「なっ、どっから出てきた! なんだおまえは!」


 町の門を守る帝国軍人に驚愕される。


 しまった、いきなり目の前に跳んでしまった。

 まあ、逃げも隠れもするつもりはない。

 全員山の向こうまでぶっ飛ばす。


「おめーらがどっからいたんだよ! 私の町勝手に占領してんじゃねええええええ!」


 完全に冷静さを捨て、激情のまま殴りかかる。


 が、帝国軍人は私のこぶしを華麗にけて転がり受け身をしながら懐から信号弾を打ち上げる。


 避けた……? 偶然? まあ何でもいい。


「目視転移」


 帝国軍人の目の前に跳んで、腰からナイフを抜いて脇の鎧の隙間を狙った。


 短距離転移からよろいどおし、必殺の流れのはずだったが。


 塀の上から現れた別の軍人に剣でナイフを弾かれた。


「ライト帝国軍、第三騎兵団は山岳攻略部隊、副隊長ジャンポール・アランドル=バスグラムである。部下の態度に何か失礼があったかな? お嬢さん」


 キザに名乗ったジャンポールとやらは、余裕そうな口ぶりとは違って隙のない構えで対峙する。


「……目視転移」


 何か気の利いたことを答えようと一瞬考えたが面倒なので、ジャンポールとやらのはすに跳んで首を狩ろうとナイフを振る。


 しかしこれまた剣で防がれ、三日月蹴りを刺そうとしてきたので後ろ受け身で距離をとる。


 強い。

 なんだこの練度、初見で防げる戦法じゃあないんだけど。


「武器はナイフが一振! スキルは恐らく『暗殺者』『盗賊』『忍者』などの軽業系職モノ! かなり速いぞ! だが戦士系級の腕力もある! さらに転移魔法を細かく使う! 詠唱内容から推測するに視認距離なら何処でも飛んでくると思われる! 付随してかなりの魔力もあるはずだ! 多彩な魔法を使う可能性も高い! 町には撃たせるなよ! 気を抜くな、このお嬢さんかなり強い! 演習通りの陣形で包囲しろ!」


 ジャンポールとやらはまくし立てるように、私から得た情報を通る声で共有する。


 しかも結構的確でやんの。


 そして、ぞろぞろと出てきた帝国軍人たちに包囲され細かく魔法を撃たれながら目視転移で一人ずつ仕留めようとこころみるも、位置取りが上手すぎて常にカバーが入る。


 一人一人の技量やステータス的なところだけでも、まあまあ以上、冒険者なら大抵の仕事ならこなせるくらいに高い。


 何より連携の練度が高すぎる。

 まるで圧倒的な速さや技量を持つ個人との戦闘を想定して来たかのような動きだ。


 ああ、こいつらの練度の高さが。

 くそ……、脳裏にチラついて離れない。


 クロウさんが負けたという最悪の可能性が頭から離れない。


 あのクロウさんが負けるわけがない。

 だから私は町が占領されたのは何かの間違いか、もしくはクロウさんが激務にブチ切れて町を見限ったのかと思った。

 まあ責任感の強いクロウさんが後者を行うとは思えないけど、誰かに負けるよりは可能性が高い。

 でも、こいつらが完全に対クロウさんを想定した訓練や演習を行い。

 激務で疲労しきったクロウさんを狙ったのであれば…………。


 現に町は占領されている。


 クロウさんは捕虜…………、いや…………。


「…………この……っ、ダルいんだよぉおおおっ‼ 範囲爆雷撃ッ‼」


「魔法障壁!」


 町を破壊しない規模の中で一番殲滅力のある魔法を放ったが、ほぼ同時に防御を打たれる。


 でも想定内、今ほとんどのやつらは魔法防御に必死だ。


「目視転移ッ 目視転移! 目視転移、目視転移、目視転移、目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視――――――ィッ! 目視――」


