邪神様が現れなかった場合のふたりを見てみよう

「「……」」


「……」


 俺と璃砂はもちろん、邪神も無言で映像を眺めている。


『……!』


『……っ』


 テーブルを挟んでクッションに座っている俺と璃砂。視線を彷徨わせ、ぶつかれば逸らし、少しして相手に向けては逸らしてを繰り返している。俺もだけど、璃砂もらしくない。


 そもそも、どうしてあんな状況になったんだっけ? なんとなく膝枕中の璃砂を見下ろして――自分の胸が目に入る。ぶっちゃけ邪魔でしかない――仕方なく璃砂の身体に視線を滑らせて、膝を立てているせいで危ういことになっているスカートの裾が視界に入ってきた。


 あ、そうだ。確か、璃砂が俺のベッドにうつ伏せになって頭を枕に埋めながら足をバタバタしていたんだ。要するに匂いフェチの癖が出たと。そんなタイミングでジュースを持った俺が戻ってきたせいで、璃砂が慌てて身体を起こした結果――スカートの裾が大きく翻ったんだ。


 いや、それ自体は割とあることだし特に問題ない。璃砂ってふたりのときはガードが緩くなるから、俺が「ラッキー」とか「今日は水色か」なんてわざと口に出して、璃砂に怒られるっていうのがテンプレだ。


 ただあのときは……なんとなく黙って視線を逸らしちゃったんだよな……。璃砂としても俺からの、さぁ怒ってこい! ってパスがなかったせいで、言葉に詰まってしまったという。


『……(チラッ』


『……(ソワソワ』


 そんな感じで、ジュースを置いたテーブルを挟んで落ち着かない男女の完成だった。普段は幼馴染として馬鹿をやっている俺たちだが、言葉にしなくてもお互いがお互いを好いているのは察している訳で……。


 例えばどっちかが告白しようとしても、もう片方がいつも通りなせいでその空気が霧散してしまう。なのにこのときに限って仲良くペースを乱してしまったと。だからなのかつい脳裏に過ってしまった訳だ。もしかして、今が告白のチャンスでは? と。


『あのさ璃砂』『あのね透』


『あ、先にいいぞ』『あ、先にどうぞ』


 ところが、だ。今度は別の問題が発生する。ずばり、どっちが告るの? だ。


 お互いに告白待ちするタイプじゃないし、どうせなら自分から言いたい。というか、どっちかが告白待ちするタイプならとっくに付き合っていると思う。その気になったときに相手が敏感に察して、意図的に普段の空気に戻していた面も否定できない。少なくとも俺はそうしていた。だから恐らく璃砂も同じはず。


『『……』』


 映像の中で再び沈黙してしまう俺と璃砂。やがて意を決したように璃砂が立ち上がり、俺の隣に移動してくる。そのまま近距離で見つめ合い、璃砂の行動に対して――


『――っ』


 ――俺が口を開こうとしたタイミングで邪神が現れた。だから、この先の展開は知らない――のだが、璃砂が不自然に身じろいだ。まるで――これから自分がやらかします! と言っているように感じるのは気のせいだろうか?


『璃砂、俺は――んん!?』


『――ちゅっ』


 えぇ!? ホワイトボードに映し出されている光景に驚く。璃砂が俺の言葉を遮るように唇を重ねていた。


「ち、違うのよ? 言葉で先を越されちゃいそうだったから、行動で先に気持ちを伝えようと……――ぁ」


 キスのお礼とばかりに璃砂を優しく抱きしめている映像の中の俺。


『……』


『……』


 どちらともなく唇を離して見つめ合うふたり。邪神に拉致られていなかったらこうなっていたはずの光景。俺自身に対して、羨ましいと思ってしまった。


「……いいなぁ」


 璃砂も小さく本音を漏らしている。


「妾のことは気にせずコピーたちみたいにしてもらっても構わないわよ? 見守っててあげるから」


「「だからできるわけないだろうが!(でしょうが!)――? コピー?」」


「いや、冷静に考えればわかるでしょ? ふたりがいきなり消えたら悲しむ人たちもいっぱいいるでしょ? 特に両親とか」


 そりゃそうだ。こんな状況になってから考えないようにしていたことでもある。


「流石に大問題でしょうが。ちゃんとコピーを残して、変わらない日常を送ってもらうわ」


 待った、それってつまり――!


「俺たちの居場所には代わりが既に居ると?」


「ええその通り。だから安心してダンジョンを運営してちょうだい」


 ――本気で殴りたくなったのは初めてかもしれない。


「そんなコピーを作れるなら私たちを残してさ、コピーを送り込むんでも良いんじゃないの?」


 璃砂……口調は落ち着いているけれど、身体の自由が利いていれば間違いなく邪神に殴りかかっていただろうなと思った。それほど怒りに震えているのがわかる。


「コピーは所詮コピーなのよ。運命通りの人生は歩めても、運命が定まっていないダンジョンマスターはやっていけないの」


「……俺と璃砂ならやっていけると?」


「えぇ、だからあなたたちを選んだんだから……無茶苦茶言ってるのはわかってるわ。でも、先日もクラス召喚で40人も召喚されたばっかなの。家族や周囲の人間の記憶はもちろん、将来的に出会うはずだった人や結ばれるはずだった人の運命まで修正して影響を最小限にするのにも限界があるのよ」


 邪神の声色に苦いモノが混ざったのを感じる。もしかしたら、本来は感情豊かな神様なのでは? 姿が日本人形で顔が能面なのも、声が無機質なのも、感情を隠すためなのかもしれない。なんとなくだけど、そう思った。


「透と璃砂なら、ダンジョンマスターとして生き残っていける可能性があるの。クソ野郎の意識を他の世界の人間まで巻き込んだ争いから、自分の意図以外で乱れ始めた世界に向けさせることができるかもしれない。だから悪いけど、お願いするわ」


 そう言って初めて頭を下げた邪神。


『璃砂』


『透』


 その後ろで流れ続ける映像の中では、俺と璃砂は見たことないような幸せそうな表情を浮かべ肩を寄せ合っているのだった。

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