召喚初日、夜のこと(1)
「なんだこれ?」
部屋に戻り、ベッド脇のヘッドボードを見ての第一声がそれだ。そこには見覚えのない腕時計型のデバイスが置いてあった。
え? 魔法少女衣装のインナーであるスク水でお風呂に入っておきながら着替えどうしたんだって? 璃砂に頼んで俺の部屋から部屋着として使っていた体操服とジャージを持ってきてもらいましたが? そしたらしっかりと上が長袖で下がハーパンでしたが? ちなみに璃砂も当然のように同じ格好でしたが?
ま、どうでもいいや。それよりも目の前のデバイスだ。とりあえず手に取り確認してみる。液晶画面になっているようで、タッチしてみると『通話・メッセージ』『転移』『ダンジョンマップ』『ダンジョンモンスター』なんてメニューが並んでいた。それだけならタブレットの簡易版……じゃないな。通話とかはこっちしかできないから、スマホ代わりか。
「このボタンは?」
液晶画面の下部に埋め込まれている丸ボタン。電源とか? なんとなく押してみると、俺の身体が水色の光に包まれ――視線が高くなった。一瞬首を傾げて――まさか!? と思い自分の身体を見下ろすと、制服に包まれた俺本来の身体があった。
「戻った!」
つい歓喜の声を上げてしまう。璃砂の魔力切れの様子から戻れることはわかっていたけど、実際に戻れると安堵感が違う。喜び以上に安堵だった。無意識に胸やお尻を触ってしまった俺は悪くないはずだ。
「くそ……デバイスの存在に気づいていれば……」
部屋を覗いたときに気づいていれば。お風呂の話題が出る前に一旦部屋に戻っていれば、あんな黒歴史を作らずに済んだのに! そう思うと愚痴のひとつやふたつ簡単に出てきてしまう。
ただ、その場合――璃砂の膨らみの感触を手のひらで味わえなかった訳で……いや、正確には遅くなるだけだろうけど……スク水越しは機会があるかわからないし……そう考えると……。
「ま、まぁ、戻れたんだからいいか」
男ってこんなもんだよな。
「とりあえずこれは基本的に身に着けていたほうがよさそうだ」
デバイスを左手首に装着してみる。見た目から腕時計よりは重いと予想していたのに、重さなんて皆無だった。つけている感覚すらない。文字通り常につけていろってことなんだろうな。
……ところで防水性はどうなんだ? 魔法少女の変身デバイスを兼ねているんだから衝撃には当然強いんだろうが……邪神に聞けばいいか。
デバイス唯一のボタンにはいつの間にか『変身』の文字。これ以上ないほどにわかりやすい。
「はぁ……」
なんだかドッと疲労感が……今日はこのまま寝ちゃいたい気分だ。日付も変わりそうだし、寝ちゃうか。どうせ他にやることもないし。璃砂も寝るって言ってたしな。そうと決まればベッドへダイブして、ヘッドボードに置いてあるリモコンで電気を常夜灯に切り替える。
「…………ふぅ」
「……………………ん」
「………………………………っ」
ヤバいかも。ひとりになると、色々なことを考えてしまう。これからダンジョンマスターとしてやっていけるのか。魔法少女の姿はもう受け入れるしかないのか。家族のこと。弄られてるっぽい記憶のこと。璃砂との関係のこと。璃砂の太ももの感触。璃砂の胸の感触――違うそうじゃない……。
「もう帰れないんだな……」
2家族合同旅行、かなり好きだったのにもう2度と行けないんだ。涙が滲んできそうになって慌てて拭った。
うつ伏せになって枕に顔を埋める。
「はぁぁあああああ…………」
17年以上生きてきて最も長くて深いため息だったと思う。果たして、本当にため息だったのかは自信持てないが。
「…………」
俺の呼吸音と、俺がベッドの上で動く音しか聞こえない。俺しか居ない空間。気分が沈んでいくだけだった。
「よしっ」
