3・魔法の詠唱はない方が強いとかじゃなくて有るのが弱すぎる

 俺、バリィ・バルーンは魔法使いで魔法学校の教員も勤めている。


 そして、父となった。


「はぁ~いライラちゃ~ん。パパでちゅよぉ~」


 俺は宇宙で一番の愛らしさをほこる、愛娘のライラに語りかける。


「変な言葉で話かけない! ライラがちゃんと言葉を覚えられないでしょ!」


 宇宙で一番尊敬している妻のリコーに怒られる。


「確かに……、ライラさん。私はあなたの父、バリィ・バルーンですよ」


「かしこまりすぎでしょ。良いから仕事行きなさいよ」


 そんなやり取りをして、ライラを抱っこしたリコーに見送られて俺は家を出た。


 ここはセブン公国の南、サウシスの街。


 ほんの一年半くらい前まで俺はリコーと共に東の果て、トーンの町で冒険者をしていた。


 いやー、しんどかった。

 そもそもギルドも職員がクロウ一人。


 パーティも西の大討伐に人を取られて当時の主力が抜けて、さらに怪我が続いて人が減り冒険者は俺とリコーとあと二人の四人。

 さらにギルド職員のクロウが怪我で抜けた穴を一人で二人分埋めるという超パワープレイでなんとか依頼をこなしていた。

 マジで町民たちが空気読んでちょっと依頼を減らすくらいにはヤバい環境だった。


 何回か公都のギルド本部に乗り込んでやろうと本気で思った。いやマジで西の大討伐が大変なのはわかるけど人員の補填はしろよ。ギルド職員のクロウが残像で増えないと回らねえって破綻してんだろ。


 だが、俺はそんな状態のトーンから離れた。


 リコーに子供が出来た。

 戦わせるわけにはいかなかった。

 俺は町よりリコーと産まれてくる命を守ることを選んだ。


 ぶっ飛ばされても仕方ないと思った。

 クソ忙しい時に女はらませて抜けるなんて言われたら、俺でも殴るかもしれん。


 でも、クロウは笑いながら祝って送り出してくれた。


 感謝してもしきれない。

 おかげで今、俺たちは幸せに暮らしていられる。


 故に心残りだ。


 俺たちが抜けた後、クロウとキレやすい小娘と心優しき筋肉ダルマの三人で何とかなるはずもない。


 仕方ないし、俺は家族を選んだこと自体に後悔はない。

 でも、どうにかもう少しだけあいつらに楽をさせてやれなかったと、どうしても考えてしまう。


「はーい。では魔法の利点とは距離と威力、それに魔力と詠唱だけで発生できるので大きな武器や矢などの消耗品を携行しなくても良いという点など。では、弱点。魔物などとの戦闘において魔法がかかえる虚弱性とは…………、はいじゃあ……オリガ」


 考えてはしまうが授業はする。しっかりそれっぽくまとめて一人の女生徒を指す。


 俺は魔法学校で、主に魔法戦闘についての授業を担当している。担任のクラスは持っていない、講師のような位置だ。


 この学校には学術的な魔法や魔道具などの研究をおもな目的とした学生が集まるので、魔法戦闘の授業はそれほど人気のある授業ではない。


 魔力の多い戦闘系職モノスキル持ちだったり、育ちの良い貴族の子息令嬢の中でも物好きが取る授業だ。


「魔法の弱点は、発生までのタイムラグと近距離では自身の魔法に巻き込まれることがあるので近接戦では前衛との連携をしなくてはならない点でしょうか」


 物好きの類いにあたるオリガ女史はつらつらと答える。


 うーん我が生徒ながら優秀だ。まあでもギリ及第点には届かないかな。


「確かに。魔法の発生までのタイムラグは魔法ごとに違うし近接も不得手ではあるね。それも正解」


 オリガ女史の答えを肯定しつつ、補足で解説を行う。


「でもラグはある程度れれば管理も出来るし、近接での魔法はナンセンスではあるけどナンセンスだからこそ有効な場面もあるし、別に俺らが剣や槍を使えちゃいけない理由もない。俺も多少のじょうじゅつくらいは出来るしね。確かに弱い点ではあるけど、一番ではない」


 俺は教師としてなるべく実戦で役立つ話をするために続ける。


「魔法の一番弱い点は、詠唱という発声行為がとしても良いほどのだと俺は思っている」


 言いたかったことをしたり顔で、生徒たちに語る。


「これから魔法を撃ちますよって宣言しているようなものだし、直感的に手で突いたり足で蹴ったりするようには出せない。詠唱内容から魔法の効果を推測も出来るし、顎や喉をやられればそれだけで無力化されてしまうからね」


 魔法学校でこんなことを生徒に言っているのが他の教員にバレたら怒られそうなことを堂々と教える。


「……? 知性のない魔物相手では問題ないのではないでしょうか?」


 オリガ女史は頭に疑問符を浮かべながら問う。


 いいねえ。

 かゆいところに手が届く疑問だ。やはり良い生徒を持った。


「ところがどっこい、魔物は思ってるよりさかしいんだよ。戦闘中に後ろの方にいる奴がなんか呟いたり叫ぶことを契機に魔法が飛んでくるってことを学習して狙って来ることもあるし、一度人間との戦いを生き延びている魔物は最初から後衛魔法使いを狙ってきたりもする」


