2・短気は損気でも勇者には関係がない

 私、メリッサ・ブロッサムはセブン公国所属の勇者である。


 まあ、まだ『盗賊』のスキルが『勇者』へ覚醒してからもうすぐ一年といったところなので、勇者らしいことといえば西で起こっていた大型魔物の氾濫を終わらせるお手伝いをしたくらいだけど。


 確かに大仕事ではあったけど……、本当に地獄だったのはその前だ。


 私は東の果て、トーンの町で生まれ育って冒険者をやっていた。


 西にかなり人員を集められて、トーンの町も主力冒険者が抜けて人手不足となった。


 田舎で自然が豊富で山脈のふもとに位置するトーンの町は、魔物がけっこう多いしそのわりに硬くて強い。


 それでもギルドでまとめてくれた攻略法を適正人数で行えば十分対応出来ていたのだけれども、この適正人数を集めることが困難になった。


 パーティを再編成して対応したけど、人数は減り続け。


 冒険者は私一人になった。


 でも実際大変だったのは私よりギルド職員である、クロウさんだ。


 そもそも一人でギルドの運営業務もこなし、自ら欠けたパーティメンバーの補充要員をこなし、最終的には足手まといの私をかばいながら町を守っていた。


 町を出て、他のギルド職員にも会って知ったけど……。


 あの人は人間を超えている。

 超人とはクロウ・クロスのことを指す言葉なんだと思っている。


 クロウさんに少しでも楽してもらう為に、毎日奮闘し続けた。


 あの速すぎる動きに着いていけるように、毎日彼から学び続けた。


 そして私の『盗賊』が『勇者』へと覚醒した。

 やっとクロウさんの負担を少しは減らすことが出来る。


 そう思ったのだけれど、この国にはスキル『勇者』を持つ者は国で保護するという決まりがあるらしい。

 私はともかく、国営ギルドの職員のクロウさんが従わないわけにいかない。


「安心しろよ。僕がこの町を守るから、君はこの国、いや世界を守ってくれ。任せたよ勇者様」


 クロウさんは疲れにむくんだ顔で、可愛い垂れ目を細めて笑いながら、泣きじゃくる私の頭を撫でて、そう見送ってくれた。


「……なにほうけてるんだよメリッサ、ホームシックかぁ?」


「神に選ばれし勇者がそんな様子では困るぞ……」


「勇者と言ってもまだまだお子ちゃまなんだからしょうがないわよ」


 うっかり自分の世界にひたっていた私に、パーティメンバーたちはそんなことを言う。


 勇者になってから出会った今のパーティ。


 迫撃最強のスキル『万能武装』を持つ戦士の、ダイル。

 回復系最高位のスキル『聖域』を持つ神官の、クライス。

 あらゆる魔法を極められるスキル『大魔道士』を持つ賢者の、ポピー。

 そして、それら全てを内包する『勇者』を持つ私。


 このセブン公国内で希少で特異なスキルを持った者を集めた、最高戦力パーティだ。

 と、いっても私はそれほどこのパーティになじめていないというか心が開けていないというか……。


 悪い人たちではない、気のいい部類の人たちなんだろう。

 でも多分価値観が合わないんだと思う。


 彼らは強力なスキルや魔法を使えることを、とてもステイタスとしているというか、スキルの強さを自分の価値だと思っている節がある。


 私はそう思っていない。

 人に価値があるのなら何を持っているかではなく、何を成したかで決まると思っている。


 私たちは確かに強い力と言えるもの持っているかもしれないが、特に何もしていない。


 訓練としょうして適当に動いて、ミーティングと称してくだらない話をしているだけ。


 だったら魔物の一匹でも狩りに行ったり、西の大討伐で減った冒険者や軍人の育成や補填をした方がいい。

 西には私の知り合いというか先輩らも参加していた。そして恐らくもう……きっとトーンの町には帰ってこない。


 なら、あの人は今でもまだ一人であの町を守っているのだろうか。

 十六の時に町を出るまで、本当にクロウさんにはお世話になった。


 もっと子供の頃から、町一番の悪童だった私は沢山迷惑もかけたししかられた。


 十四になって、冒険者として登録した時もすごく喜んでくれた。


 自分も忙しいはずなのに新人の私を真摯に指導してくれた。

 みんなが抜けて私と二人だけになっても、働き続けた。

 そして私に『勇者』が覚醒しても、喜んでくれた。


 私は彼を尊敬している。


 いや、違う。


 

