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「これ着地が雑なのよ! 標的が壊れたらどうすんのよ!」
「この程度で壊れるものでもないだろう、問題ない」
姿を現したそいつらは、そんな話をしていた。
頭には角、青い肌。
白目と黒目が反転したような瞳。
ああ、初めて見た。東にはいなかった。
魔族。
この国よりもっともっと南側に広大な領地を持つ種族。
大昔、人間と魔族は敵対して何百年も争い続けていた。
まあ結局、その間に魔物がどんどん増え続けて互いに手に負えない状態となって、それどころじゃなくなったことで争いは一旦終わりとなった。
解決ではなく先延ばし、問題は抱えたまま何となく不可侵として人間は人間の魔族は魔族のテリトリーだけで生きていくことになった。
まあもちろん稀に魔族領で取引を行う人間の商人もいれば、隣のライト帝国ではわりと魔族が受け入れられて生活をしているなんて話も聞いたことがある。
閑話休題。
そんなこの辺りじゃ珍しい魔族が、魔法学校の運動場に乱暴な不法侵入を果たしている。
魔族領ではアリなのか? 文化の差か? 尊重してやりてえが教員としては注意はしなくちゃならねえ、生徒が真似したら困る。
魔族の二人組に、かける言葉を探していると。
「……ああ、そこの
魔族の……多分男が俺に向けて、不躾にそう言い放つ。
へー、魔族は魔族じゃない人間は角なしって呼ぶのか。確かに無いもんな、角。
んで? 『賢者の石』だっけ?
あー…………、聞き覚えはある。
確かミーシア先生の研究室で作ってる、魔力増幅装置だった気がする。
魔力を込めれば、装置内でなんか色々反応を起こして魔力を増やして放出するみたいな。わりと国家的にも力を入れてる研究だ。
なので俺は。
「…………いいえ? 俺には分かりかねますね、賢者の……えっと……、一体なんの話でしょうか皆目見当もつかない」
全力ですっとぼける。
きな臭い、どうにも穏やかな話じゃあない。
なんかどうしてもこいつらは、この学園に『賢者の石』を奪うために現れたようにしか思えないんだよな。
「……そうか、まあ有るのはわかっている。おまえが知っていようが、シラをきっていようが、どちらにしても――」
角ありの男はそう言いながら俺に手を向け。
「出すまで殺す」
そう言いながら、俺に向けて魔法を放った。
「――ッ‼」
俺は瞬時に魔力導線を展開し、魔法を魔力ごと上空へと
話しながらの魔法発動、完全なる無詠唱だ。
やべえ、こいつ相当使う。
「すごいわね! 角なしって詠唱しなきゃ魔法撃てないって聞いてたのに!」
「相当な手練ということだ。脅威を万全なうちに叩けるのは幸運なことだ」
そんな話をしていたと思ったら、角ありの女が視界から消えて。
「そうね」
俺の背後から、そう答える。
咄嗟に、武具召喚で愛用の
重い。
筋力強化魔法の類いを使ってやがる。
だが幸い、こういう速い奴を相手にする稽古は相当やって来ている。
紙一重だが受けられた。
が、ほぼ同時に角あり男から先程と同じ魔法が放たれる。
同じように魔力導線で捻じ曲げて今度は、この隙を狙って迫っていた角あり女に向けて牽制する。
「っ⁉ あぶな! あの曲げるの強っ!」
ギリギリで
当たらなかったが情報は獲られた。
角あり男の使っている魔法は火属性、弾速は結構速い、威力も人を殺すには十分だ。
軌道は直線だが、空気や重力の影響を受けるようなので遠距離を狙えるかは不明。
地面に着弾させたが、着弾時に炸裂はしない。
放出は現状、手のひらからのみを確認。
角あり女の使っている魔法はやはり筋力強化の類いで間違いない。
逸らした魔法を
さらに
クロウの『超加速』みたいな、生きている時間軸そのものが違うような、どうにもならないものじゃあない。
あと、まだ結論づけるには早すぎるがもう一個仮説はある。
仮説はあるけど、まあとにかく二対一が不利すぎてヤバすぎるってのが何より確定した情報だ。
「確かに面倒――」
「氷結弾ッ!」
「雷撃球!」
「尖岩撃!」
角ありの男がなんか言おうとしたところに、騒ぎに気づいて駆けつけてきた教員が魔法を放つ。
だが、角あり女が詠唱に反応して氷結と岩を蹴りで迎撃して、角あり男が雷撃を撃ち落とす。
そりゃ出来るわな、こいつら対魔法使いに慣れてやがる。
「ばっか野郎‼ いいから生徒逃がせ! 余計なことしてんじゃあねえ‼」
俺は他の教員たちを怒鳴り散らす。
そりゃ援軍は欲しいが軍人か冒険者に限る、しかも近接をこなせる戦士系職モノスキル持ちが必要だ。
素人の魔法使いは邪魔でしかない。
「……おい角なし共、死ぬ前に答えろ『賢者の石』はどこにある」
角あり男は教員たちにそう問うが、一秒で。
「そうか死ね」
そう言いながら教員たちへとさっきの火属性魔法を速射で放つ。
ほら馬鹿狙われたじゃねーか!
