チュートリアル?負けイベ?

 とりあえず攻撃を。それだけを考え、氷柱を5本飛ばしてみるも薙刀で簡単に打ち払われてしまった。


「……」


 ホッと息を吐く様子すらなく、相変わらずの無表情で冷たい視線を向けてくる邪神。ここまで表情に変化がないと、表情筋を持っていないのかもしれない。


「いけっ」


 璃砂が放った炎弾は3発。ただ俺の氷柱と違って、直線的な軌道ではなく左右に加えて上方から囲むようにして飛んでいく。ただ結果は同じ。邪神はその場から1歩も動くことなく薙刀で打ち払ってしまった。


 さて、どうするか……。同時に着弾する数を増やす? あとは触れた瞬間に爆発――璃砂の炎弾とかならともかく、氷だとなぁ……ぶつかると同時に対象を凍らせることとか可能なんだろうか? 試してみるか?


「これならどう!?」


 そんな風に次の手を考えていると、璃砂が邪神に右の掌を向け炎の槍が飛んでいった。速度は炎弾よりも遅い。これじゃ今までと同じくあっさり防がれて終わりだろうに……そう思いつつ撃った本人の様子を窺うと、自信ありげに見える。つまりなにか仕組んでいるんだろうな。恐らく俺と同じ発想で爆発。


「おっと、これは回避ね」


 邪神は打ち払うことなくヒョイっと躱していた。炎槍はそのまま背後の壁にぶつかると同時に、予想通り爆発を起こした――直撃していれば邪神の全身が炎に包まれていそうな規模の爆発だった。一瞬、熱風みたいなのが俺にまで届いたし。


「……なんで避けるのよっ」


「これが何かにぶつかった瞬間に爆発するイメージで魔法を飛ばした場合の欠点なのよねぇ。自分で修行して身に付けた魔法なら仮に外しても好きなタイミングで爆発させられるんだけど。ある程度コントロールに慣れていれば追尾させることもできるわね」


 邪神の言葉で思い出す。


「そういえば発動後の変更が難しいとか言ってたような……」


 こういう意味だったのか。つまり避けられた場合のイメージまでしてから撃つか、最初から対象を追いかけるようにイメージしろと。そんなの咄嗟にできるのか? 結構難しいよな? 少なくとも今はできそうにない。これも慣れ、か。


「今度は妾の番ね」


 なんて言いながら薙刀を上段に構える邪神。突っ込んでくる気が満々に見える。狙いは俺か璃砂、どっちだ? どっちに向かっても良いように氷柱の発射準備を――。


「きゃあっ!?」


 へ!? 慌てて璃砂を見るが視界に入ってきた上半身に変化はなし。必死に脚を動かそうとしているのがわかり視線を下ろしていくと、璃砂の足首に蔦が絡まっていた。本人は振りほどこうとしているけど、蔦はゆっくりと伸びていて足首から白のハイソックスを越え、剥き出しの太ももに食い込みはじめている。その一方で邪神は薙刀を上段に構えたまま1歩。また1歩と、ゆっくりと近づいてくる。


 俺たちに対処する時間をくれていることも理解できるが、間に合わなければ問答無用で一切の躊躇も手加減もなく振り下ろしてきそうな恐怖もある。


 ど、どうするべきだ!? 璃砂を助けることに集中するのと、邪神の足止めをする。どっちだ?


「と、透っ、自分でなんとかするから時間稼いで!」


「わかった!」


 俺の迷いを察したらしい璃砂の言葉で方針が決まる。決まってしまえば動くだけだ。とりあえず真っ直ぐ璃砂に向かってくる邪神の進路上に割り込むために踏み出して――自分の身体に起きた初めての現象に困惑してしまう。


 胸が揺れるってこんな感じなんだな……落ち着かねぇ! こんなの違和感しかねーよ! え? 見事に集中力を削がれるんだが!?


「――んふっ」


 そんな俺を見て意味深な吐息を漏らす璃砂。ぶっちゃけ乳揺れに関しては璃砂も俺に対して言いたいことが色々とあるだろうな……心当たりがいっぱいあるし……あとが怖い。


 ――って、今はそれどころじゃない! 自分の身体なのに無視できない違和感を極力意識しないようにして邪神に向かっていく。イメージするのは、剣だ。氷の片手剣。右手を握り込むと、柄の確かな手応えがある。想像通りの太さ。ただ剣の重量は思ったよりも軽いな……簡単に弾かれたりしないでくれよ?


 そう思いながら邪神に振り下ろし――見事にスカった。


「うおっ」


 薙刀で弾かれたり、受け止められることはあり得ると思っていたけどこれは想定外だった。つんのめるようにして剣先が地面を叩いてしまう。同時に砕け散る剣。マジか!? こんなに脆いのか!?


 急いで離れるべきなのは頭でわかっていても、身体がその通りに動いてくれない。そんなのは隙でしかなく――右手首を邪神に掴まれた。ヤバいと感じたときにはもう遅い。足を払われ身体が宙に浮いたと認識した次の瞬間にはぶん投げられていた。しかも璃砂に向かって、だ。彼女の足元には蔦の燃えカスみたいのが散らばっているのが見えた。どうやら火魔法で燃やしたらしい。


「ちょっ、透!」


 璃砂は驚きつつも、避ける素振りを見せることなく重心を落として衝撃に備えるのがわかる。受け止めるつもりらしいけど、俺としてはさっさと避けてほしい。巻き込んで怪我をさせてしまうのが怖い。でも逆の立場なら絶対に同じことをするから怒るに怒れない。せめてふたりとも怪我せずにすみますように。そう願うことしかできない。


「んぐっ!?」


「ひゃあ!? ――っ!?!?」


 案の定仲良く地面に転がることになってしまった。しかもどんな偶然か、俺の顔が璃砂の胸元に突っ込んでしまうという……いい匂いがするし柔らかいしで、どうにかなりそうだ。


「わ、悪い――ん?」


 慌てて頭を上げようとして――失敗した。後頭部を何者かに押さえつけられている。絶対に邪神だろ!


「いつまで人の胸に顔埋めてんのよ! 変態! さっさとどいて! どきなさいってば!」


「俺の意思じゃねー!」


「透。元の身体と比べて身長が30センチくらい縮んでるんだから当然、手足も短くなってるのよ? 今までと同じ感覚で剣を振っちゃだめ。間合いを意識して修正しないと」


 邪神の言っていることが尤もなのは理解するし、そこまで考えが回らなかったのは素直に反省だ。だがこの状態を維持する必要ないよな!?


「わ、わかったから押さえつけるのやめてくれ」


「嬉しいくせに♪」


 この邪神がぁ! ありがとう!


「うんうん、素直に喜んでるのは男って感じするわねー。璃砂も嫌がってないし?」


 へ、へぇ……。


「て、適当なこと言わないで!」


「顔真っ赤にしちゃって可愛いわね♪ ――そうだ! いいこと思いついたわ!」


 璃砂がどんな表情をしているのか気になるな……そして邪神の思いつきに関しては断言できる。絶対にろくなことじゃない。


「ルールをひとつ追加ね。透か璃砂。妾に攻撃して失敗した方は、相方と強制スキンシップの刑」


 ほらやっぱり! なんでそうなるんだよ! どんな思考回路してるんだよこの邪神!


「あ、だからってわざと失敗しちゃだめよ? 特に璃砂ちゃん」


「……する訳ないでしょうが」


 妙な間があったことに関してはあえて触れまい。

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