第35話 抜け道
夜の主砲:『これです【20350308_log/v5】』
「了解です」
翔吾は映像出力許可をタップし腕を湖面へと向けた。
照射された映像は翔吾のウォッチデバイス視点のものだ。
「時間的には朝なのか……それじゃあ
夜の主砲:『だいたいそのあたりです』
「おいっ、俺にも事情を説明しろよっ」
翔吾のスキルで身動きが取れない神崎が、震えた声を出した。
「言っても信じないだろうけど……。ここは渋谷ダンジョン地下533階。俺はここに落ちてスキルに目覚め、魔物と戦い生き残った。わかっているのは、ただそれだけだ」
翔吾は事実だけを述べた。
「それとその時、色々とアドバイスをくれて励ましてくれたのがこの人たちだ」
通りすがりの田中:『いやまったく、よく生き残ったものです。それにしても中村さんはあの時から随分と逞しくなられて』
夜の主砲:『生き残ったのは中村さんの力です。私たちは見ていただけですよ』
通りすがりの田中:『全くその通り』
夜の主砲:『ところで中村さん。話を切って悪いのですが、あの質問はどういった意図で? アイザック・ベルをお好きとは思いもしませんでした』
通りすがりの田中:『私もです。最初の翁の面以外を【ダンジョンにおける魔物、その生態】の各章タイトルと質問をリンクさせた意図を聞きたかった』
「いや……なんですかそれ? みなさんを呼ぶならこれだろうと。それ以外何も考えていなくて」
夜の主砲:『やはり気になりますよね……しかし偶然でしたか』
通りすがりの田中:『いやでも気になります。だが、偶然というには……あまりにも興味深い』
夜の主砲:『逸らしておいて、あれですが、話を戻しましょう。すみませんでした』
通りすがりの田中:『いえいえ、私もアイザック・ベルとなると、年甲斐にもなく興奮してしまって。お恥ずかしい』
「ははっ……やっぱり来てくれてよかった」
翔吾は張り詰めていた気持ちが少し楽になっているのを自覚した。
神崎と2人きりでいるよりも明らかに楽だ。
しかし、神崎は違った。
大人しくなったと思い、スキルから解放した途端に
「どうして、そんな気楽にいられるんだっ! 怖くねぇのかよぉ!」
「神崎」
翔吾は神崎の、小刻みに震える肩に手を置き、目を見て語りかけた。
「怖いさ。でもやるしかない。俺はそうやって帰った」
「うっ……」
神崎は翔吾が放つ空気に息をのんだ。
「映像をみよう 抜け道があるかも知れないんだ。それが分かれば
「
「……ある。間違いなく」
翔吾の言葉に、少しだけ落ち着きを取り戻した神崎は、静かに頷くと黙り込んだ。
翔吾は映像が映る湖面へと視線をうつす。
映像が早送りで進み——
「
——翔吾が
夜の主砲:『これです……この池と湖は繋がっていると考えても良いかもしれません』
立体地図に、地底湖と
通りすがりの田中:『鮭……あの時と同じ種類に見えますな』
「そうだ……思い出した、同じ種類で、そうかもって」
「……でも無理じゃないのか? ここから何メートルあるんだ? 地図で見る限り相当だぞ。途中で息が吸える場所がなけりゃ……。それにもしも、繋がっていなかったら」
肩を落としたまま神崎は力なく呟いた。
見えた希望が現実的でないことに落胆している様子だ。
確かにそのとおりではある。翔吾が
そこまで蛇行した通路ではなかったので、水中経路も同じ距離であるとしても、翔吾は300メートル近くを、推進するための動力もなく自力で、しかも息継ぎなしで泳ぐことになる。
高レベルの身体強化スキルを持つ泳ぎの得意なハンターで、ようやく可能かといった難易度、まして繋がっていなければ、間違いなく死ぬ。
「……それでもやるしない」
だが、翔吾は
「無茶だっ! 死ぬぞっ……」
「いや、方法ならあるんだ。以前試しているから間違いない」
翁の面と戦った記憶。
あの時、筋肉で体を動かすのではなく、スキルを使って体を動かした経験を活かす。それに、もう一つ思いついた策もある。
通りすがりの田中:『中村さんの顔つきからして、無茶な案と予想致します』
夜の主砲:『
翔吾は湖へと歩きだした。
「まてよっ! どうして命をかけられるっ?! 佐山課長かっ?」
神崎は翔吾が理解できなかった。他人のために命をかけることなど、例え親でも神崎には無理だ。
「……そうだ」
翔吾は立ち止まって神崎の目を見た。
この先にはおそらく、響子がいる。
それにあの声。あいつも……いると考えるべきだ。
通路を塞いだのもあいつの仕業と考えるのが自然というか、もうそれぐらいしか思いつかない。
戦いの記憶が蘇り、肩がブルリと震える。
首を切ったのに生きている、一体何が待ち受けているというのか。
只々怖かった。
だが少しでも早く行かなければ……。
危険な道だからと立ち止まったせいで、響子を失うかもしれないなど、許せる訳がない。
翔吾は目を閉じて息を大きく吸い、ゆっくりと吐ききった後に目を開いた。
「神崎。
そう声をかけると翔吾はずんずんと歩き、あっという間に体を湖へと沈ませていく。
「中村……」
神崎の声は翔吾には届かず湖面を跳ね返って、洞窟の空気を僅かに震わせた。
◆
翔吾は薄暗い湖を潜り、底にたどり着いた。水深は5メートルといったところ。
もう一つの策として、スキルでヘルメットのように頭を覆ったおかげで視界は良好。空気も暫くは持ちそうだ。池へと続いているであろう横穴を探す。
方角的にはこちらのはず。それとも大きく迂回して繋がっているのだろうかと、周りを見渡し——みつけた。
右前方10メートル先あたりに、斜め下方向へ続く水中通路の入口を翔吾は発見した。
人が三人は並んで泳げそうな大穴だ。他に穴は見当たらない。これで間違いないだろう。
翔吾は一旦湖面へと浮き上がりスキルを解いた。
辺りを見渡すが神崎の姿はない。指示通り
一つ懸念事項が解決し、翔吾はほっとした。
大人しく隠れてくれるならそれが一番だ。
「いくぞっ!」
気合いを入れたのち、スキルで頭を覆う。手を湖底に向けて触手を伸ばした。
湖底にある大きな岩をがっちりと掴むと、今度は触手を勢いよく縮める。
翔吾は水の抵抗を大きく受けながらも、普通に泳ぐよりも随分と速く水中を潜行、そして水中通路を視界に捉えた。
今度はその入口に向けて触手を伸ばし、その付近の壁を掴む。
あとは同じ要領。
掴み、縮めて前進し、伸ばし、また壁を掴み縮める。
何度も繰り返し水中通路内を高速潜行で突き進む。
やがて視界には薄い光——水面だ。
勢いを緩めることなく、噴水を上げて水面を飛び出し、翔吾は地面に着地した。
「はあっ! はあっ! はあっ……」
辺りを見渡す。記憶にある場所と同じ風景、だが、黒鬼の死体が見当たらないのは風化したのか、それにしても痕跡がなさすぎて——
『——ぎゃあああああっぅ!!』
翔吾の疑問を遮るように、男の叫び声が飛び込んでくる。
聞こえてきたのは翁の面と戦った場所へと続く横穴から。
翔吾は即座に横穴へと飛び込んだ。
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