第31話 神崎武という男 〜前半神崎武視点〜
18歳で受けた魔素耐性検査で適正ありと判定されてから
スキルの発現兆候はその時にはなく、アカデミーへの入学という超エリートコースには乗れなかったが、成功者の親兄弟に敷かれたレールではなく、自身の才能だけで道を切り開くことができる始まりはむしろ望むところだった。
これなら、あの醜い大人たちに舐められることもないはずだと。
自分を見ずに親兄弟や家の財産に頭を垂れる、あの醜い大人たち。
わかるのだ。お前は神崎でなければただのクソガキだと、目が口よりも雄弁に語っているのだから。
だがそれも仕方がないことだとわかってはいる。遠藤重工に次ぐ国内2位のダンジョン関連製品を開発販売する【神兵装備株式会社】他、数多の企業を傘下に収める、神崎グループ。その、特に秀でたところもない三男への視線。
歳の離れた跡継ぎの上の兄貴は、既に専務取締役で次期社長。器量申し分なく、政財界との太いパイプを築き、内外からの信用も厚いと評判だ。
真ん中の兄貴は国内最高峰の頭脳と称され、開発責任者としてヒット商品を数多く産み出している。この10年の神崎グループの躍進はこの二人のおかげとまで言われていた。
その影に隠れた歳の離れた搾りかす。評価されることのない三男。
それが俺だ。
ここまでのレールを歩くために積み重ねた努力は、上の兄2人が放つ強すぎる威光で常に霞んできた。
何をしても比べられ、どうせお前は大したことがないのだというレッテルを勝手に貼られていく。
そんな訳はない。中高と成績は常にトップを維持し、空手だって全国大会に出場しベスト8だ。
しかし誰もきちんとそれを評価してくれない。できて当然だろうという無言の圧力、兄2人との比較……。
家族は気にするなというが、それがたまらなく嫌だった。だが自分を認めさせる機会が訪れたのだ。
【(株)ダンジョン資源開発】への入社は、過保護な親父の手が、直接的には及びづらい場所だからということで独断で決めた。
自分の力で成し遂げないと意味がないからだ。
親父も理解してくれたようで、過度の干渉もなく順調だった。
順調に伸びる魔素蓄積値に、日毎に変化を実感する自分へ送られる視線。
だが、一つだけ目障りなものがあった。
中村翔吾だ。
はじめて見た時から気に食わなかった。自信のない態度。怯えているように見えても、実際は人の話を聞いていないだけのクズ。
それだけならまだ許せもしたが、あろうことか採取の推奨方法を指図して、未来を真剣に考えているものたちを惑わし、邪魔までする。
無成長のくせにだ。
それが判明してからも不服そうな顔を隠そうともせず、恨めしそうな目を向けてくる。
しかも、あのまま草むしりを続けていればいいのにスキル発現だと?
ごく稀に無成長がスキルを発現することがあるとは聞くが、奴が? ……あり得ない。
経緯を聞こうとしても、濁して逃げるばかり。
なぜだ? 考えられることは……実は初めからスキル持ちだったとしたら?
それを隠すためにあんな出来ないフリを?
