1・仕事が早いやつは次の仕事も早く回ってきて結局損をする

 僕、クロウ・クロスはセブン公国の東の果てに位置する隣国との国境線に近いトーンの町のギルドに勤める、いわゆるギルド職員だ。


 東の果てには山脈がつらなり、このトーンの町は文句のつけようがないド田舎だ。


 まあ山脈から流れる水が良く、水田や川魚の養殖、米を使った酒造が主な産業で何だかんだで暮らしていける場所ではある。


 だが、豊かな自然からは魔物も発生する。

 魔物によって単純に町に危険があるし、物流ががいされることもある。


 なのでしっかりとこの町にも国がギルドを運営している。僕もまさに公都から派遣された職員だ。


 しかし、現在当ギルドは深刻な人員不足である。


 職員は僕のみ。


 つまり僕はギルド長であり、受付担当、報告書制作、依頼書制作、魔物の解体、経理、清掃……全てを行っている。


 まあギルド運営のワンオペは百歩……いや百万歩譲って良いとしよう。

 大きなギルドでもないし、町の規模からすれば都会より依頼も多くは無い。まあ、ギリギリなんとかならないレベルだ。


 深刻なのは肝心な冒険者が、ってことだ。


 冗談抜き、これはマジな話をしている。

 現在この町には冒険者がいない。

 そもそもこの町は酒造職人や農業が得意な人間が集まるので、戦闘に向いているスキルや魔法を持った人間があまりいない。


 かつてはそりゃあ、それなりに居た。

 三人くらいのパーティが四つ常駐していて一番近い町を拠点としてちょこちょこ来てくれていたパーティが二つあった。


 ところが西の方で大型の魔物が大量発生し、冒険者はそちらの方に招集された。

 実際大規模な討伐になるのでそれは仕方ない。


 この町で練度の高かった二つのパーティが西に行き、ちょこちょこ来てくれていた二つのパーティも全く来なくなった。


 残った二つの常駐パーティで町周辺の討伐や護衛や素材採取の依頼をぶん回してしのいでいたが。


「この怪我じゃ無理かな……? 二人とも……、ちゃんと治してもらいましょう……」


 僕は驚愕する。


 無茶がたたって、一つのパーティから複数の怪我人が出た。


 全快は難しく、公都で現在も治療中だ。まあ命に別状がなくて良かったが、回復しても後遺症が残る可能性が高いらしく復帰が叶うかはわからない状態らしい。


 心配ではあるが彼らも危険は承知で冒険者をやっている、僕にできるのは良いヒーラーを紹介するのとギルド予算から医療支援を行うくらいしか出来ない。


 現実問題、それでもギルドは冒険者に依頼を出さなきゃならない。


 僕もまじえて協議を行い、残った四人の冒険者をまとめて役割ごとに再配置して二つのパーティを組み直し、足りない役割として各パーティの三人目に僕が入るということになった。


 一応僕というかギルド長は、冒険者の等級を審査するにあたり一通りの訓練は受けているし各役割の立ち回りはある程度出来る。


 超緊急的な措置、そこから僕の休みがなくなった。


 同時進行で一部依頼の規制や、他ギルドや本部に連絡をして人員の補充を要請していたけど、どこもかしこも人手不足で人員補充は難しそうだった。


 国境線が近いんだから国境防衛の名目で軍にも要請をしてみたが、山脈をまたがなければ国境越えは出来ないところには積極的に人員はけないとの回答。まあ納得するしかない、実際この町が隣国から狙われるなんてことはないだろう。


 そんな感じで、無理矢理依頼をこなし続けて、槍も弓も盾も回復も問題なくこなせるようになってきた頃。


「け、結婚……? 子供が出来た……? お…………、おめでとうございます……」


 僕は驚愕しつつ祝福する。


 冒険者の男女が、そんな報告をしてきた。

 まあ明らかに良い感じになっているのはわかっていたし、どちらからも相談されていたし、単純に喜ばしいことではある。


 だが、身重の体で魔物と戦わせることなど出来ないし、彼らの要望は身を固める為に今のような無茶な依頼は出来ないということだった。


 正直、彼らが抜けることは相当きつい。


 でも、彼らには彼らの人生がある。

 曲がりなりにもパーティを組んだ仲間が幸せになろうとしているのを止めることは僕には出来ない。


 様々な思いが混ざった涙を流して、見送った。


 一つのパーティになった僕らは引き続き依頼をこなし始めた頃。


「お、親が倒れた……? 故郷に戻る……? そりゃあ、大変だ…………」


 僕は驚愕しながら心配する。


 北の果ての村出身の彼の父親は木こりを行っており、冬を越す為のまきも作っている。このままだと薪が間に合わずに村が冬を越せない可能性があるという。北の冬はきびしい、これはもう緊急事態だ。


