下手にハッタリをかまして町に乗り込まれても困るのだ。


「冒険者がいない……? 何を言ってるんだ? 辺境とはいえまあまあな人口のいる町だろう、ここは」


 ガクラ隊長はこれまた当然のことを仰る。


「本当でございます。この町は現在このクロウギルド長一人でなんとか守っている状態でございます……」


 町長が僕の後ろから細々と答える。


 居たのか町長、まあ町長も現状は把握している。町長経由でも何度も補充要員の申請を出している。


「ギルド運営も一人なのか……? いや、それは……、いたわりの言葉を向けざるを得んな……お疲れ様」


 まさかの外国人にねぎらわれてしまった。


 ちょっと涙が出そうになるが、それはそれだ。


「とりあえず降伏は前提とはなりますが、ギルド長として町の人々の扱いについて交渉を行いたいです」


 僕はギルド職員としての職務を全うする。


 こちらから提示した要求は。


 一つ、住民への略奪および暴力行為の禁止。

 二つ、住民への労働の強要、理不尽な押収などの禁止。

 三つ、町の建造物の破壊の禁止。

 四つ、産業への介入並びに妨害の禁止。

 五つ、増税や不平等な徴税を行わないこと。


 まあつまり、全然あんたらの領地になるのは受け入れるから干渉するなって話だ。


 これはかなりふっかけている。


 最悪住民全員捕虜にして、酒や米や魚を提供し続けるように労働を強いられることも考えられる。


 その最悪からどれだけずらして住民の生活を守れるか。


 ここからが僕の防衛だ。


「……ふざけんなよ馬鹿か貴様は! 我々に何の利がある! この町はリーライが管理するし住民は捕虜とするに決まっているだろうが!」


 隊長の横に居た男が馬から飛び降りて僕の胸ぐらをつかんで怒鳴り散らす。


「やめろ! ジャンポール!」


 隊長がジャンポールとやらをいさめる。


「何がですか隊長、こいつ舐めすぎですよ。一人だけで町の防衛? ありえない与太話並べて、その気になれば我々はこの町を容易く落とせるのですよ? 力関係をはっきりさせなくては」


