第38話 闘争へ誘う声

※35話からの続きとなります。







 出口ポータルがあるエリアへと続く横穴へ、翔吾は飛び込んだ。


通りすがりの田中:『焦ってはいけません!』


夜の主砲:『警戒を!』


 その焦りをいさめるように、壁に映されたテキストチャットが翔吾の頭を冷やす。


 奴がいるのなら、無策で突っ込んで勝てる相手ではない。 


 疾走が早足程度に緩くなった。


通りすがりの田中:『この先の状況を想定した方が良いですね』


夜の主砲:『悲鳴からして、なんらかの敵がいると考えて、優先順位をつけるべき』


「状況、想定……優先順位」


 聞こえてきたのは男の声だ。声質からして坂本だろうと思われた。


 声を上げさせたのは、もう奴で間違いない。


 あの痛みを喰らったものだけがわかる絶望。

 

 それが混じった絶叫だったからだ。


 思い出すだけで翔吾の膝は震えた。


 夢を見続けていたのは、精神的なトラウマか何かと思っていたが、そうではなかった。


 どうやったかなど分かりもしないが、ずっと呼ばれていて、此処に……。


 確かに首は切った。だが、死んだところを見届けてはいなかった。


 まさかあの状態で生きていたとは……。あの時止めを刺す余力さえあればと、翔吾は歯噛みした。


 だが、もうそれを考えても仕方がない。


 翔吾は無理矢理気持ちを切り替えた。


 いまはこの先に奴がいるとして、どうすべきかを考える。


 走りつつ呼吸を整え……考えたのは、不意打ちによる先制だ。


「気配を殺して近づきます。そこで攻撃。一撃で倒せないようなら距離を稼ぐ」


 翔吾は、柔らかな感触を持たせたスキルを足裏に展開し、足音を小さくした。


通りすがりの田中:『ご武運を』


夜の主砲:『生還祈願赤スパ


「ありがとうございます」


 そして、記憶通りなら、出口ポータルのエリアはもうすぐそこ。

 

 翔吾は息を止め、前方を注視しつつ走る。


 程なくして捉えた気配。首筋に走る悪寒。


 横穴が途切れた先にうっすらと見える、壁に縫いつけられた響子へ——手を伸ばす翁の面。


 目に入った情報と気配から即座に判断を下す。


 悪寒を放つ元である、戦闘服を着る翁に向けて触手状にしたスキルを放つ。


 例の障壁は、響子へ攻撃を加えようとする今なら発動しない。


 刺し殺す為の力は充分に込め——


(——違う駄目だっ!)


