第5話 無謀に備えて

 銅の剣というのは冒険者が買える最低の装備で切れ味は悪く、木の棒よりは丈夫だが、鋼の剣とは長さも丈夫さも、切れ味もひどいものだ。

 ものすごく安いことだけがメリットで、子供のおもちゃとか、記念品に買うようになっている。

 それをローガが戦闘で使えという。

 そして教える代わりにお前の報酬の半分をもらうそうだ。

 高笑いする鬼畜な奴に俺ははらわたが煮えくり返りそうだ。

 断ったらぼこぼこにされた。

 なんでやねん。

 勇者といい、ローガといい、暴力に訴えかける知性の欠片もない奴に殴られてばかりの俺だ。罰当たりと言っても限度というものがあるだろう。

 あぁ、クッキーと紅茶を飲み干しながら、メイドたちの巨乳を眺めて本を読み聞かせてもらった過去の生活が恋しい。

 俺は自分の腹を見つめる。

 こんなに太った俺は走るだけで息が上がってしまう。

 ローガの試練を乗り越えるためにはまずは体力だ。

 ローガに土下座してもらった金でギルドの冒険者登録を済ませる。

 幸い、始まりの町の領主だった俺の悪評はここではあまり広まっておらず、俺を醜い奴だと笑う奴はいても軽蔑のまなざしはそれほどなかった。

 俺はギルドの何の変哲もない顔をしたモブの受付嬢から仕事を受ける。

 せめて受付嬢が美人だったらやる気も出るんだが、どこかの物語のようにそんなことはないらしい。

 俺は溜息を吐いて、冒険者の登録証である薄い金属製の札を見つめる。

 自分のステータスと名前と緊急の連絡先と保護者の名前と登録ナンバーが書かれているだけのそれはひどく簡素で、自分がちっぽけな何物でもないことを証明しているかのようだった。

 俺は普通に畑仕事とかしようとおもったが、畑仕事は人気で人手が足りているらしく、俺は人助けをしようと思ったが、人探しなんて俺はこの街に来てからそれほど日が経っていないし、猫とか犬とか探すほど報酬の低い仕事はできない。ぶくぶくとした体では高いところに上って降りられない猫を下ろすための木登りもできないし、さんざんな結果になることは目に見えていた。

 俺の装備を見て心配そうに受付嬢は魔物と闘うのはよした方がいいといわれた。

 まぁ当然の反応ではある。

 内職や接客なんて向いていないことはわかる。

 俺は人に気を遣うことができない。

 できていたら、なかば追放されるような形で勇者にぼこぼこにされているわけがない。奴隷になっていないだけの無能な自分にだんだんと腹が立ってくるやら悔しくて涙が出るわ。

 それでも腹は減る。

 俺は仕方なく、誰もやりたがらないきつい危険臭い低収入な仕事、溝さらいをやることにした。

 幸いこの仕事をやっているのはホームレスの人ばかりで、ホームレスの人は溝から金品をとっていたが、それを見られて俺は自分の縄張りがどうのこうのとか言われて渋々隅っこの方でモップとバケツとシャベルをもって溝さらいをした。

 そしてたまに出てくるデカい鼠や聞くだけで嫌な気分になる害虫を銅の剣で倒す。

 夜になったら酒を飲んでバカ騒ぎするローガに金を渡して風呂と洗濯と簡単な食事を済ませて泥のように眠る。

 そんな日々を過ごしている。

 俺は自分に言い聞かせる。

 勇者にローガに、自分を追い出した家族に、あっさりと俺を見放したメイドたち。

 すべてにむかついていた。

 無力な自分に何より腹が立つが、そんなことは強くなれば誰にも文句を言われずに贅沢をしてやると。

 たとえこれが物語ならば悪役といわれるような奴になっても俺は自分の幸せのために全力を尽くす。

 お守りのように汚く汚れた銅の剣にいつしか愛着がわくようになってきていた。

 月が綺麗な夜に銅の剣だけが俺の頑張りを認めてくれたのだ。

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死にそうになった悪役豚貴族、鬼畜師匠に出会いチート魔力で陰の実力者になる。 ビートルズキン @beatleskin

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