 子供の頃からずっと、初恋である。


「あーそういや東の果ての町が、ライト帝国に占領されたらしいな。帝国も馬鹿だよなぁ、あの山脈越えてまでして田舎町一個手に入れるなんて――」


 何かダイルがまだ続けて話していたが、衝撃的すぎて聞こえない。


「……ねえ、それってトーンの町…………?」


 辛うじて冷静に、私はダイルに問う。


「あ? あー、そんな名前の町だっ――」


「行かなきゃ」


 私はダイルが話し終わる前に立ち上がり、部屋を出ようとする。


「おいおい! 待て! 勇者のおまえが出るような話じゃねえって! 軍か地元の冒険者にでも任せとけよ」


 ダイルが私を引き止める。


「ふっ、そんな田舎町を奪われてもそれほどの損失もないだろう。神の加護がなかったに過ぎない」


「っていうかやっぱ田舎だから大した冒険者もいなかったんじゃない? そりゃ占領されるって」


 続けてクライスとポピーが気安く言う。


 私は。


「永久凍結、目視転移」


 クライスを氷漬けにしたのとほぼ同時に、ポピーの目の前に跳び左フックで顎を砕いて右のショートアッパーで肋骨を砕いて吹き飛ばす。


 これでクライスの「死ななきゃ大抵を完全回復させる回復魔法」は打てない。まあクライスの魔法抵抗値があれば死にはしないだろう。


 ポピーも顎を砕いたので魔法の詠唱を出来ない。彼女は無詠唱での魔法も使えるが肋を砕かれ呼吸がおぼつかない状態で無詠唱魔法を使えるほど集中は出来ない。


「っ、てめ! 気は確か――」


「目視転移」


 剣を抜こうとしたダイルの背後にんでさやごと剣を盗み取って放り投げ、膝裏を蹴って崩して、腕をねじってへし折りながら組み伏せる。


 ダイルは魔法は全然だが武器術の技量は私より高い。しかし武器を持たない徒手空拳での戦いは私の方が上手い。スキルで伸びやすい技術やステータスばかりみがくからこうなる。


「ぐあぁ……っ、てめ……イカレてんのか、洗脳か⁉ それとも元々スパイかなんかなのか⁉ 裏切りとか、ふざけんな!」


 組み伏せられながらダイルはもっともな悪態をつく。


「……あんたらは、少し私を勘違いしている」


 なるべく冷静に、答える。


「私が勇者としてこの国に協力してるのは、故郷がこの国に属しているのと、私の大切な人がこの国に属する公務員だからってだけ」


 冷静に、落ち着いて。


「そして、私はトーンの町一番の悪童。あの人に会うまで手の付けられないほどの悪ガキ、気に入らねえ奴は殴るし脅す。キレやすくてわがままで、思い通りにならないことは思い通りになるまで暴れ回る。私の根っこはそれで出来ている」


 冷静を保とうとしてもなお、目から炎が漏れ出る熱量で語り。


「戦略級広域消滅展開、助けを呼んでもいいし私を止めてみようとしてもいい。でも私は公都を消し飛ばしてでも、トーンの町へ向かう。今あんたに出来ることは公都と一緒に消し飛ぶか、少しでも私の機嫌を良くして送り出すか。ねえ……、どっちがいい?」


 私は公都を消し飛ばす規模の魔法を公都上空に展開させながら、ダイルに選択をせまる。


 一秒でも早く、私はクロウさんの安否を確認したい。

 さっさと町から帝国軍を追っ払って、公爵家やらをぶん殴ってでも補充要員を送り込む。 

 ああ、初めからこうしとけば良かった。


 クロウさんのおかげで良い子になれたけど、良い子であろうとし過ぎていた。


「…………つーか言えよ……故郷が占領されてんなら俺は文句なんか言わねーよ馬鹿。俺も育ちは悪ぃし良い思い出なんかねえが、故郷の危機には飛んでくつもりだ。言ってくれりゃあ俺も周りを説得すんのを手伝ったわ……。腕までへし折りやがってちくしょう……、さっさと行け馬鹿! ここは何とかしてやる!」


 ダイルは想像以上に、私を気持ちよく送り出す。


 やっぱり悪い人ではないのかもしれない、特にダイルはもう少し心を開いて良かったのかもね。


 でももう遅い。


「ありがと。展開解除、氷結解除、超長距離転移」


 私は一言礼を言い、上空に展開した魔法とクライスの氷漬けを解いて。


 トーンの町へと跳んだ。

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