VS邪神

 後頭部に加えられていた圧が消えたのを確認して身体を起こす。邪神は元のように距離を取っている。果たして俺の頭を押さえつけていたのは、手か足か。まぁ、摩訶不思議な力の可能性もあるが、足の気がしてならない。


「璃砂、大丈夫か?」


 下敷きにしていた璃砂に手を差し出すと素直に握ってきた。にしても……今は手も俺の方が小さいのか……変な感じだ。彼女が立ち上がるのを助けつつ、これからのことを考える。邪神の言葉をまとめると、魔法の色々な使い方を試してみろってことなんだろうけどな……。


「ええ、ありがと。透ちゃんじゃなくて透だったらキツかったかもしれないわ」


 だろうな。今の身体だと俺が下敷きになる方が危ない気がするし。


「かもな」


 同感だ。


「で……変なルールが追加された訳だけど、どうする?」


 どういう意味の『どうする?』なんだか。なるべく避けたいのか……それとも別の? 


「どうするって言われてもな……拒否権なさそうだろうし、さっさと攻撃当てて終わらせよう」


「……確かにそれがよさそうね。強制スキンシップを嫌がって攻撃を控えたりすると、もっと酷いことになりそうだし!」


 璃砂が不意に右手を銃のような形にして邪神に向けた。伸ばされた人差し指から炎弾が飛んでいく。それも一定の間隔を開けての連射だった。


 邪神はこれまでのように薙刀で打ち払いにかかり――薙刀が炎弾に触れた瞬間、なんと炎弾が複数に分裂した。なるほど散弾か! しかも後続の炎弾も同時に分裂して邪神に迫っていく。パッと見ただけでも炎弾は100発くらいはある。1発1発は元より小さくなってるし、これならどれかしらは当たるんじゃ? って気がしてくる。


「甘いっ!」


「なぁ!?」


 邪神の姿が掻き消えたかと思うと璃砂の目の前に。


「ちょっと待てい!」


 瞬間移動とかいくらなんでも反則だろ!


「ほら、今度は璃砂ちゃんが透ちゃんのおっぱいにダイブする番ですよ~♪」


「きゃああ!?」


「のわぁ!?」


 俺の今の身体じゃ吹き飛んでくる璃砂の体重を受け止められるはずもない。だからといって避ける選択肢を取れるはずもなく。さっきとは逆の光景の完成だった。ちなみに襲ってきた衝撃は璃砂がぶつかったときのモノだけだ。地面に激突するはずだった俺の背中は、謎の力によって優しく着地している。


「……ほんとにおっきいわね」


 完成したのは、本来無いはずの俺の胸の膨らみに顔を埋める璃砂の図。


「……あの、さっさとどいてくれ」


 俺と違って璃砂は頭を押さえつけられてないよな? いや、見えない力が加わっている可能性も否定できないけど、なんとなくない気がする。


「…………わかってるわ」


「揉むな!」


 なにしてんだよこの幼馴染は! 何故に顔を上がるどころか、手が胸に伸びてくるんだよ!


「冗談よ、冗談」


 笑いながら顔を上げる璃砂だったけど、俺は誤魔化されないからな? お前、長年の付き合いがある俺でも見たことない表情を一瞬していたからな!? 恍惚としたような、人に見せちゃいけない顔をしてたからな!? それでいて視線は肉食獣のように鋭いという……。


 見なかったことにしてぇ! 見なかったことにしよ! それがいいに決まってる! 璃砂も当然のように俺にバレてることに気づいているのか触れてこないし、お互いなかったことにする! 決定!


「本当に冗談だからね?」


 念入りに冗談アピールしながら、璃砂が立ち上がる。ワンテンポ遅れて俺も立つ。お尻を払って――萎えた。丸みと弾力ががが……。胸もだけど、嫌でも女体化していることを実感してしまった。これもすべて邪神のせいだ! なんだか今更ながら怒りが湧いてくる。


「こ、のぉっ!」


 邪神に駆け寄りながらイメージするは剣。ただし、サイズは同じでも簡単に砕けない剣だ。さっきスカった反省から距離感に細心の注意を払って――突きを放つ。狙いは特に定めなかった。身体のどこかに当たればいいやと、それだけを考えた突きは、薙刀の柄で簡単に受け止められてしまった。


「おぉ、今までで1番いい攻撃だったわ。ただの剣じゃなくて、耐久性まで考えてイメージした成果ね」


「せいっ!」


 剣を引き戻して、その場で1回転しての勢いを乗せた横薙ぎ。どうせ防がれるだろうから大した力は込めずに、即引き戻して連撃することだけを考えた攻撃だ。振り下ろし、斬り上げ、次は斜めに斬り下ろす! しかし、タイミングを合わされて薙刀で弾かれ剣を取り落としてしまう。咄嗟に右手が追いかけた先で剣が砕けて無数の氷の破片になるのが見えた。


「うーん……所詮素人の剣戟ねぇ……素質は高いから要特訓ってことで、愛しい幼馴染の元へいってらっしゃーい♪」


あっ――っと思ったときにはもう遅い。俺を投げるために邪神が手を伸ばしてきて――


「ちっ」


 ――舌打ちして距離を取った。理由はすぐにわかった。直前まで邪神が立っていた場所に火の細い針のようなものがスタタタタと連続で突き刺さったからだ。


 璃砂か、助かった! 角度的に俺の身体が邪魔で狙いにくいだろうに、どうやったんだ? 山なりに飛ばしたにしては真っ直ぐ上方から飛んできたよな? チラッと空中を確認してみると、炎弾が浮いていた。脳裏に浮かんだのは某ロボットアニメのオールレンジ攻撃が可能な兵器だ。そっか、イメージさえ可能なら逆になんでもできるのか。


 それよりも璃砂のお陰で新しい剣をイメージする時間ができて、態勢を整えられたのがありがたい。俺は再び邪神に斬りかかる――が、


「ルールは守らないとだめじゃない。ふたりとも失敗したんだから仲良く罰を受けないとね?」


 不意に俺の身体が何かに吊られるように宙に浮かぶ。慌てるも手足が硬直してジタバタすることすら叶わない。


 身体がグルっと半回転。目に飛び込んできたのは同じ状態の璃砂だった。もうオチがわかる。璃砂も同じなのか視線を彷徨わせたあと、苦笑を浮かべた。


 幼馴染の考えていることが手に取るようにわかる。嫌じゃないけど、恥ずかしいことは恥ずかしい。でも、逃げることは不可能で受け入れるしかないって感じだ。


「透ちゃんは脚フェチでしたよねー? あと異性のお尻も大好きですよねー?」


「……」


 璃砂も知っていることだし、否定はしない。


「自分のコンプレックスを幼馴染の男子が気に入ってることについて、璃砂ちゃん的にはどうなんですかー? あ、今は女の子同士でしたねー♪」


「「……」」


 璃砂と無言で頷き合う。次は絶対に1撃入れてやる! そんな決意をしながら、俺と璃砂は磁石のように引き付けられ合って――もつれるようにして地面に落ちていくのだった。

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