 その隙を狙って、縦横無尽に転移を繰り返して軍人たちの顎を砕く。


 詠唱をつぶす。

 単純な対人の迫撃戦なら私の方が速いし強い。


 ただ、超長距離転移と公都で無駄に使った戦略級魔法のせいで魔力がわりと枯渇しつつある。この二つは魔力がごっそり減る。


 私が舐めてたせいだけど、このまま回避に転移を吐かされ続けるのは良くない。


「――――黒煙爆ッ!」


 ジャンポールとやらが黒い煙幕で包囲一体を包む。


 また腹が立つほど的確。

 目視転移はその名の通り私が見た先に跳ぶ魔法だ。

 距離に限界はあるが、転移時のラグはまばたきにも満たない。


 煙幕で視界をふさぐのは、どんぴしゃ過ぎる。これで私は跳べなくなった。


 でもこの視界なら、やつらもそうそう攻められない。

 範囲魔法で吹き飛ばす。


「範囲暴風――ッ⁉」


 詠唱中にするどやいばが喉元をかする。


 紙一重で避けられたが、冷や汗が吹き出す。


 黒煙の中から現れたのは、目を閉じて視覚以外の感覚で動くジャンポールとやらだった。


 くっそ、こいつ『感覚強化』とか『直感』の類いのスキルだ。『盗賊』だとか『剣士』だとか得意の伸び方が固定される職モノとは違う、どちらかといえばクロウさんの『超加速』とかに近い応用次第で何にでも使える万能モノのスキル。


 この洞察力や指揮力や剣の技量は自前の努力か……。敵ながらやるぞこいつ。


 続け様に的確な剣撃が舞う。

 しかして、私も勇者。しかもクロウさんから戦い方を学んだ勇者だ。


 技量で負けるつもりはないし、速さも腕力も私が上だ。負けてやる理由はない。


 剣をナイフで弾き、鎧ごと斬りく勢いでナイフを振る。


 何回かに一回は通るが浅い、もう少し踏み込みたいけどこいつ本当に甘くねえ。勇者になってから対人訓練をおこたってたツケが回ってきている。


「あああああああぁぁおおおおぉぁあああ――――――――んッ!」


 突然、ジャンポールとやらは奇声をあげる。

 何? 帝国流の気合いの雄叫び――――。


「ぐふ……っ⁉」


 何て考えた瞬間、脇腹に岩がめり込む。


 魔法……っ、この視界の中で……、そうか奇声で場所を……、耳の良い奴が残ってるのか……っ。


 ジャンポールはこの隙を逃すほど甘くない。

 鋭い振り下ろしが迫る。


「――風爆ッ!」


 私は咄嗟に爆風を発生させる魔法を使って、お互いに吹っ飛ぶ。


 この距離で魔法なんてナンセンスだ、普通に自分にもダメージが通る。あー痛い……、肋折れたかも。


 しかしこの爆風で、ジャンポールとの距離を稼ぎ煙幕を散らすことに成功した。怪我の功名、絶対に無駄にしない。


「…………ああぁぁぁぁぁああ――――――ッ! 目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移もくっ、目視転移目視転移目視転移目視転移目視転移ィィィィイッ‼」


