第3話 雪畑の半生

 私はこれにて帰ろうと思っていたのだが、2000円も握らされてしまったから、帰るに帰れなくなってしまった。その様子を察したらしい雪畑は、「相談料に取っておいてくれ」と言って、ある話をはじめた。


 雪畑は今年の12月10日で23歳になる私よりふたつも歳が下だが、じつに波乱万丈を生きた人で、幼い頃に母が難しい病で亡くなって、父は終戦前に帰国して恨みのあった人に殺されたから、生涯を孤独になってしまって、そこからは水沢の優しい家の家で勉強をしながらえらい学校を出ようとしていたが、隣家がボヤの騒ぎを起こした拍子に家の人が亡くなって、そこで正真正銘、天涯孤独になったという。それからは必死に勉強して、必死に神様や仏様に祈り、すくすく育ったので、いまここにいるのだとか。その事があったから、雪畑は、孤独な少年少女を見捨てられない性質になってしまったのだ、と困ったように言っていた。時折、そういう子供を拾って、無償で面倒を見て、家を探してやる事業をしていたり、学校で子供の面倒を見る様な事ばかりして稼ぎが全くないのだとか。


 そこまで聞くと、私はこの男が少し好きになってしまっていた。私に渡したこの金は、なけなしの大金であったのだ。そう言われれば、服は洗濯してあるようだけれど、長らく着ていたようで、よく見ればところどころに縫った跡がある。事務所の机もボロボロだった。


「普段の仕事で金は稼げないのか?」

「俺に依頼を持ってくる人間は、たいてい何かに追われて恐怖し困り切っているんだ。それなのに、よりにもよって味方であるべき俺が経済に傷を残すのはいけないことだ。だろ? だから500円程度を貰うくらいだよ。それでもキツいっていう時はガソリン1リットルが買えるくらいだ」


 ぎょっとした。私はあわてて、その2000円を雪畑に返した。雪畑は「構いっこないのに」と言っていたが、その程度の収入では、これはほんとうに大金すぎるだろ。


「そうか、君は優しいんだな」


 雪畑は、ふわりと笑った。

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