 が、強い直感が働き、それに従ってスキルに弾力を持たせ、響子と翁を引き剥がすことを優先する。


『ぬぐううっ!』


 触手のスキルを広げて押し包み、圧力を高める。翁から障壁はやはり出ていない。


 翔吾は戦闘服を着た翁をスキルで5メートル以上押しこみ、勢いそのまま地面へと抑えつけた。


 翔吾は走って響子の近くまで近づいた。


「響子さん! 無事ですかっ!?」


「無事よっ! でも坂本くんはもうっ……」


 ……死んだ。続きを聞かずとも響子の様子からそれはわかった。


 間に合わなかったことに対して、胸に去来する様々な感情によって全身の力が抜けそうになるが、翔吾は歯を食いしばってなんとか耐えた。


 その他の現状を把握するため周囲を確認する。真由は響子の隣で同じように壁に縫い付けられている。少し離れたところに黒鬼らしき死骸……。


 須王くんはどこに——


 と口に出そうとした時、翔吾の脳裏に答えが結ばれた。


 此処に来る前に抱いた疑問。黒鬼ブラックオーガの死骸は何故かここに。


 翁の首をはねても動いていた記憶。


 見覚えのある戦闘服。直感の理由。


 翔吾の気持ちが沈んでいく。


「翔吾くん、須王くんは……」


がそうなんですね……」


 出した答えが間違っていて欲しいが……。いや、まだわからない。例え奴の気配を放っていたとしても。


「どうやって須王くんに?」


「あの面よ。触手のような物が出て、須王くんの顔に張り付いた——翔吾くんっ! 後ろっ!」


 響子の視線の先へと翔吾は振り返る。


 翁が立ち上がっていた。


 先ほどまで抑え込めていた筈のスキルは、翁の前で光を放って止まっている。


 障壁だ。


『急いで来てくれたんじゃのぉ。会いたかったぞ』


 翔吾は翁と視線を合わせると、スキルを消した。


「俺は会いたくなかった」


『知っておる。あれほど呼んだというのに来る気配がないから、こちらから迎えに来てやったのよ。感謝せえよ? 放っておいたらお前は大変なことになっておったのだぞ』


「何を言っているっ!」


 叫びながらも冷静に、再び触手にしたスキルを翁へと放つ。


 以前より強くなったスキルなら、先ほどより力を込めれば、障壁を貫通できないかの確認だ。


 集中し、先端を鋭利に。


 そして体の中央部ではなく、手足を狙う。

 もし触手が障壁を貫けば須王を殺してしまうからだ。


 翁に体を奪われただけで、まだ須王が助かる可能性があるかもしれない。せめてそうであってほしい。


『恩知らずだのぉ』


 ……触手は翁の直前で光を放ちながら止まった。


 力を込めても障壁を抜けない事実に翔吾は苛立った。


 響子たちの方へ、同時に伸ばしていた触手に返ってきた手応えが悪いのも苛立ちを大きくさせる。


 響子たちを縫い付ける石の枷はとても硬く、全力だったにも関わらず、壊せそうな気配がない。


『儂に喰われなんだら、お前は外で人を殺す。覚えはないか? 戦え殺せ、戦え殺せと頭の中で』


「……」


『嘘ではないぞ。まずは魔物から始まる。殺すことに躊躇いがなくなっておるだろう? そして次は人だ』


「……」


はな。新しいあるじを欲しておる。そろそろ力が強いものがその座について安定させてやらねば、の者どもに吸われるばかりじゃ』


「黙れっ」


 翔吾は焦りと怒りを滲ませて叫んだ。


 須王を助けたい。


 だが奴を殺せば、須王も死ぬ。


 いや、そもそも勝てるのか——


『——戦え』


 誘うように頭へと響いてきた声が、翔吾の心を闘争へと傾ける。


 声に従えば恐怖心が薄れ、戦いのことだけを考えられる。生き残ることだけを考えれば有益だ。


 だが、それでは須王を殺してしまう——


『——殺せ』


 いやだ。


 心を塗り潰してくる、この囁く声に抗って、打ち勝たねばならない。


『さてと。そろそろ良いか?』


 翁が転移し、翔吾の横に現れた。


 なんとか反応し、スキルを体の側面に展開して防御する。


「くそっ!」


 これ瞬間移動があったかと思うと同時に、に現れたことに声が漏れる。


 警戒されていて、前回の手が使えない。活路が一つ失われた。


『のお、お前。前より少し強くなったのぉ。だが儂も前とは一味違うぞ』


 翁が放つ言葉に、言いようのない不気味さを感じた翔吾は、スキルに込める力を一気に増した。


『ほぉれ』


 翁が手をかざすと、まだ2メートルは距離があるにも関わらず、押し潰されるような力がスキルにかかる。出力を上げていなければ一瞬で潰されてしまうほどの強さだ。


「ぐあっ……」


 だが、どうにか耐えられる。攻撃中は障壁がでない。スキルを回り込ませれば、なにかしら勝機が見えるはず。


 しかし。


『お前の力を権能が及ばん至近距離で喰らうのは危ないからの、少し工夫したぞ』

 

 翁がそう言うと、全身に激痛が走った。

 

「ぐあああっ……」


 直接触れられていないにも関わらず走った、覚えのある痛みに呻く。


 防御の為に構築したスキルが少しずつ削り取られていくような感覚と、それに伴う痛みが翔吾を襲い、体が硬直してしまう。


『この体が持つ、を引き出すと、こんなことができる。【力の拡張】、もしくは【選択的改変】といったところか? どうだ? 反撃できんだろう。いやいや当たりをひいたのぉ』


「ぐあああっ……」


『とはいうても、これは魔窟からの贈り物。ふはははははっ! 期待に応えねばのぉ。さぁどちらが主に相応しいか、喰らい合おうぞっ!』


 顔を歪めてわらう翁の前で、翔吾は膝をついて痛みに耐えている。


 須王を助ける方法も分からず、反撃もできない。


 このままでは何もできずに死ぬだけ。


『戦え』


『殺せ』


 囁く声は死地の中、より鮮明に翔吾へと語りかけてきていた。

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