 片っ端から跳び回り、包囲しているやつらをしずめていく。


 二度ほどジャンポールにも跳んだが、カウンターを合わせられそうになった。


 だが。


「……ハァーっ、ハァー…………っ、あとはお前だけっ、だぁ、ざまあ見やがれ侵略者ぁっ!」


 私は息もえに、構えたまま私をにらむジャンポールをあおる。


 魔力も残り少ない。

 スタミナもまあまあ削られた。

 回復魔法に当てる時間も隙もない。


 決めるしかない。


 これから私が使うのはクロウさんに憧れ、何とか生み出した私の中の究極魔法。つまり本当の奥の手だ。


「俺を残したのが敗因だよ。お嬢さん」


 私の覚悟を感じたジャンポールも、言葉とは裏腹に余裕のない表情で返す。


 さあ、やろうか。


 目から炎があふれ出る。

 どれだけ冷静をよそおっても熱が収まらない。


 互いに見合い、最善最高のタイミングで。


 同時に。


「「」」


 そう詠唱した。


 音すらもゆがむほどの加速した世界の中で、互いに驚愕した表情で一瞬にすら満たない時の中で見合った。


 致命的な隙だったが互いに生まれた隙だったので相殺された。


 同時にナイフと剣で打ち合い、お互いの武器が弾き飛ばされる。


 さらに同時に、真っ直ぐ放たれた私の右ストレートとジャンポールの左ストレートは摩擦で火を上げながら交差して。


 世界最速のクロスカウンターで互いのほほを打ち抜き。


 相打ちで、私たちは意識諸共、ぶっ飛んだ。


 瞬きの間についた決着だった――――――。


「――――…………ああ、目覚めたか」


 意識を取り戻すと、むさ苦しいおじさんが出迎えてくれた。


 ひかえめにいって最悪の目覚めだ。

 身体もガチガチに拘束されている。

 ご丁寧に詠唱も出来ないように口も塞がれている。

 ただ後ろ手の指先で下着をいているか確認して、脱がされた形跡がないことには安心した。

 紳士なようで助かった。


「起き抜けに失礼。私はライト帝国軍、第三騎兵団は山岳攻略部隊、隊長のガクラ・クラックである。勇者ということで拘束させてもらった、これ以上君を相手にする余力は我々にはない。今も部隊の復旧に追われている、まさか今の我々が一個人にここまでやられるとは……、勇者とは凄まじい」


 しみじみとガクラと名乗ったおじさんは続ける。


 勇者とバレている。


 多分このガクラとやらは『鑑定』だとか『観察』だとか『看破』だとかの類いのスキル持ちで鑑定魔法を得意としているのだろう。


「ジャンポールも勇者を相手に、私も隊を離れていたにも関わらず良くもここまで食い下がってみせた……、やはりあの人の稽古で一番伸びたのはジャンポールだったようだ。褒めはしないが認めざるを得んな」


 穏やかに、お茶をすすりながらガクラは語る。


 なんなんだこいつ……。


 故郷を奪った侵略部隊の隊長のくせに、なんでこんなに良い奴っぽいんだ。


「さて」


 そう呟いてガクラは少し神妙な顔で縛られた私に目線を合わせるように膝を着く。


「勇者、この町から手を引いて頂きたい。我々はこの町を守ると、ある人と約束をしているのです」


 真摯に目を合わせてガクラは語り、いやうったえかける。


「我々、山岳攻略部隊はリーライ辺境伯領から山脈を越えてこの町を侵略しに来たのだが。その際、たった一人の男に隊を全滅させられ侵攻は完全に失敗に終わった」


 ガクラは心当たりが一個しか浮かばない興味深い告白をし。


「だが我々はその男、たった一人のギルド職員より、この町を守るようにたくされたんだ」


 私はそれを聞き終わった瞬間に、身体の拘束を弾き飛ばして立ち上がり、猿ぐつわを噛み砕き、果物の種のように吐き出して。


「クロウさん生きてるのっ⁉」


 私は驚きと喜びを混ぜて、そう叫ぶ。


「やはり君も彼の知人か――」


 そこからガクラは語り出した。


 このガクラが率いる山岳攻略部隊を一瞬で蹴散らした後、ワンオペ激務に限界を感じていたクロウさんは、ブラック体制過ぎるギルドを辞める為に町の防衛を彼らに一任したらしい。


 その際に町の産業や町民の立場をそこなわないようにも話をつけ、この辺りの魔物の攻略法や問題がないくらい彼らに講習を行ったらしい。


 納得だ。だからあの練度……。


 まあ元々彼らは優秀な部隊だったんだろう。あの山脈を越えてこれるんだからそれは間違いない。


 そんな部隊をクロウさんがさらに教えたのなら、あの異常な練度にも納得が行くし『超加速』を想定した演習をしていたのなら私がクロウさんの戦い方から着想を得て使っている転移戦法にも対応出来てしかりだ。


 クロウさんはこの山岳攻略部隊を育て、町の産業や町民な暮らしに問題がないことを見届けた後に、故郷へ向かいつつ昔の仲間に会いに行くと言って町を去ったらしい。


 確かに町を見て歩いたけど、町の人たちは全然豊かに暮らしていたし何なら山岳攻略部隊は私より町に馴染んでしたわれていた。


 なんというか……、やっぱあの人は超人だ……。


 クロウさんの決めたことに私がとやかく言うことも出来ないし、何より無事でいるのならそれでいい。


 せっかく勇者パーティを抜けてきたのなら、戻る前に少し探しに行こうかとも思うけど。


 やめとこ。

 そのうち会いに来てくれるのなら公都で待っていた方がいいだろう。


 一応ダイルたちにも謝っておこう、多少やりすぎた感がやっと出てきた。


 公都に戻った私は、なんか公都のど真ん中で戦略級魔法を展開させたことで国家転覆罪で裁判にかけられることになるんだけど。


 まあ、逆ギレしたらダイルたちがかばってくれたので、何とかなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る