璃砂の部屋に行こう。アイツも同じようになってる可能性あるもんな? 適当に雑談でもしながら寝落ちしてしまえばいい。ある意味いつも通りの日常だ。
そうと決まれば、と。立ち上がりドアを開け、廊下に出ると対面のドアの前に立つ。そのままノブを捻り足を踏み込むと――
「わ、わ、わぁっ」
ベッドにうつ伏せになり、なにかを見ている璃砂の姿があった。時折妙な声を漏らしながら足をバタバタとベッドにぶつけている幼馴染。
「はぁぁあああああ…………」
様々な感情が漏れ出している吐息だった。俺のため息と長さは同じくらいなのに印象がまったく違う。
「んふっ」
と思ったら意味深な笑い声。なにを見てるんだコイツ? 部屋に置いてあった漫画とか? 角度的にわからん……物音を立てないように慎重に近づいてみると……タブレットだった。
「――!?」
俺の視線を感じ取ったのか、璃砂が顔を上げ視線が絡み合う。
「璃砂、なに見てたんだ?」
「――――っ! っ! っ!! この変態! 女の子の部屋に勝手に入ってくるな馬鹿! ありえないでしょうが! せめてノックしなさいよ!」
動揺したのか顔を真っ赤にして怒鳴ってくる璃砂。
「わ、悪い!」
言ってる内容はもっともなんだけど……ぶっちゃけおかしい。妙な間があったし。それに俺と璃砂の間でノックとか今更すぎる。璃砂だってしたことないだろうに。
ま、まぁ、そんな俺たちだ。事故も1度や2度じゃ済むはずもなく。確か最後は先月だったか? 着替え中に入って下着姿をバッチリ見てしまった。璃砂も形式上怒りながらクッションを投げつけてくるが、それでも彼女からノックしようって話は出ない訳で……。
「…………」
それが今は無言で睨んできている。本気でタイミングが悪かったらしい。背筋に冷や汗をかきつつも、部屋でひとりになって色々と余計なことを考えちゃうよりは良いんだろうなと思った。
『やっぱ恥ずかしいわね』
『お前が言い出したんだからな? 璃砂さん?』
『わかってるわ。ほら私がシャワーで流してあげる』
『いや身長差的に無理だろ。むしろ逆だ』
『えっ! そのまま全身を手で洗われそうでヤダ!』
『どういう発想してんだよ!』
璃砂のタブレットから流れてきたのは、俺たちの会話だ。察したよ! 『透&璃砂ライブ』見てただろ!? ってコピーの俺たちはなにしてんだよ!! まさか一緒に風呂入る気か!? どん引き――本物もやってたなぁ……ついさっきまで。一応、俺の性別の差はあるが……。
「えっと、透も一緒に見る?」
なんて言いながらベッド上で自分の身体をズラして、空いた場所をポンポンと叩く璃砂。この短時間でどういう心境の変化なんだか……。
「……私は別に大丈夫よ。あんたほど繊細じゃないから」
どうやら俺が部屋に来た理由がバレたらしい。
「そっすか」
許可があるのをいいことに、躊躇なく彼女のベッドに転がる俺。お風呂上がりの璃砂の香りを鼻で感じつつ、気づいてしまう。タブレットを置くために避けてある枕に……薄っすらと染みがあった。璃砂……ひとりで泣いてたのか……。俺の部屋に来ればいいのに。同じ境遇なんだしさ。今更泣き顔を見せたくないって関係でも――あ。
俺が元の姿に戻っているのを知らなかったからか。もし俺の部屋に来て、改めて魔法少女の姿を見ちゃうと感情が爆発しちゃいそうだったと。
だから『透&璃砂ライブ』を起動して日常そのものである俺の姿を見ていたと。だから部屋に入ってきた俺が、元の姿に戻ってるのを見てあんな怒鳴ってきたのか。戻ってるならさっさと知らせろって。
「透も戻れたのね」
声色に喜色が滲んでいる。どうやら俺の想像は当たりらしい。
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