指示を出したいが迎撃も放ちたい。
しかし俺の偽無詠唱は、完全な無詠唱とは違って別の発声をしながら直感的に行えるものではない。
単純に、口を開けずに超小声で、発声をせずに詠唱を行っているだけだ。
はっきり声を出した時と魔法の出力に差異がないように、ひたすらちょっとずつ声を小さくする訓練をしてほぼ呼吸と同じ域の無音の詠唱で魔法を発生出来るようにしただけ。
さらに詠唱した魔法を発生させずに留めておいて任意のタイミングで発生させるというのを併用することにより、詠唱していない魔法が直感的に放たれたように見せることが出来るというのが。
俺の使える、偽無詠唱である。
魔法職モノスキルを持たない俺が、後衛魔法使いに行き詰まった時にクロウが調べてくれた一部
ただ現在、俺は魔法を留めておく余裕もなかったし、そもそも留めておける魔法も限られている。
やはり魔法使いは前衛の牽制や守りがないと機能しない。魔法使いはそもそも欠陥だらけだ。
妻のリコーも『重戦士』のスキルをもつ前衛盾役だったし、クロウも俺と組む時は前を張った。
相手は完全な無詠唱で魔法を使い、前衛後衛の連携練度も高いし、間違いなく魔力量も俺よりある。
ああ、思考に無駄が多い。
この感覚は久しぶりだ、戦闘中に現実逃避が始まっている。
冷静に目の前の教員たちが今死ぬとわかってしまっているのと。
激情でここでこいつらを止めなきゃならねえって思いと。
さっさと家族を連れて街から逃げ出してしまいたい弱さが、ぐっちゃぐちゃに混ざりあっている。
ああ、ダメだ。
どちらにしても、彼らは死ん――――。
「…………あっぶねえっ! え⁉ なんだこれ! 魔族か! 初めて見たー! すげぇ……、あ、こんにちは初めまして、クロウ・クロスです」
角あり男の魔法が教員たちへと着弾する寸前に、一瞬で魔法を叩き伏せてマヌケな反応を見せたのは。
世界最速のギルド職員、クロウ・クロスであった。
突然の旧友の出現に。
何でここに? とか。
おまえ仕事どうした、とか。
思わないわけがないのだけれど、一旦とりあえず最優先で言うべきことは。
「前衛頼む! こいつらは今ここで畳むぞぉッ!」
俺はクロウに向けて叫ぶ。
状況把握も速いクロウは一瞬で理解して俺の前に張って、構える。
「女は素手、蹴りを得意としている。筋力強化をかけて結構素早い、だが外皮や思考や反射神経は強化されない。男は魔法使い、火属性対人魔法を使う射程はこの運動場ならどこでも。ただ物理干渉があるのでわりと逸れる。どちらも完全な無詠唱で魔法を発動する」
構えたクロウに向けて迅速に情報を共有する。
パーティで動く時の基本だ。
「だが恐らくこいつら、一系統の魔法しか使えない可能性がある。多種ではないが、一系統を多様に使って戦うのを好んでいる気がするが、気の所為だったらマジごめん」
さらに俺はここまで見てきた情報から立てた推測も伝える。
さっきからこの角ありコンビは、同じ魔法しか使っていない。
まあ俺もだけど、同じ魔法しか使ってこないから同じ魔法で対処していただけだ。
俺らの中で無詠唱は『大魔道士』だとかの高位な魔法スキルがないと使えない技術だ。
故に、膨大な魔力と多彩な属性魔法、複雑な広域範囲魔法などがセットだと考えがちになる。
というかバリエーション豊かな魔法を使える方が優秀って考え方は人間側だけのものなのかもしれない。
