お風呂に関する攻防。スク水を添えて
あのあと邪神はふたつのカップ麺をリビングのテーブルに置くと、なんの反応も返さなくなってしまった。寸前に「あーもう! また妾の国から拉致りやがって!」なんて怒鳴っていたから、慌てて確認しに戻ったのだと思われる。
残された人形は璃砂と相談して、取りあえずリビングにあったテーブルの椅子に座らせたけどすぐに後悔した。
無言で焦点の合わない視線を室内に向けている日本人形だぞ? しかも、等身大のな。さっきまでは中身が居たから平気だっただけで、不気味な存在でしかなかった。1度置いてしまったからには「不気味だからって移動するのも負けた気分になる」とか言い出した幼馴染のお陰で、日本人形同席でカップ麺を食べることになりましたとさ。
ちなみに「この時間にカップ麺かぁ……仕方ないわよね」とも言っていたが、俺よりも先に完食していたりする。しかもひとつじゃ足りなそうな顔してたからな。俺の視線に気づいて恥ずかしがるどころか、文句ある? と言いたげに見つめ返してきたけど。
「ふぅ」
非日常そのものである邪神が居なくなったからなのか、それとも満腹になったからなのか、急に疲れが出てきた。
「なんか疲れたわね」
璃砂も同様らしく肩を回している。
「そりゃ色々とあったしな。特に璃砂は魔力切れ起こして辛そうだったし」
「辛いというか、怠かったわね……下半身に力が入らなかったし」
「言い方よ……」
「うん? どうしたのかしら? 透?」
わかって言ってるのが性格悪い。
「なんでもねーよ」
片付けを済ませ、リビングで寛いでいる俺たち。制服姿の璃砂といまだに魔法少女姿の俺。いや、邪神が居なくなっちゃったから戻り方がわからないのよ……。魔力切れになるまで魔法をぶっ放せばいいんだろうけど、果たして生成中のダンジョン内でそんなことをして良いのだろうか? 下手したら身の危険までありそうで……仕方なく、そのままで居る。
「……お風呂入りたい」
男の俺は1日くらい気にならないけど、璃砂はそういかないようだ……割と寝落ちしている気がするんだが? 制服のブラウスの襟元をスンスンと嗅いで微妙そうな顔をしているのを見るに、汗が気になったのかな?
「透ちゃん、女の子の身体になって初めてのお風呂だろうし色々と教えてあげようと思ったのに……」
まったく関係なかった。ただ単に匂いフェチが発動しただけらしい。でも対象が自分の服とか珍しいな……なんて思ったが、もしかして――と。
ストレス、かもな。それで嗅ぎ慣れた匂いを求めて、自分の服と。俺、女の身体になってるし『……普通に女の子のいい匂いしてるのオモロイ』とか言ってたもんな。匂いも変わっている訳だ。結果として、この場でいつも通りの日常を感じられる匂いは自身のブラウスだったと。しいて言うならカップ麺もあるにはあるが、俺たちが初見のモノだった。原因に気づいてしまえばツッコミなんて入れられるはずもなく。本人も無意識っぽいし。
スルーだ。からかうのもだめ。それに別の問題もある。
「は? 一緒に入る気なのか?」
「女の子同士だし、別に問題ないでしょ」
「問題大アリだわ! 中身は俺だっつうの! それに今の状態で脱衣が可能なのか試したくもない!」
「自分のことなのよ? ちゃんと知っておかないと」
「言いたいことはわかる。もっともだ。でもその場合、お前も俺に全裸を晒すことになるんだが? 魔法少女になっていれば胸盛ってるし自分の身体じゃないって言い訳ができるかもしれないけどな」
流石にこう言えば躊躇するだろ? するよな?
「…………」
無言になって考え込む璃砂。胸を盛った発言をスルーとか、真剣に考えすぎだろ……やがて幼馴染が出した答えは――
「部屋はそのままだから水着があると思うわ。元の身体に戻ってるんだからサイズも問題ないでしょ。自分のほうが大きいからって人の胸をイジるのはどうかと思うけど? 透ちゃん?」
「それに関してはお互い様だろうが。そもそも、昔から話題に出してたろ? 俺も璃砂も」
「普通にセクハラだから」
「お? 逆セクハラの自覚あったんだな」
「…………」
璃砂って本気で嫌だとこうやって睨みながら黙るもんな。俺もこういう反応されるなら間違っても胸なんてイジらないっての。セクハラしている自覚はあるし。
「……他の女の子にしちゃだめよ? 確実に警察呼ばれるから」
「安心しろ。璃砂だけだ」
「そう?」
ふーん? 平静を装ってるけど、ちょっと嬉しそうなのが表情でバレバレだからな? 感情豊かだと、こういうときに隠すの大変そうですね? 璃砂さん?
「それでお風呂だけどどうする? 今なら幼馴染の女の子と入れるのよ?」
話題が戻った。こっちは必死に逸らそうとしてたのに――っ! 璃砂…………マジか? え、本当に一緒にお風呂入るの? オモチャにされるのがわかりきっているから避けたいんだが?
「ほ、ほら、お風呂場があってもお湯が沸いているとは――」
「そこは大丈夫。24時間入れるはず。そう設定したから」
「俺、脱げるかわからないし」
「上着脱いでみて。スカートも」
冗談ではなく、本気も本気。有無を言わせないプレッシャーまで感じる。渋々、チア風セーラー服を脱ぎにかかる。脱げませんようにっ! そう切実に願いながらな!
――脱げました。インナーが本当にスク水なのも確認できました。白色パイピングのワンピースタイプ。いわゆる競スクって呼ばれるヤツだ。マジで邪神が言っていた通り中学時代の女子指定水着だった。
つまり今の俺は――幼馴染の女の子の前で、女体化してスク水を着ている変態って訳だ。その幼馴染は遠慮なく俺の身体に視線を走らせて来るしな! 地獄でしかない。いっそ殺してくれ……。
「そこまで脱げれば問題ないわね。仮にそれ以上脱げなくても水着ならお風呂も大丈夫でしょ」
最後の望みを掛けて、お風呂場に確認に行く。設定では24時間入れても、最初にスイッチ入れる操作とかが必要であってくれ!
なんて俺の願いは虚しく。扉を開けた時点で答えがわかった。俺の負けだった。もう逃げるのは無理っぽい。
ならばせめて――
「璃砂。ひとつ条件がある。お前もスク水な。高校のでいいから」
「――」
あ、おもしろいくらい表情が歪んだ。頬も薄っすら朱に染まっているし、なんとか羞恥を押し殺そうとしているのがわかる。だよなぁ? 旅行のときのビキニはともかく、プールの授業で使うスク水を着た姿なんて本来は男に見せないで済む格好だもんな? うちの高校はプール男女別だし。
さっき『私に直接言ってくれればスク水を着て見せてあげるし、触らせることも考えなくもないからさ。ね?』とか言っていたのを思い出したから提案したんだが……やっぱ勢いで言っただけか。よし、これで回避――
「わ、わかったわ。私が自分で言ったことだし、それでいい。スク水取ってくるから待ってて」
と浴室を出ていく璃砂。廊下を階段へ向かっていき、少ししてドアの開く音。閉じる音。足音が近づいてきて――再び姿を現した璃砂の手には、しっかりとスク水が握られているのだった。
どうやら――完全に逃げ道がなくなったらしい。
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