第33話 再び
「——っ!」
翔吾は聞こえてきた声から我に返り、響子たちがいた方向に触手状に変化させたスキルを放った。
だが触手は何も捉えず、暗闇をうねるばかり。
既に響子の声は聞こえない、姿も見えない。
須王も真由も坂本もだ。
「くそっ!」
仕方なく近くにいた神崎を触手を巻きつけ確保する。
「中村っ! これはなんだっ?!」
「わからないっ!」
穴のことかスキルのことか。どちらを聞かれても答えは同じだ。
ふざけてもいないし、詳しく答える必要もない。だから答えはこれでいい。
「なんだよっ! それは?! ふざけんじゃねえっ!」
降下速度が徐々に増していき、ストンと急降下を始めた。
「あっぎゃぁぁぁぁ!」
速くなった降下速度に悲鳴をあげる神崎を横に、翔吾はこの先のことを考えていた。
先ずは響子たちが無事かどうか。そしてあの場所で合流となるのか。
それに声。あいつの声だ。
夢ではなく、確かに聞こえた。
今まで見ていた夢は、あそこで味わった恐怖の残滓ではなかったと?
首を切っても魔物は動くといえど、それでもあの状態で今まで生きていたとは考えにくい……。
翔吾が考えているうち、経験通りに降下速度が弱まる。
神崎の悲鳴も収まった。
放心したかのような気の抜けた顔をしている。
翔吾は視線を下方へと向け、注意深くその時を待った。
「光っ?!」
「舌を噛むなよっ!」
視界に広がる湖。
水浸しになっている暇はない。透明の触手を放ち水面を突き進ませ湖底へと伸ばす。
「落ちっ! ……ない。ははっ……夢かこれ」
湖底を掴んだスキルを支えにして、呆けたような顔つきで呟く神崎と共に、湖岸へとゆっくりと降り立つ。
「くそっ……こんなところ、二度ときたくなかったのに」
見覚えのある魚影。閉じていく天井の黒い穴。……あの時と同じ地下533階だ。
翔吾は舌打ちし、神崎へと向いた。
「神崎。聞いてくれ……おいっ大丈夫か?」
「何がだ? それより何度も呼び捨てにするんじゃねぇ」
翔吾は小刻みに震える神崎の様子に困惑した。
目の焦点も合っていないように見える。
だからといって対処する方法もわからないので、翔吾は神崎の状態について考えることをやめた。
今は他のメンバーといち早く合流することの方が優先だ。
視覚共有できるヘルメットが無いのが悔やまれる。あれを被ったまま落ちれば、もっと楽に探せたのだが、ないものは仕方がない。
今身につけている
「無理はするなよ。少し調べてくるから、ほら、あそこで隠れてくれ。安全だ」
翔吾はひとまず周辺を調べるため、神崎に
「待てよっ、置いていくな!」
神崎が懇願するように翔吾を呼び止める。
「
「嫌だっ! 俺もいくぞ!」
「勝手にしろ……」
指示を聞いてくれそうにない神崎へ、ため息と共に返事を返し、翔吾は先へと続く横穴へ向けて進んだ。
「待てっ! 待てって! ……おい……どうした?」
しかし、神崎の声に止まることなく足早だった翔吾の歩みは、突如緩やかになり……止まった。
「ない……」
「何が?! おいっ、何がないんだっ!」
「ないんだ……」
生命を賭けて駆けた忌まわしきあの洞穴が。
あの横穴がない。
「確かに此処にあったのに……崩落して塞がった? いや、そんな跡もない、不自然すぎる……くそっ! それなら、こうだっ!」
翔吾はスキルを使った。
洞穴を塞いでいるであろう壁を、以前の、スキル確認時の経験から消し飛ばそうと試みる。
理解の追いつかない現象だとしても、いくらなんでもあの長さが全て埋まっているとは考えにくい。
もし薄い壁なら——
「——再生したっ?! 前はこうじゃなかったのに……」