 彼が居なくなることは本当に辛いが、仕方ない。僕がその分頑張るしかない。


 僕らは決意を胸に、彼を見送った。


 最後に残った彼女と二人で依頼をなんとかこなしていた頃。


「す、スキルが進化した……? 『勇者』が覚醒……? こんなところで起こることなのか…………?」


 僕は驚愕しながら、やっぱり驚愕する。


 スキルは使い込めばまれにそういう覚醒が起こりうる。まあ彼女の『盗賊』が何故『勇者』になるのかって理屈はわからないが。

 そしてスキル『勇者』を持つものが現れた場合、国は保護というか貴族あつかいで公都に向かい入れる決まりらしい。僕もギルド職員という公務員なので決まりにはしたがわなくてはならない。


 涙を流して別れをしむ彼女の頭をでて、僕は見送った。


 さて。


 ここから僕は一人で、冒険者けんギルド運営を行うことになった。


 町の人々からの依頼を受理して。

 その依頼を一人でこなして。

 採取した素材や魔物の死体を自分で解体して。

 報告書を書いて本部に提出をした。

 その他のギルド業務も経理や掃除をふくめた全て。

 一人でこなした。


 休みどころか寝る時間すらなくなり、隙間があれば気絶するように眠った。


 そんな日々が続き、連勤日数を数えるのを止めてひさしくなった頃。


「クロウさん! 大変だ! 隣国の奴らが山を越えて攻めてきた!」


 ギルド受付で気絶していた僕を叩き起すように町の人が声を上げて乗り込んできた。


 ええ……、国境越えて来たんだけど……。


 緊急事態に拠点の町を守るのもギルドの仕事ではあるのだが基本は国軍の仕事である。

 さっさと軍なり冒険者なり寄越しときゃあ良かったのに……最悪だ。

 ああ全くちくしょう、文句は言ってもやるしかない。


 町の人に連れられ、隣国の騎兵隊の元へと向かった。


「馬上より失礼。私はライト帝国軍、第三騎兵団は山岳攻略部隊、隊長のガクラ・クラックである。リーライ辺境伯領より、領地拡大の為に参った」


 馬に乗った大男、ガクラ隊長とやらは堂々と名乗る。


「セブン公国冒険者ギルド所属、極東支部トーンギルド、ギルド長のクロウ・クロスです。現在この町の防衛責任者もになっております」


 起きしな走らされ、欠伸あくびを噛み殺しつつ僕も名乗り返す。


「ギルドが防衛責任……、やはり公国は我々が山を越えてくることを想定していなかったようだな」


 しみじみとガクラ隊長はおっしゃる通りのことを述べる。


「我々は山岳攻略部隊、山を超える力量を持った屈強な部隊だ。悪いが寄せ集めの冒険者での防衛は困難だろう。こちらも無益な殺生は好まない、抵抗はせずにこの町を貰い受けたい」


 続けて、これまた堂々と無茶をのたまう。


 いやマジに、仰る通りだ。


 この山脈はそもそもけわしすぎるし、魔物もわりと強めなやつが多い。というかそもそも魔物の遭遇率も高い。


 わざわざ山越えて、この町に来るのはコスパが悪るすぎる。


 それをなんなくやりげるこの部隊の練度は相当高い、パーティ単位ならともかく大型の魔物に対してのレイド攻略とかでもない限り冒険者同士の連携は無いに等しい。


 だが、この男はまあまあ勘違いをしている。


「現在この町に冒険者は一人も居ないのでそもそも抵抗は出来ません。山を越えた時点であなたたちの勝ちです。おめでとうございます」


 僕は真摯につつかくさずに事実を伝える。

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