……そうに違いない、俺の勝手な推測だとは思えない。
それでも、ここまでであればまだ奴を無視することはできた。
そのはずたったのに……この試験で奴が溢した言葉がどうにも許せなかった。
何がもったいないだ? 自分なら魔核を傷つけずに回収できるとでも? 熟練のハンターですら成功率は低いというのに。
それに魔物を警戒する態度もおかしい。坂本や須王はいつ襲われるかわからない緊張で疲れ切っているし、俺だって本当は怖い。それでも配信後の展開を考えて気持ちを奮い立たせているのだ。
真田真由はアカデミー出身でそれこそハンターエリート、落ち着き払った態度は納得できる。
けれどお前は違うだろう。なぜそんな余裕でいられるんだ。そうやって安全な所から、自分の力は隠して嘲笑うのがそんなに楽しいのか。何を隠してやがる。
——『やめなさいっ!』
それにあの女も。
アイツの肩ばかりを持って。どんな関係だよ。試験官になるために会社を辞めて、しかも契約期間内の退職で違約金を払ってまで……調達部長は遠藤重工の横やりがどうとか……。
——『戦え』『殺せ』
……またこの声、ここに来てからずっとだ。
さっきも殴るつもりはなかった……けれど声が。
あの声を聞くと苛つきが治らないんだ。
「クソが……眠れねぇ」
◆
『そこのお前。お前だ。……聞こえておるだろう? もうすぐだ。あぁ楽しや、楽しや——』
「——痛っ……」
酷い頭痛で翔吾は目を覚ました。
あの夢を振り払うように頭を振って、周りを見る。
薄暗い光苔の灯りの中、
神崎がこちらを見ている。
翔吾はどうすべきか考えた。響子からはもう干渉するなと釘を刺されたし、そうすべきだと思った。
けれど神崎がじっとこちらを見ている。翔吾はそれが何故なのかを知りたくなってしまった。
神崎と視線を合わせる。すると神崎が首を動かしてセーフエリアの外へと誘ってくる。
翔吾は頷き、音を立てないように体を起こした。
青梅ダンジョンは、セーフエリア周辺の魔物を全滅させると、半日以上そこには魔物が現れない。
試験場所に選ばれた理由でもある。
それもあってか、翔吾も神崎も装備を着けずにセーフエリアから出た。
決着をつけるとかそういった意気込みなどはない。ただ神崎が何を考えているかを知りたい。
翔吾はその思考が、無意識に滲んだ余裕の態度も相手を苛立たせている一因とは考えもせず、神崎に続いた。
セーフエリアを出てすぐの開けた場所で、神崎は立ち止まって翔吾へと振り返った。
「……俺がどうして苛ついているのか、お前は想像もつかないだろ? 中村」
心底面倒くさそうな顔で神崎は言葉を吐き捨てた。
「想像なんてつかない。君はどうして俺なんかを敵視するんだ。放っておけばいいだろう。どうせこの先会うこともないのに」
翔吾は神崎から顔を逸らさず逆に問いかけた。
「だから、そういうところだよ」
「だから何が——」
翔吾が言い終える前に、神崎がその手に炎槍を出現させた。
「ダンジョンでのスキルを用いた敵対行動は重大な違反だ……さっきのとは違うぞ。流せることじゃない」
殴ったことを問題にして余計な時間を取られたくなかったが、流石にこれは見過ごせない。
「うるせえっ! そんなことより、強度3のお前が強度5しかも
射抜くように翔吾へと定められた視線。
「ずっと馬鹿にしてたんだろ? 力を隠してよ」
思わぬ指摘に翔吾は口をつぐんだ。事情を話す訳にもいかず、かといって上手く切り抜ける方法も思いつかない。
翔吾は困惑した表情を浮かべた。
「だから、その顔だよっ! 馬鹿にするんじゃねえっ!」
神崎が炎槍を翔吾へと振りかぶる。
翔吾は迷った。
避けるか受け止めるか。
スキルを使えば受け止めるのは余裕だが、能力は露見する。
避けた場合は背後のセーフエリアに炎槍が飛び込んでいく可能性。
どうする……。神崎の顔から単なる脅しだとは考えにくい。
逡巡。
しかしその最中。
翔吾の首筋にあの感覚が走った。
「よそ見してんじゃねぇ! ——なっ?! 動かないっ!?」
神崎はこんな状況にも関わらず、視線を他所に向ける翔吾に怒りが振り切れ、振りかぶった炎槍を叩きつけようと手に力を込めた。
だが、炎槍は固定されたように動かない。
翔吾がスキルで神崎の手を抑え込んでいるからだ。
「静かにしてくれ」
「何がだよっ! テメェ、何かしやがったな!」
「……来た。セーフエリアに入ってくれ」
「なにを言って……」
神崎は普段とは違う翔吾の様子に面くらい、その視線が向く洞窟の天井へ釣られるように顔を向けた。
そこには全てを呑み込むような黒い穴が不気味に口を開けていた。
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