VS邪神2
「透ちゃん」
頭の上から俺を呼ぶ声が聞こえてくる。感情豊かな璃砂にしては珍しい冷めた声だった。例えるなら、自身のコンプレックスである部位を異性の幼馴染が凝視しているのに気づいてしまったときに発する声に似ている。
「大丈夫だ。言いたいことはちゃんとわかってるぞ」
「流石幼馴染。伊達に長い付き合いじゃないわね……それはそれとして、どこで喋っているのかしら?」
璃砂のお腹の上。何故って、地面に仰向けになってる璃砂のお腹に俺の頭が押さえつけられているからだ。本当に璃砂の魔法少女衣装が制服風でよかった。俺みたいなチアっぽい感じで、へそ出しとかだったら気まずいなんてもんじゃない。
いや、今現在の状況も十分に気まずいんだが……ある意味では幸せというか……。
「お腹だな。ははは」
「あはは……それでいつまで人の太ももを撫でているつもりなのかしら? そろそろやめてくれない? くすぐったいんだけど」
「俺もやめたい気持ちでいっぱいなんだぞ? 俺の意思とは関係なく手が勝手に動いてるうえに、璃砂だって俺の手を逃がさないように太ももで挟み込んできてるよな?」
「私がやってるんじゃないから!」
そう、俺の右手は璃砂の脚の間に挟まれているという……むちっとしていて最高です! スベスベで気持ちいいし!
「お」
「っ」
数分間その状態が続き、身体の自由が戻ると同時にガバっと立ち上がる俺たち。やることは決まっている。璃砂とアイコンタクトで確認し合う必要すらない。
「さて次は――」
俺たちを見回し、邪神が口を開いた次の瞬間には足元から氷柱が生えた。回避すると同時に薙刀を振りかぶりながら近づいてくるが、そこに多数の炎弾が飛んでいく。それらを打ち払うために薙刀を振るう邪神に、俺は氷の剣で斬りかかる!
「――はい残念でした♪」
結果として――
「なぁ、男の胸揉んで楽しいのか?」
「私の手が勝手にやってることだから。それに今のあんたは女の子だし、実質百合でしょ? セーフ」
「中身はしっかり男だろうが! どこがセーフだよ!?」
――とか。
「……見た?」
「なにも見てないぞ」
「あんな目の前で転ばされて、不自然にスカート捲れたのに?」
「相変わらずパステルカラーが好きなんだな」
「うっさい!」
――とか。
「……おい匂いフェチ」
「ち、違う! 私はそんなんじゃないわ!」
「……俺を抱き枕みたいにしているのは邪神の仕業だろうけど、クンカクンカしてるのは璃砂だろ?」
「て、適当なこと言うな変態!」
――とか。
「冷たい冷たい冷たい!」
「悪い……」
「なんであんたは平気なのよ!」
「俺の魔法で作った氷の床だからだろうな」
「ノースリーブとミニスカが恨めしい!」
――氷の床に大の字で磔になったり。
「おい璃砂! これ邪神に対する攻撃じゃなくて俺への反撃だろ!」
「なんの話?」
「無理無理無理無理! 熱い! 焼け死ぬって!」
「あんまり暴れるとスク水――じゃなくてインナー見えちゃうわよ?」
「言い直すの遅いわ!」
――火の海を転げ回ったり。
他にも色々とあった。本当に色々あったなぁ……っ! 途中からは邪神も飽きたのか、強制スキンシップの刑とやらはどこにいった!? って有り様だった。
「ちっ、この邪神がぁ!」
既に邪神の動きを鈍らせる効果を願って周囲一体を氷漬けにしてある。更に氷の壁で前後左右を囲み、唯一空いている上方からは氷柱と炎弾が途切れることなく飛び込んでいく。さて邪神はどう対応する? 氷壁を破るか? それとも飛び出してくる?
