ふたりでお風呂

「……どうしてこうなった?」


 湯気で視界が不自由な浴室でつい呟いてしまう。目の前には何故かふたりでもゆったり浸かれそうなサイズの湯船。お湯は乳白色だし、入浴剤? もしくはワンチャン温泉の可能性まである。24時間入れるって言っていたし、その可能性が高い気もするな。


 それで背後には曇りガラスの扉。その向こう側でスク水に着替えている璃砂のシルエットが薄っすら浮かび上がっているという……眺めたい本音を必死に抑えつつ視線を浴室内に戻す。


 いや、不自然すぎるだろうが! 湯船どころか、浴室全体が木製で山中の温泉地を連想するのは構わない。俺もあの雰囲気好きだし。そもそもログハウスの中だし。


 湯船のサイズだよ! 璃砂のヤツどういう意図でこんなお風呂場にしたんだか……きっと自宅よりも広いお風呂にひとりで浸かりたかったからだな、うん。


「お待たせ、透ちゃん」


「……お、おう」


 扉を開けて入ってきた璃砂をついつい凝視してしまう。スパッツ型のスク水が太ももの半ばに食い込んでるのが、すごく良い。本当に良い。なんていうか、本人は太いのを気にしているのに隠せないどころか強調してしまうのって、すごく良い。色白の太ももとスク水の濃紺の組み合わせも最高だ。


「……女の子の水着姿で真っ先に太ももを見るの、本当に透って感じがするわ」


「つまり他の部分も見て良いってことだな」


 どうせこのあと璃砂のオモチャになることが確定なんだ。少しくらい俺も美味しい思いしても構わないよな?


「……勝手にすれば」


 俺を睨みつけるようにしつつも、気をつけの姿勢を取ってくれる璃砂。幼馴染の視線が冷たくなった以上に、俺の視線は熱を帯びていくのが自覚できる。


 許可が出たのをいいことに目線を上げていく。腰回り、きゅっとくびれたウエスト、人並みの胸、表情を隠そうとして失敗している顔へと、順々にたっぷりと時間を掛けていく。比例して璃砂の朱色が濃くなっていくが、身体を隠すような行動を起こす気配はない。


「……」


「……」


 無言で視線が絡み合う俺と璃砂。あえて口にしなくても、お互いに言いたいことはわかっている。やがてため息を吐いて後ろを向く璃砂。さり気なく食い込みを直していたことには触れない。璃砂にとっては、太もも以上にコンプレックスだしな……。以前プールに行ったときに、


「尻がデカいと水着が食い込んで大変だな」


 なんて冗談で言ったら、いつものコロコロと変わる表情はどこへやら。無言でプールに叩き落された経験があるからな……それ以降、尻はネタにしても食い込みには触れないことにしている。


 それにしても……俺も直すべきだろうか? 実はさっきから尻に違和感が……ただ璃砂の前でそんなことをすれば、からかわれることは確実! できるなら避けたい。


 意識を自分から璃砂へ。しっかし、デカいよな。顔も名前も思い出せないクラスの連中が話題にするだけある。


「はい、これで満足かしら? と・お・る・ちゃん?」


 やけに強調するじゃん……まるで「今のお前は女なんだからね?」と俺に圧を掛けてきているように思える。


「んじゃさっさとシャワー浴びるか」


 主導権は手放したくない。例え無理だと頭で理解していても、試みずにはいられない。


「あんたは立ってるだけで良いわ」


 素早くシャワーノズルを掴んでお湯を出す璃砂。それはそれは惚れ惚れするような笑顔を浮かべている。ここ最近で1番ご機嫌なんじゃ? ってレベルだ。それでいて目は「抵抗するな」と物語っているという……。


「……そっすか」


 俺もこうなることがわかっていて璃砂のスク水姿を堪能していたし、文句も言えない。もしかしたら余計なことをしなければ優しくしてくれた可能性もある。でもさ……好きな女の子の珍しい格好ってしっかり見たいじゃん? だから俺は後悔してない!


「そのたわわなおっぱいから行きましょうね~♪」


 あの璃砂さん? 一瞬だけ、目に本気の憎しみが宿っていた気がするんですが?


「あっつ」


 胸元にお湯を掛けられる。思っていた以上の水温に声が出てしまう。しかし、水着に広がっていくお湯や、身体を流れ落ちていくお湯は我が家のシャワーと変わらない。


「? 本来はない部位だから感覚が鋭いのかしらね?」


「ありえそうだな……」


 俺の答えを聞いているのか、いないのか。シャワーを一旦止める璃砂。


「スク水ってさ、一部だけ濡れて、部分的に色が濃くなっているのえっちよね」


「ぶふっ!?」


 あのさぁ! ふたりともスク水姿って状況で変なこと言わないで欲しいんだが!


「あ、その反応は同じこと思ってたわね?」


 思ってたけど! 同時に自分の身体で思いたくなかったさ!


