召喚初日、夜のこと(2)
タブレットを操作して『透&璃砂ライブ』のボリュームを0にしている璃砂を眺めつつ口を開く。
「ああ。腕時計型デバイスのボタンで変身解除できたよ」
「デバイス?」
璃砂が首を傾げた。ん? 璃砂の部屋にはなかったのか? まさかな。機能的に必須だろ? 室内を見渡すと、部屋の真ん中。クッションに囲まれているテーブルにポツンと置かれていた。
「そこに置いてあるやつだな」
「あ、見覚えのないモノだし明日ゆっくり確認すればいいかなと思って触ってなかったわ。……もしかして、私がお風呂とか言い出さなければもっと早く気付けてた?」
「いや、先に1回部屋を見てるんだから、そのときに気付けなかった俺の不注意だな。そもそも璃砂の変身が解除されたとき、邪神に直接変身解除の方法を聞けば教えてくれていた気がするし」
「かもね。あの邪神、ダンジョンマスターになるのを受け入れてからは多少優しくしてくれていた気がするのよね。性格は相変わらず終わってたけど」
「わかるわー。でも最初に表情を見せたのって璃砂を労ったときじゃね?」
「私?」
ポカンと思い当たるフシがなさそうな璃砂。
「ほら、璃砂が魔力切れでダウンして、俺に膝枕とか言い出したときだよ」
「あ、あー。言われてみると…………声色が優しかったかも? あのときは訳がわからなくてそこまで気が回ってなかったから記憶があやふやだけど」
だろうな。俺だって自分の身体がいきなりそんな風になったら確実に焦るし、動揺もする。言葉の内容を理解するのに必死になって、それ以外は覚えてなくても無理ない。
「……」
「……」
会話が途切れた。なんとなく視線をタブレットに向けてしまう。湯船の中でコピーの俺が、璃砂を抱っこしていた。後ろから抱きしめるようにしている。どうやら賭けでもしていたらしい。最初は渋々と腕に収まった璃砂だけど、すぐに抜け出そうと暴れ始める。
水着だった俺たちと違い、コピーのふたりは裸で――暴れるせいで璃砂の胸の桜色がオレンジ色のお湯からチラチラと見え隠れしている。
「あんまり見るなばか」
なんて言いながらタブレットをひっくり返す璃砂。そのまま睨んでくるが、いつもの迫力がない。視線も定まらないし、動揺しているのがバレバレだ。
「あんまり、なんだ?」
大方ポロッと本音が出ちゃったんだろうな。当然、追撃するに決まっている。
「……うっさい」
プイッ。そんな擬音が聞こえてきそうなほどに見事な視線の逸らし方だった。そのまま身体を反転させて背中を向けてしまう璃砂。しかも何故か身体を少し丸めて小さくしている。まるで「コピーと違って、本物の私は抱きしめても逃げないわよ?」なんて訴えているような。
コピーの俺が璃砂を抱きしめてるのを見ちゃったし? ぶっちゃけ羨ましいと思ったし? 璃砂がその気なら、俺もやぶさかではないぞ?
で、でも一応確認をしておこう。
「……そのパツパツの尻を撫でろってことか?」
璃砂が履いてる紺色ハーパン。太ももはともかく、尻周りはほんとパツパツだよな……サイズ合ってなくてキツいだろうに。
「…………火あぶりにしてあげよっか?」
過去の俺たちなら冗談で済んだ発言だけど、今は普通に可能なので勘弁してください。
「冗談だ、冗談」
「私がして欲しいことわかってるんだから、さっさとしなさいよ」
「りょーかい」
璃砂の身体の下に左腕を潜らせて、そのまま抱き寄せる。残った右腕も使い彼女の身体を包むようにして、両手をお腹の辺りに持っている。俺が両腕にぎゅっと力を込めると、璃砂が一瞬だけ身体を強張らせ――すぐに安堵したかのように、全身の力を抜くのがわかった。
「……透ちゃんを抱きしめるのもよかったけど、透に抱きしめられるのも、わ、悪くはないわね」
「珍しく素直じゃん」
「私はいつも素直だけど」
「よく言うよ」
「お互い様でしょうが」
ほんとお互い様かもな。
「だな」
それに今なら……多少は素直になれそうだ。
「素直ついでに言うけどさ……私、こっちの世界に来てひとりじゃなくて良かったって思ってるわ。あんたと一緒で本当によかった」
「……俺が先に言おうと思ってたんだが? ついさっき部屋でひとりになったとき痛感した。たぶんひとりだったら最初は塞ぎ込んで、段々と自棄になっていた気がする」
「私も。バレてるだろうから言うけど、少し泣いちゃったし。あんたの部屋に行こうかとも思ったけど、もし魔法少女のままだったら? って考えたら急に怖くなっちゃったのよ。中身は透だって理解しているし、そう認識もしているのに……やっぱ目から入ってくる情報って大きいんだなって思ったわ」
そのときの様々な感情が蘇ったのか、璃砂がブルっと震える。
「璃砂と違って俺の魔法少女姿って完全に別人だもんな」
「まったくよ。私は幼馴染の男の子である透に抱きしめて欲しいのであって、魔法少女の透ちゃんにして欲しいんじゃないんだからさ」
「なるほど? 俺が元の姿に戻っていたから我慢できなくなったと?」
「悪い?」
「別に」
「……透、自分で気づいてる? 心臓がすごくバクバクしているみたいだけど?」
なんて言ってほうっと息を吐く璃砂。どことなく嬉しそうだ。
そりゃこんだけ密着していれば隠しようがない。逆に俺も璃砂の鼓動を確かめることが許されるのだろうか? 手の位置を少しでも上げれば叶うのだが。試しに動かしてみると、璃砂は1度身じろぎしただけで抵抗しない。
彼女の心臓は俺と同等か、下手したら俺以上にドキドキとしていた。
俺のとある言葉を待っているのが丸わかりだ。本来は数時間前に言っていたはずの言葉。その言葉を封じて璃砂がとる行動も既に見ている。
今更それっぽいセリフなんて浮かんでこない。俺と璃砂の間じゃ変に凝るよりも、シンプルにわかりやすく。
「璃砂、俺はお前のことが好きだ。幼馴染じゃなく、異性として」
わざと腕の力を緩めながら告げてみた。言葉を遮られると思っていたから、全部言ってしまったのは予想外なんだが!? 頬がどんどん熱を帯びてくる。
「くすっ、コピーの私が全部聞いてない透の告白セリフを最後まで聞いちゃった♪」
おいこら! 自分相手に負けず嫌い発揮すんなや!
「――さて、私も返事しなきゃね」
身体を反転させてくる璃砂。互いの吐息がかかる距離。視界は璃砂の顔でいっぱいで――更に近づいてくる。
目を閉じたのは俺が先か、璃砂が先か。
「ちゅ――」
俺の部屋でキスしていたコピーたちに遅れること、数時間。本物の俺たちも、異世界にある璃砂の部屋で口づけを交わすのだった。
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