第30話 大型新人の魔物狩り配信
後期実地試験3日目
翔吾は自身が被るフルフェイス型ヘルメットのバイザーに映された神崎の配信を見ていた。
ダンジョンでパーティメンバーの配信を視聴しながら行動するのは、ダンジョン探索の基本だ。
配信ドローンは全方向を撮影しており、全体俯瞰の映像を見ることができる。
慣れるまでは大変だが、他者と自身を俯瞰視点で把握することで、周囲への警戒が随分と楽になるので、習得必須の技能とされていて、試験で採点される項目だ。
現在翔吾は昨日神崎から受けた指示に従って、
神崎は少しだけ離れた場所で魔物と戦っていた。
『炎槍の新人やべぇ! 去年と今年で一番だろ!
『炭化えぐい』
『いや、それより
「喰らえやっ! おらぁ!」
神崎の炎槍が気合いと共に
配信テキストチャットに流れるコメントも、新人らしからぬ強さへの賞賛に溢れていた。
確かに神崎はすごいと翔吾は感じた。
【(株)ダンジョン資源開発】が破格の待遇でハンター契約を結んだという話も本当だろう。
いずれは実績のあるハンターとパーティを組み、深層攻略を目指す計画もあると神崎は語っていた。
しかし翔吾は、神崎の凄さは認めつつも、
「ああ……魔核がもったいない……」
わかってはいる。普通は魔核を残すような戦い方はしないのだ。だが、
そもそも自分の力は人には見せられないのだから、わざわざ口にすることはない。
けれど知らぬ間に言葉が飛び出てしまった。
神崎へ抱く負の感情がそうさせるのか。
それとも、今日もあの夢を見たせいなのか。
『戦え』だけでなく、『殺せ』とまで追加され、心が何かに塗り潰されていくような感覚……。
翔吾は心に確かな軋みがある事を感じていた。
いずれにせよ、呟きはパーティ内には聞こえている。話題にのぼらない事を願うしかない。
翔吾は肩を落として後方へと顔を向けた。
そこにはフルフェイスヘルメットを被った、顔の見えない
翔吾には『余計な事を言わないの』と諭されているような仕草に見えた。
『にしてもこのチーム、見事に足手まといが揃ってんな?』
神崎の活躍ばかりだけではなく、パーティへの言及がテキストチャットを流れていった。
『ニワカが。炎槍は
真由もまた、その素早い動きで敵の攻撃を避ける姿と、戦闘服の上からでもわかるスタイルで人気を集めていた。
顔がはっきりと見えるハーフヘルメットを選択したことも人気の要因だろう。
坂本と須王の二人は探知と警戒役で敵が現れたら下がる。
戦闘では、前衛が対処しきれない魔物へ、投げナイフや火球などで牽制を行う役割だ。
後衛にまで流れてきた取りこぼしは、翔吾と三人で仕留める段取りである。
しかし、敵は全て前衛で始末されていき、一つも流れてこない。須王と坂本は比較的安全な状況ではあるが、魔物の迫力に
翔吾は
『でも棒立ちの人はビビってないよね?』
『そういや棒立ちの人は見かけによらず力持ちだな』
『わかる。荷物、体よりデカくね?』
『なんかそういうスキル?』
『この人聞いても答えねえから聞くだけ無駄だぞ。声を出しても業務連絡か、あっ、とか、その、しか言わねえし』
翔吾たちの名前はまだ視聴者たちには明かされていない。
ハンターの本名は基本的に伏せられる。デビュー後も、プライバシー保護の観点から、あだ名や好きな名前で活動する。公的な立場にならない限り、本名を明かすことはまずない。
さらに顔出しが嫌な者は、配信時には、響子や翔吾たちが被っているようなフルフェイスヘルメットを装着することが殆どだ。
顔売りだとか、アイドル路線と
「これで終わりだ!」
神崎が最後の
『デビュー前でこれはマジですごい』
『久々の深層候補だな。特別カリキュラム確定だろ。過去の猛者達が出した訓練記録を塗り替えるか楽しみだな』
『わたし決めた。推す』
スパチャ付きの賞賛コメントは尽きることなく流れ続ける。
「みなさーん! お疲れしたっ!」
「ご視聴頂きありがとうございました。試験後のデビュー初配信は【(株)ダンジョン資源開発】所属『炎槍』のタグを付けて配信しますので、ぜひ見に来てください! 10日後、【(株)ダンジョン資源開発】のホームページでわたしのデビュー後の配信スケジュールが表示されますので! お気に入り登録よろしくお願いします!」
『おつー』
『期待』
『さいこー』
『おやすみー』
……
……
……
「それでは、お疲れ様でしたー!」
今日で試験の配信パートは終了。普段なら殆ど見られることのない新人試験の配信に、昨日よりも多い3000人以上の同接があったのは、ダンジョン資源開発の広報努力もあるが、根本はやはり、
自分たちの暮らしを守るわかりやすい英雄は常に求められている。
配信を切った神崎が、ヘルメットを脱いで、ボソリと翔吾に呼びかけた。
「……おい。中村」
ヘルメットを乱暴に投げ捨て、翔吾へと近づく。
苛立った顔をしているのは、翔吾の呟きを拾っていたとしか思えない。
翔吾はヘルメットを足元に置いて、神崎に対峙した。
「なんなんだよお前はっ! 何がもったいないんだよっ!」
神崎の拳がゆっくりと翔吾に近づいてきた。
翔吾の眼は、はっきりと神崎の拳を捉えている。
この程度、痛くはないが殴られるのはいやだ。かといって避けたりすればもっとヒートアップするかもしれない。
確かに自分が軽率な事を呟いた。試験はもう一夜明かせば終わりだ。わざわざ火に油を注ぐ必要はなく、スキルで逸らすか、受け止めるか——。
「やめなさいっ!」
焦りを含んだ声で、
翔吾はその声に反応し、スキルの発動を抑えてしまった。
神崎の拳は止まることなく翔吾の頬にめり込む。
「その余裕の顔がむかつくんだよ! なんでお前みたいなのがっ!」
翔吾は神崎に何も言い返さない。
「失格よっ! そんなの許されないわっ!」
「待って下さい。見なかった事にして下さい」
翔吾は
「そんな、何を言って……」
「お願いします」
「……」
翔吾の眼は
「ちっ……」
神崎は舌打ちをすると、セーフエリアへと歩いていく。
気まずい沈黙が場を満たした。
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次話『神崎武という男』
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