バスケットボール程度の球体にしたスキルを手のひらで回転させ、岩肌を掘削しようとしたが消し飛ばした先から岩肌が再生していき、いくらやっても掘り進めない。
いくら能力が前より遥かに向上しているといっても、この速度で再生するなら、さすがにこちらが力尽きるほうが早い。
以前と変わった洞窟の様子に翔吾は焦りを覚えた。
「どうすればいい……」
「中村ぁ! お前は俺たちを嵌めたんだっ!」
スキルを止めて悩む翔吾の視界が揺れた。
神崎が掴みかかってきたのだ。瞳孔が開き、正気と思えない目つきをしていた。
まるで翔吾がこの状況を引き起こしたような神崎の物言いに苛立ちが募る。
「なんの根拠があってそんなことを! お前は知らないだろう! 俺がどんな思いで生き延びたと——くそっ! 間隔がはやいっ」
言葉を遮るように走った、首筋の悪寒。
翔吾は神崎を突き飛ばして天井を睨みつけた。
尻もちをついた神崎も釣られて天井を見る。
黒い穴。そこから産み出されるように、巨体がぬるりと姿を現し、ぼとりと今にも落ちてきそうだ。
「神崎、そこの岩陰に早く隠れろ!」
「
「そうだっ、はやくっ!」
「お、お、終わりだ……」
神崎は力なく膝をついた。
熟練ハンターですら不覚を取ることがある
「ならせめて、端の見えない所にいてくれっ!」
落下地点の水深はそこまで深くない。すぐに浮上し岸へと向かってくるだろう。
神崎のことを、これ以上気にかけてはいられない。
敵の出鼻を挫くべく、翔吾は前方へと駆けた。
猶予はない。湖面にスキルで足場を作り、水の上を飛ぶように駆ける。
『ゴガァァァァァッッ!!』
迎え撃つような雄叫びが洞窟内に響き渡り、丸太のような剛腕から拳が放たれる。
当たれば確殺の一撃が翔吾へと伸びてきた。
しかし、焦ることなくそのまま跳躍。更に、スキルで作ったもう一段の足場を蹴って、やや斜め上方に躍り出して拳をかわす。
首筋の悪寒や攻撃してくる動きは、前回よりも怖くないと翔吾は感じ、呟いた。
「遅い……」
あれ以来上昇した身体能力と、スキル性能のおかげだろう。敵の動きがよく見えて、余裕を感じる。
「型抜き《ダイカット》」
翔吾は空中から、
『ゴガァっ!』
咆哮をあげた
だが、スキルは何事もなかったようにその腕をあっさりと貫通し、翔吾へと手応えを返した。
自身の胸元に手を引きつける動作をしながら、スキルで作った足場へと翔吾は着地した。
反撃はない。
当然だ。もう仕留めている。
その証拠に翔吾の手には、血の滲む棒状の肉塊が握られていた。
黒鬼は声も出さずに立ったまま絶命している。
少しの間をあけて、黒鬼はぐらりと崩れ落ちた。
水飛沫を上げ、うつ伏せになった黒鬼の胸には、ぽっかりと拳大の穴が空いている。
翔吾は手に持っていた肉塊を撫でるような仕草をした。
すると、みるみる肉が溶けるように消えていき、中から魔核が顔を出す。
「ラージラットなんか比べ物になら……いや」
そんなことを考えている場合ではないと首を振って、ピンポン球サイズの魔核を戦闘服のポケットへとしまいこみ、湖岸へと戻る。
今、考えるべきは、どうやって仲間と合流するか……あの壁をどうすればいいのかだ。
「お前は何者なんだ……それにそのスキル。
考えながら湖岸にたどり着いた翔吾に、神崎が近寄り、消え入るような小さな声で問いかけてきた。
「……わからない。本当によくわからないんだ」
実際、何もわからないのだから。嘘はついていない。
「頼む神崎、
「
神崎は忙しげに
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