取り出したのはチェンソーだった。猫又メイドの身長だと、振り回すどころか振り回されそうで見ていて不安になる。
「……」
待て璃砂。なんで黙る?
「ちょっと失礼」
璃砂の手を引っ張ってふたりから離れていくと背後からは、
「リッカの武器は魔法的な防壁を削るのに適しているのでは?」
「ケンシンせんぱいに譲りますよー?」
「それがしは水属性の魔法刀があるので遠慮する」
「ずるいですよぉーっ」
なんて会話が聞こえてくる。随分と仲がいいんだな。ダンジョンモンスター同士だし、こんなもんなのかね?
(あのさ、武器をチェンソーに設定したの私なのよ)
離れた上で、念入りに小声で話す璃砂。ただ内容はさもありなん。オタクの悪いとこが出た訳だ。もっとも俺も璃砂のことをアレコレ言えないけどな……まだバレてないけど、山城のとある設備とか。あとで絶対璃砂にツッコまれる。
(見た瞬間そんな気したよ……)
「り、璃砂さま……?」
「リッカどうした?」
「な、なんでもないですケンシンせんぱい」
((…………))
猫だからなぁ……耳が良くても不思議じゃないか。もうバレたし、璃砂の手を引いて元の位置へ。
ちなみに璃砂は俺が手を繋いでも、そのまま引いても嫌がる素振りを一切見せなかった。ちょっと嬉しい。以前なら高確率で振り払われたからな。なのに逆に手を握ってくることは割とあるという。しかも街中とか人目のある場所でだ。知り合いに会うと慌てた感じで振り払って――あ、あぁ。そういうことか。ふたりきりとか、見知らぬ人しか居なければいいけど、知り合いが居る場所では嫌だったと。今になって納得した。
ケンシンとリッカはこれから一緒に生活していく仲間だからセーフと。そういや、家族の合同旅行中とかはふざけて手を握っても、握り返してくるくらいだったもんな。仲間というより、家族判定か?
…………普通は家族に見られる方が嫌な気がしなくもないけどな。
「あのねリッカ、その武器が嫌なら――」
「璃砂さまが選んだ武器なら嫌じゃないですよぉ? 絶対に使いこなせるようになりますね!」
いい娘過ぎるだろ!
「うむ、ダンジョンマスターであるおふたりが設定したのならば期待に応えなければならないな。それがしもリッカの特訓に付き合おう」
「ケンシンせんぱい! ありがとうございますー!」
胸の前でぎゅっと拳を握ってお礼をするリッカと、優しく微笑むケンシン。いい光景だった。
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