遂行率を高めるということに対して魔族の文化では、多彩な汎用性ではなく一つを極めるということに特化したのかもしれない。
まあ俺は一人で色々出来ちまうことの強さというのを、目の前に立つ世界最速のギルド職員によってこれ以上なく心に刻まれてしまっているのだけれど。
でも、こいつの異常さも『加速』という急ぐことしか出来ないスキルを極めた結果の『超加速』だ。
一芸は万芸になんちゃらら。
さて。
情報共有は出来た。
クロウはパーティメンバーだった妻のリコーや筋肉ダルマのブラキスの次に信頼のおける前衛、不足はない。
「前を潰せ、後ろは焼く」
「はいはい、了解!」
角ありのお二人も、俺たちの戦力分析を終えたようで一気に動き出す。
角あり女はクロウが俺をカバー出来ないように、近接格闘で引き付け。
その隙に角あり男が俺へ例の魔法を厳しく避けられないように連射をする。
想定内。
さっきの思考中に偽無詠唱で発生させずに溜めていた魔力導線を複数同時に展開して捌いて、水撃弾を撃ち返す。
俺は『狙撃』のスキルを持つ。
視力が良くて遠距離攻撃の命中率が高い、まあ他にも色々とあるがざっくりそんな感じのスキルだ。
まあ後衛向けで、弓使いになる奴もいるし投擲武器だとか銃だとかの使い手になる奴も多い。
でも俺はステータス的に筋力より魔力のがやや多めだったのと一応三系統の魔法は使える資質があったし、銃は高くて買えなかったから魔法使いになった。
つまり威力はともかく、この距離で俺が魔法を外すことはない。
当然のように、狙い通り水撃弾は角あり男の右手に着弾する。
「ぐ……っ!」
角あり男は右手を弾かれ、苦い顔をしながら左手をこちらに向ける。
速射でさらに水撃弾を左手に当てる。
「ッ‼ カバーだ! 二秒稼げ!」
角あり男は受け身をとって、転がりつつ動きながら角あり女にカバーを要請する。
だが。
「そこまで筋力があるなら少し重めの武器を持っていいと思う。槍とかを使うといい、せっかくそれだけ速く動けるんならリーチと攻撃範囲を伸ばして相手の動きを制限させるような立ち回りを――」
角あり女は瞬きに満たないほどの時間の中で、完全に拘束され何が起きたのか理解出来ず呆気に取られながら、クロウにアドバイスをされていた。
流石すぎる。
あの角あり女も運が悪すぎる、リコーみたいな硬い盾役ならともかく自分より遥かに速い奴が相手になるなんて想定してなかったろうに……。
「おおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおぉおおおお――‼」
角あり男はがしがしと水撃弾で濡れた腕をズボンで拭いて水気をとって両の手のひらから交互例の火系統の魔法をクロウに向けて乱射する。
やはり手のひらからしか魔法を出せないらしい、そして物理的な干渉を起こすところから手が濡れていたら思うようには使えない。
クロウに対して速さ比べで
手を拭かなくちゃならなかったこと。
絶対にクロウには攻撃が当たらないこと。
足を止めて乱射していること。
ここが狙いが付けやすい運動場だったこと。
俺に魔法を溜める隙を与えたこと。
以上、これが彼らの敗因だ。
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