 そう言ってジャンポールとやらは剣を抜く。


 まあ確かにそうだよなぁ、ごもっともだ。

 僕なんかと話さなくても最大の利益を得ることが出来るだろう。


 仕方ない、こうなったら、こうするしかない。


「…………じゃあ僕が皆さんより力を見せれば、交渉を続けて貰えますか?」


「下がれジャンポ――」


 僕の問いに、隊長さんは被せるようにジャンポール君へ呼びかけるが遅い。


 そう、


 僕のスキルは『超加速』だ。


 元々は『加速』というちょっと走るのが速くなる程度のスキルだったが、使い方を覚えて色々と加速させるのに使いまくり、超ブラック環境下での激務で覚醒にいたった。


 そりゃそうだ、だって『勇者』が出るほどにいそがしかったんだから。


 忙しすぎてあらゆる行動に応用し続けた。

 書類仕事にも経理にも討伐にも解体にも採取にも掃除にも依頼受付にも報告業務にも、何でも急いだ。


 やがて『加速』は僕のあらゆるものを速くした。


 思考、筆記、回復、体術、魔法発生、完了までの時間、とにかく全部。


 それでも足りない激務の中で、さらに一段階『加速』というスキルそのものを加速させた結果『超加速』が生まれた。


 まあ効果は読んで字のごとく、速くなる。


 たったそれだけ、でもたったそれだけのことがこの町を魔物や野盗からの脅威から一人で守ることを可能とした。


 ジャンポール君の利き手と片脚とあごを砕いて意識を飛ばす。


 剣を振れなくして、移動をふうじ、魔法の詠唱を出来なくする。


 対野盗でのセオリーだ、それなりに研修も受けているし実戦も経験済みなのだ。


 この程度の骨折なら僕の回復魔法でもなんとかなる、部位欠損だと繋がりはするが元に戻るにはかなりのリハビリを要するのですぐには治せないが。


 ジャンポール君が崩れ落ちるまでの間に、山岳攻略部隊の皆さんの腕と足と顎を砕いて回った。


 格闘戦はギルド長をやるに当たって冒険者等級審査の為に、ある程度は学んでいる。


 そのある程度が『超加速』を常軌をいっした速度になっている。


 速度は単純に、威力に変わる。

 激務のおかげでそこそこの近接武器職と変わらない程度は出せる身体操作を身につけてしまっているのだ。


 この程度の動きなら疲れるより速く回復してしまう。


 便利だけど……、まあいいや。使えるものは使うのが僕のポリシーだ。


 なんて考えている間に、ジャンポール君が崩れ落ちて、一拍も空けずにガクラ隊長以外の山岳攻略部隊の皆さんが馬から落ちた。


「――ルッ! 貴様では…………遅かった……、ここまで……」


 隊長さんは一瞬で状況を理解して頭を抱える。


「……私のスキルは『観察』だ。君のスキルも、たった一人で山脈から近いこの町から魔物被害をおさえるに足る力量ということも、把握していた……」


 馬から降りながら隊長さんはそうべて。


「我々の完全敗北である。完全に手を引く、隊員の命だけは助けて欲しい」


 片膝をついて、目を伏せて隊長さんは丁寧に敗北を認めた。


 防衛成功。


 ああ、ライト帝国は山越えが出来るようになったということはこの防衛業務もちょこちょこ増えるのか……。


 これ変に帝国軍が過剰な戦力を向けて、いきなり町を焼きに来るとかも考えられるか。


 やべえめんどくせえ。


 報告される前に山岳攻略部隊の皆さんを消しても、帰って来ない山岳攻略部隊を探しに別の部隊が来てすぐバレるだろう。


 あーマジに、しんどすぎる。

 一人は限界だ。


 なんなんだ、どれだけ現状を本部に報告してもギルド職員も送ってこないし冒険者の補填も行われない。


 けわしい山脈に甘えて国境警備をおろそかにする公国軍もあてにはできない。


 畜生……、人手不足が留まるところを知らない……。


 何処かに山からの危険度の高い魔物をものともしない、練度が高くて屈強なやからは居ないもの…………、


 僕は一瞬の思考の後に、流れるように両膝をついて、深く頭を下げ。


「皆さんの勝ちです。この町は帝国の町になります」


 完全にひれ伏して、敗北をきっした。


 僕は完全に山岳攻略部隊の皆さんに町の防衛やギルドがやってきた業務を丸投げし。


 僕はついに、ギルド職員を辞めた。


 使えるものは使うに限る、彼らは優秀な人材だ。


 もちろんその後、ガクラ隊長と町の人々と協力して山岳攻略部隊の皆さんをギルドに運んで回復魔法をかけたし。


 そこから町長や酒造職人の代表たちを交えて色々と話し合ったし。

 当初の要求を能動的に飲んでもらったし。

 さらに酒や米や魚に関しても帝国で買い取りを行ってくれるようで産業的な損失もなし。


 完全なる談合による売国も、僕や町長は捕虜として脅されていたことにしてくれるという。いやはや帝国軍人は太っ腹だ。


 まあ飲まなきゃ暴れるしかなかったけど。

 僕にはもう、彼らに優しくできる余裕はなかった。


 今までに纏めた、この周辺で出現する魔物の種類と攻略法、季節によっての発生量の差、行動の傾向などを纏めた資料を共有したし、山岳攻略部隊の皆さんの得手不得手や戦い方を元に役割を編成したりもしておいた。


 多少なりと魔物討伐方法をレクチャーしておいた、なんかまあまあ感謝もされた。


 僕ももうすぐ三十代に突入する。

 大人として、ちゃんと引きぎはするさ。この町は好きだしね。


「つーこって、じゃあな。あんま無茶な侵攻すんなよ」


 僕は荷物を背負って町の出入口で別れの挨拶をする。


「これからどうするんですか? 行先は決まっているのでしょうか」


 見送りに来たガクラ隊長がたずねる。


「何となく故郷に向かいつつ、みんなが来てくれるまでこの町で冒険者をやってた奴らに顔でも見せに行こうかなって、ひっさしぶりの自由だし」


 僕は漠然と適当なプランを答える。


「……クロウさんっ、俺っ、さみしいっすよ! もっと稽古づげでほじがっだっず……うぅぅぅ……」


 ジャンポール君も号泣しながら別れをしむようなことを言ってくれる。


 なんだかんだ彼らにはなつかれてしまったな……、まあ彼らが根本的に良い奴らってのと美味い酒と美味い魚があればこうなる。


「俺っ、もっと強くなって……、いつかこの国全土を侵略してみせるから! 山岳攻略じゃなくて国家攻略するっす!」


「やめとけ馬鹿! 無茶な侵攻するんじゃねえ!」


 泣きべそかいてるくせに野心的なことをのたまうジャンポール君に、つい声を荒げてしまう。


 やめろやめろ、こころざしが高いのは結構だが慎重に行けよ……別に愛国心とかはないけど、無駄に犠牲者が出るのは忍びない。


「まあもう十分みんな強いし、僕なしでも全然この町守れるよ。また気が向いたら酒でも飲みかわそう。じゃあな、達者で暮らせよ」


 別れをげ、町に僕は背を向けてたところで。


「ああそうだ、ガクラこの町に――――」


「はい、把握しております。特徴に会う人物が現れたら直ぐに『携帯通信結晶』へと連絡いたします」


 僕が念の為の確認をしようとすると、ガクラは先回りして返す。


 流石優秀な男だ、話が早くて良い。


「悪いね、じゃあ行ってくる。気が向いたらまた戻ってくるよ」


 改めて僕は別れを告げて、町を出た。 


 超ブラックワンオペギルド職員を辞めて、久しぶりの自由だ。


 ゆっくり気ままに、旅をするのも悪くはない。


 と、思いつつ足が速い僕はあっという間に目的地まで辿たどり着いてしまうのであった。

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