どっちにしろ、俺が剣で追撃する。これまでの戦闘でわかったが、魔法は発動者に悪影響を及ぼさない。例えば俺の場合は、自分の氷で滑ったり凍えたりしない。それどころか地面を氷漬けにしてしまえば、その範囲内はかなり自由に動ける。それも滑るように移動可能なため、自分で歩いたり走ったりするよりも素早く行動できた。
これが璃砂の火魔法になると、周囲を火の海にしてしまえば耐性があるか対策をしなければ近づくのが難しくなってしまう。なのに本人は熱気すら感じないらしい。
そういう意味では俺の氷魔法と璃砂の火魔法は相性がよくないよな……。俺の氷魔法は予め多めの魔力を注いでおかないと、璃砂の炎で簡単に融けてしまう。逆に魔力が多すぎると、火魔法を弱体化。下手したら無効化してしまう。
実際にやらかした結果、氷の床を全身で感じて火の海を転がることになった。いやまぁ、ここまでくれば邪神の意図もなんとなくわかるが……。
「――――っ」
背後から息を飲むような気配が届く。璃砂は俺の追撃が失敗したのを想定して、邪神がどう動いても攻撃可能なように広範囲魔法を準備しているはずなんだが……洞窟の中? 知らん。どうせ最悪の場合は邪神が守ってくれる。これまでの刑罰でそこは信頼している。これはあくまでチュートリアルで邪神にとっては戯れなんだ。俺や璃砂が怪我をするような状況には謎の力を働かせてくれている。
まぁ、それはそれ。俺も邪神にイライラしているし、璃砂はそれ以上にキレているのも事実だ。
璃砂のやつ……どんだけの魔力を込めているんだか。まだ魔法をイメージしている段階だっていうのに、少し離れた場所に居る俺まで漏れ出した魔力によって生じる熱気に煽られているレベルだ。
「ん?」
背後から感じていた熱気が唐突に消えた。なんだ?
「ふぇ?」
耳に届いたのは気の抜けたような吐息混じりの声。流石に気になって振り返る。そこにはペタンと座り込んだ制服姿の璃砂の姿が――。一瞬、元の姿に戻れるんだ? と喜びそうになったけれど、それどころじゃない。
「おい璃砂! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄って様子を確かめる。顔色はそこまで悪くないけれど、表情がどことなく怠そうに見えた。本人は立ち上がろうとしているけど足腰に力が入らないのか戸惑うように俺のことを見上げている。
伸ばして来た右手を反射的に握ってしまったが、その冷たさに驚いてしまう。璃砂は特に低血圧でもないし、こんなに指先が冷えているのは初めてだ。
「ただの魔力切れね。ステータス的には現時点で璃砂の方が最大魔力は多いんだけど、ずっと大きいのを撃ってたでしょ? だから透よりも先に魔力が尽きちゃったのよ。それが原因で魔法少女状態を維持できずに変身まで解けちゃったわけ。心配しなくても1時間もすれば動けるくらいには回復するわ」
邪神の言葉に俺はもちろん、璃砂もホッと安堵の息を吐く。よかった……でもそれならそれで、こうやって地面に座らせておくのもなんだかなぁ……。だからと言って、目に付く範囲に椅子みたいなものなんて無い……ここ洞窟の中だし。今更ながら光源がないのに普通に見えているのが不思議だ。
「これで勝敗もついたってことね。魔力が切れる前に妾に対して1撃もダメージになる攻撃をできなかったふたりの負けと。罰として――」
そこで意味深に言葉を切る邪神。既に罰を受けているようなもんなんだが!? なんて文句を言いたくなるも、言ったら悪化する予感しかなくて黙るしかない。
「――璃砂が回復するまで膝枕でもしてあげなさい。ソファを出してあげるから。これからのことを説明しないといけないしね。ダンジョンのこととか」
なんて言い出した。正直、変なルールを追加したときみたいに妙なことを言ってくるとばかり……しかも――どことなく優しげな声色だった。能面は変わらないけれど、気のせいじゃなければ……ほんの僅かだけど、微笑んでいるように見えなくもない。邪神に出会ってから、初めての『無』以外の表情だった。
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