「……やっぱお前って変態だろ」


「……あんただって同レベルでしょうが。邪神のお墨付きで」


「やめよっか。この話題」


「そうね」


 一転して真顔で頷き合う俺たち。このあとの展開だが、世の中順番ってモノがある訳だ。


「スク水が段々濡れて行くのってエロいよな」


「うっさい! ばか!」


「わぶっ!? ちょ! 顔はやめろ!」


「あんたが変なこと言うからでしょうが!」


「先に言ったのお前だろうが!」


 ――璃砂のシャワーシーンをじっくり眺める時間が生まれたりもした。この自爆癖は璃砂の意外な一面だよなぁ……。見ていて飽きない。たまに巻き込まれるのが難点ではあるけどな……。


「はい透ちゃん、どうぞ」


「……一応聞くが、なにを考えている?」


 シャワーを済ませ、湯船の中で両腕と……お湯の色のせいで見にくいが恐らく両足も大きく開いた璃砂。お湯が乳白色なのが残念というか、助かったというか。


「抱っこしてあげる」


「……断固拒否する!」


「あっ、そっか」


 なにかに気づいたように声を出した璃砂。直後、お湯が波立つ。広げている腕はそのままだから、足を動かしたんだろうけど……。


「これでどう? 私の太ももに座っていいわ」


 拒否れないでしょ? と挑発的な表情を浮かべる璃砂。甘いな璃砂、俺はそんな誘惑に――


「……わかった」


 ――負けるに決まっていた。やっぱフェチを知られているのって色々と不利だよな。交換条件にされちゃうし。せめてもの抵抗で、璃砂に背を向けてお尻を下ろしながら両手で太ももを撫で回してやった。しっかり水着の際の食い込んでいる部分をだ。これで怒ってくれれば逃げられる!


「はい。私がコンプレックスに触られて怒ってないんだから、透ちゃんも嫌なとこを触られても抵抗しちゃだめよ」


 ……もうやだ!


 いくらなんでも子どもみたいに膝の上に乗って抱っこされるのは俺のプライドが……逆なら歓迎なんだけどさ。その場合は璃砂が同じことを思いそう……いや、案外受け入れるパターンも?


 俺は間違っても背中で璃砂の胸の感触を感じたりしないように気をつけながら、改めて彼女の脚にお尻を下ろした。


 う……結構いいかもしれない。ぶっちゃけ癖になりそうな感触だ。膝枕されたこともあるけど、それとはまた違う。つい座り心地のいい場所を求めてお尻を動かしてしまう。


 ここだ! という場所が見つかったタイミングで、なんの躊躇も遠慮もなく俺の胸を鷲掴みにしてくる璃砂。俺がポジションを決めるの待っていてくれたのはありがたいけどさ……。


「おい璃砂! あんま胸を揉むな! く、くすぐったい!」


 それに続くと変な気分になりそうで怖い! 間違っても言えないけどな!


「私妹が欲しかったのよねぇ」


 理由になってねえ! 俺も璃砂も一人っ子だし、ある意味ではお互いが姉で兄。妹で弟みたいな感じだった時期があったのは否定しないけど、それも小学生までの話だ。流石にある程度まで年齢が行くと異性として意識してしまう。


「んひっ!」


 不意に内ももを指でなぞられて妙な声が出てしまった。恥っず!


「だはははははははは! 今の反応かわいいわね! 女の子みたい! って女の子だったわね、透ちゃん?」


 このっ!


「おっと甘いわよ?」


 俺が反撃する気配を敏感に感じた璃砂によって抱きしめられた。ぎゅっと力を入れられたせいで俺の後頭部が璃砂の胸に着地してしまう。ふたつの膨らみの柔らかさに思わず頭を跳ね上げかけるが、それよりも早く璃砂が更に力を込めてくる。


 し、幸せかもしれん……。でもらしくない。璃砂とは一緒に居る時間も長いし、距離感も近い。そのせいで、突発的な事故で俺の指や肘が彼女の胸に触れてしまうことが何度もあった。そのたびに璃砂はキレていた。それがなんで急にこうなる?


 ――答えは簡単か。邪神が現れなければ、俺たちは付き合っていたらしいし? その場合、あのままキスまでしているのを見てしまっている。


「おい、璃砂」


「透が『揉み返してやろうか』って言ったときさ、私『やってみれば?』って返したでしょ? あれ、結構本気だったのよ?」


「…………」


「今、揉んでみる?」


「…………やっぱなし! とか禁止だからな」


「当たり前でしょ。まぁ揉んだ場合、透ちゃんは私に全身を洗われることになるんだけどね♪ スポンジと手、どっちがいいかしら?」


 俺がどうしたか。そんなの決まっている。初めて事故じゃない。自分の意思で触った璃砂の双丘の感触は、絶妙な柔らかさを持ちながら、弾力があり俺の手を離させない魔力を秘めていた――この感動は一生忘れないだろうなと思った。


 そのあとの黒歴史はさっさと記憶から抹消したいがな!

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