 ある程度やってる後衛魔法使いが何度か死にかけるあるあるネタを語る。もちろん俺もこれで何度も死にかけた。


「それに野盗や他国の侵略防衛で対人戦もないわけじゃあない。詠唱は無いに越したことはない、つーか有るのが弱いまであると俺は思っている」


 俺はかつて思っていたことをそのまま言葉にする。


「…………ですが無詠唱なんて『大魔道士』を持つ、かの賢者くらい高位の魔法系職モノスキルを持たない限り出来ないのでは……?」


 眉をひそめてオリガは予習の成果というか、まあ一般論を元に問う。


 うーん、いいねえ。先生乗ってきちゃうよ。


「どっこい、できちゃうんだなぁこれが。まあ厳密に言うと『大魔道士』とか『魔神』持ちが使う直感的な無詠唱とは違うけど訓練次第で魔法系職モノじゃなくても可能な方法はある。わりと昔からある方法で――」


 と、解説しようしたところで授業の終わりをげるかねがなる。


 乗ってきたところだが仕方ない。


「――っと、じゃあ続きは次回少し触れようか。今日はここまで。それではまた明日」


 そう言って授業をめくくり、職員室へと戻る。


 さて、次は偽無詠唱を教えるから演習場を抑えておくのと的とか魔力回復薬も準備しなくちゃな……。

 授業進行度には余裕があるから一枠使って教えても良いけど、ぼちぼち試験もあるから早めに切り上げあて座学に戻って――。


「バルーン先生、よろしいですか?」


 授業進行度やら各生徒の理解度を日誌に纏めている俺に話しかけたのは、魔道具学科のミーシア先生だった。


「貴方が無詠唱魔法を教えると生徒に触れ回っていると聞いたのですが本当でしょうか?」


「…………いいえ? 俺には分かりかねますね、一体なんの話でしょうか皆目見当もつかない」


 ミーシア先生の問いかけを、俺はこれ以上なくすっとぼける。


 なんかめんどくさい気がしたし、まあ厳密に言えば世の定義する無詠唱ではなく偽無詠唱のやり方や考え方について触れるといった程度なので触れ回ってもないし嘘でもない。


「…………そうですか。私はてっきり魔法系のスキルでもない貴方が生徒にデタラメを吹き込もうとしているのかとのですが杞憂でしたね。まあそもそも無詠唱なんて再現性のない無駄なもので貴重な学習時間を奪うのは教師がやることじゃあない」


 皮肉めいた言い回しで、ミーシア先生は俺を煽る。


 まあなんというか、ミーシア先生は冒険者上がりの俺も嫌いなのだろうが魔法戦闘学についても否定的なのだろう。

 確かにここは育ちの良い魔法を科学的に、より生活を良くするための研究をする為に入学してくる生徒が多い。


 戦いなんてものは本来ない方が良い。究極的な理想論で言うなら、それは正しい。


 しかし。


「まあでも、出来ないよりは出来た方が良いですよ。戦闘において『ああ、これが出来ていれば』『俺にこれがあれば』と後悔した時には自分か仲間が危機にさらされている時です。俺は少しでも生徒が死なずに済む方法を教えてあげたいだけでなんですよ」


 俺は現実を語る。


 魔物も人も、悪意を持ったやからが存在する以上、悪意から自身や大切なものを守るのに戦いはけられない。


 戦いの中には、善も悪もなく、あるのは徹底した遂行のみだ。


 つまり如何に相手を殺すか。

 突き詰めればそこにある。


 魔法戦闘学は殺人者を増やすと言われれば、それは正しい。


 まだこの時代に、これは必要なだけ。

 でも理想論は未来に向けて持ち続けてくれ、俺は今、家族を守る為だけにこの時代で生きて死ぬ。


 なんて、ミーシア先生との有意義な議論を適当に切り上げて色々な書類仕事を終えたところで帰ることにする。


 うーん、決まった時間に帰れるというのは最高だ。


 冒険者だった日々に未練がまるでないわけではないけれど、朝家族に見送られて夕方に家族が出迎えてくれる日々は未練を余裕で上回る。


 今日も寄り道なし、まっすぐ帰ろう。

 そんないつものように、校門から家路につこうとしたところで。


 いつもとは明らかに違う、大爆発が起こった。


 思わず少し身をかがめてしまうほどの衝撃と爆音。

 なんだ? 誰か爆裂系の魔法でも試したのか? 体育会系がほぼ居ないことでお馴染みの魔法学校の運動場とはいえまだ人はいる、あぶねえどころじゃ済まねえぞ。


 生徒ならゲンコツものだ。他の先生なら……、いやゲンコツだな。


 なんて考えながら、爆心地に向き直し。

 爆発で舞った土煙の中から現れた姿に目をらす。

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