ダンジョン始動

起床と猫又メイド

 ん……朝か……。体内時計を信じるなら、いつも起きている時間をとっくに過ぎている気がする。なのに瞼が重くて開かない。というか、頭も痛いし完全に寝不足だった。


 いっそ、このまま2度寝してしまいたい。その誘惑を払いのけるどころか、受け入れるように抱き枕を抱き寄せる。ぬくぬくしていて、柔らかくていい匂いがする抱き枕だ。ただその香りはやけに馴染みのあるモノで――まぁ、抱き枕なんだから当たり前か。


「?」


 あれ? そもそもの話だが、俺は眠るときに抱き枕を愛用なんてしていただろうか? ……してないな。じゃあ俺の腕の中にあるのは何だ? ヒントを求めて両手を動かしてみる。スベスベとしていて触っていて気持ちいい――


「あのさ透。寝ぼけていても両手で太ももをまさぐるとか、ほんと筋金入りって感じがするわね」


「……」


 璃砂の声で一気に眠気が覚めた。今度は重かった瞼も簡単に開く。視界いっぱいに広がったのはジャージの赤。学校で使い、サイズが合わなくなってからは家で部屋着にしているせいか、所々にくたびれた様子が窺える。言い換えると使用感があるという。


 声がした方向は、頭の上。逆向きって感じはなかったから、俺が額を押し付けているのはお腹か? 服の上からだからセーフ。いや、どうせならもう少し上が良かったって本音はあるけど、朝イチには刺激が強すぎる。


「いつまでそうしているのかしら? 透?」


 取りあえず頭をお腹から離して、声の方を向いてみると璃砂のCカップを見上げる形になった。そりゃそうだ。


「おはよう璃砂」


 何事もなかったかのように上半身を起こして周囲を見回すと、璃砂の部屋だった。そっか、昨日はあのまま寝ちゃったのか。カーテンの隙間から入り込んでいる日差しを見るに、朝というよりお昼に近いのかもしれない。ってダンジョンの中だから今までの感覚が通用するかは怪しいけどな。


 そして俺の視線が次に向かうのは璃砂の下半身だった。ハーパンが太ももの半ばまで捲り上がっていた。そりゃスベスベな訳だ。……俺がやったんじゃないよな? 違うよな? 仮に俺がやったんなら、璃砂だってもっと怒るだろうし……いや、でも……昨晩のことを考えると許される可能性も……? それか逆に璃砂が自分でやったが正解か? それはそれで、俺に触られるためにってことに……?


「おはよ、透……」


 俺に遅れるようにして璃砂も上半身を起こしてきた。朝が弱いタイプでもないのに珍しくポケーとしている。


「…………どうした?」


「寝不足で頭痛いわ……」


「安心しろ、俺もだ」


 寝不足の原因? 抱きしめたり、抱きしめられたりしながら雑談していただけだ。ダンジョンのこととか、魔法少女のこととか。邪神から説明されたことを、お互いの認識がズレていないかの確認をし合った。


 ま、まぁ、時折璃砂が不意打ち気味にキスしてきて楽しそうに微笑むなんてことも挟まってはいたけど。


「おはようございますー」


「「っ!?」」


 部屋の外から聞こえてきた女の子の声。俺たちはビクッと肩を震わせて顔を見合わせてしまった。


「だ、誰だと思う?」


「邪神なら無言で入って来そうよね?」


 互いにだけ聞こえる声量で会話する。


「女の子の声だったな」


「ええ、私より年下だと思うけど……年齢的には透ちゃんと同じくらい――あ」


「あー」


 気づくのも同時だった。ダンジョンの生成には1晩って言ってたもんな。既に完成していて、それに伴って最初に選んだ2体のモンスターも生まれている訳だ。


 なら答えは簡単だ。


「璃砂が選んだ猫又メイドか」


「かもしれないわね……」


「ん? どうした急にソワソワして」


「ね、猫耳と尻尾を触らせてくれるかなって」


「…………」


「な、なによその目は!」


「いや、別に」


 ただ俺が魔法少女になっているときに胸を見て同じ表情をしていたなと思っただけで。


「失礼しますー」


 どこかのコンビと違い、しっかりノックをして部屋に入ってきたのはタブレットの画面で見たまんまの少女だった。


 パッと見は、中学生くらいの女の子だ。黒髪ショートヘアで、顔立ちもどことなく日本人っぽく感じる。ただ頭の上でピコピコと動いている茶色の猫耳と、背後で揺れている二又の尻尾が人外の存在であると主張していた。服装はコスプレにしか見えないミニスカメイド服だ。小柄な体躯が動く度に、自己主張の激しい膨らみが揺れているのがわかる。


 うっわ……こうして実際の姿を見ると、まさしく2次元から飛び出してきたケモミミメイドだ。しかもロリ巨乳。なんとなくドジっ娘の気配を漂わせているが大丈夫なのか? 家事を任せられるようにって選んでたよな?


「か、かわいいっ!」


 猫又メイドは璃砂が思っていた以上に好みに合っていたらしく、隣から歓喜の声が俺の耳に届いた。


「いくらなんでも趣味出しすぎだろ……」


「あ、やっぱり起きていましたね。透さま、璃砂さま、おはようございますー」 


 にこにこ。そんな擬音が聞こえてきそうな笑顔だった。かわいい。


「お、おはよう」


「おはよう!」


 璃砂、随分と元気だな……。言葉の節々から猫又メイドを抱っこしたいって気持ちが滲み出ている。


「えっと、早速で申し訳ないのですがお城まで転移をお願いできますか?」


「城に?」


 つい首を傾げてしまう。


「はい。ダンジョンが生まれてまだ数時間なのですが、既に冒険者に発見されています」


「ちょ、早くない?」


 璃砂がビックリしているが完全に同感だよ! こういうのって数日は余裕あるものじゃないのかよ!?


「場所が場所ですので……ダンジョンの入口から2時間くらいの場所に、冒険者の拠点となっている村があります。なので新たなダンジョンが発見されたという報告がもう行っていると思われます」


 うっわ。


「モンスターを配置して守りを固めたいのですが、リッカもケンシン先輩もまだダンジョン関連の権限が付与されておりません。そういう訳でして、お城に転移をお願いいたします」


「リッカ?」


 思わず聞き返してしまった。


「はい。リッカはリッカです。璃砂さまが設定してくださいました」


「なぁ璃砂? お前さ『自分のことを名前で呼ぶ女は無理』とか言ってたよな?」


「友達とか自分の周りに居るのは無理だけど、リッカみたいな娘ならありでしょ。猫又でメイドだし」


 その感覚、ちょっとわかるのが嫌だ……。特にメイドなら確かに……と思ってしまった。

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