第29話 後期実地試験
【青梅ダンジョン】で実施されている翔吾の後期実地試験は、神崎、真由、坂本、須王の四人とパーティを組み、どうにか初日を終え既に試験2日目も終わろうとしていた。
『
スキル性能の評価が最も高く、パーティリーダーを担う神崎から、
神崎の口調は初日から比べると苛立ちが強くなってきているのが翔吾には分かった。
またそれは翔吾に対してだけで、2年間の関係だからこそわかるその強まり具合に、翔吾は言いようのない気持ちを感じながら応答した。
「こちら
フルフェイス型のヘルメットに仕込まれた超小型マイクは、
フェイスガードによって音は遮音され、声によって魔物を呼び寄せる心配もない。
身につけた上下迷彩の戦闘服は、魔素耐性コーティングはもちろん防刃性能まで備えている。
背後には小鳥サイズのドローンが無音で浮いていて、翔吾たちの様子を配信していた。
これらの装備は全て【(株)ダンジョン資源開発】からのレンタルである。
『集合して二日目の仮拠点を構築する』
「了解」
もし破損すれば、高額な弁償費用が発生するような装備だが、これを身につけているのには理由がある。
そもそも翔吾たちは元々、安いレンタル品のダンジョン潜行セットを希望し手配していた。
だが神崎が、それでは試験で最高得点が取れないと、ダンジョン受付に届いていたレンタル品を、試験当日に翔吾たちより早くに来て勝手に返却してしまっていたのだ。
代わりにダンジョン受付に並べられたのが、専用ケースに詰められたこの高級装備セットであった。
装備の質もハンターの実力ということで、新人がどの程度の装備で試験に臨むのかも、僅かではあるが試験の採点項目として存在するので、神崎の行動は最高得点を取る為であれば正しくはある。
レンタル品を再手配する時間はなく、この高級装備を使う他に選択肢はなかった。
真由や坂本、須王も同じ高級装備をレンタルしているが、こちらは事前に神崎から知らされていて、破損保険に加入済み。弁償に怯えることはない。
即日で加入できるような保険がないことまで見越した、嫌がらせにしか思えないこのイベントは、翔吾の退社を留まらせようとする【(株)ダンジョン資源開発】の思惑で引き起こされている。
どこから漏れて何を知られたのかはまだわからないが、試験後に三年のハンター契約を結ぶなら、保険なしで弁償免除との提案である。
それが翔吾の装備ケースに手紙として添えられており、神崎はそのことを知らないとも書かれていた。
確かに神崎は知らないのだろう。翔吾も保険加入済みだという認識で、装備を手配したような口ぶりだったから。
もちろん翔吾は首を縦に振るつもりなどないし、装備を壊すつもりもない。
それに今回の試験には、響子が予定を早めて会社を辞め、試験官として翔吾たちの近くに常に控えてくれている。
常に試験官不足で困っている試験運営サイドは、渡りに船と響子の志願を即受諾し実現した。
神崎の正式加入が決まってからの響子の決断は、とても心強いことで、翔吾には申し訳なくもありがたいことだった。
慣れない装備を壊さないよう気をつけながら、翔吾はパーティがいる方角へと向かった。
◆
「では、本日の配信はここまでです。明日は本格的な戦闘配信ですので、応援よろしくお願いします!」
白々しいほどに爽やかな声で、神崎が自分の配信用ドローンへと語りかける。
ぼんやりとそれを眺める翔吾の現在地は【青梅ダンジョン】のセーフエリア近辺。
東京都青梅市山中に根を張るように伸びる坑道型ダンジョン、それが【青梅ダンジョン】だ。
人が10人は並べる広い幅と4メートルの高さを持つ洞穴がアリの巣状に伸び、セーフエリアが至る所に点在する。
豊富な種類の鉱物や植物を採取でき、魔物も弱いものが多い、初心者向けダンジョンだ。
翔吾たち五人はここで後期実地試験に望んでいた。
ハンターデビュー前の最終試験で、一般配信の実施も試験内容に含まれる。
気鋭の新人はここで自身の強さをアピールして
「みんな配信切ったか?」
神崎がセーフエリアで休むメンバーへと問いかけた。
「切った」「切ってる」「配信してない」「俺も配信していないよ」
バラついた返事。神崎は最後の声に眉をピクリと動かした。
「知ってるよ、いちいちうるせえな無能。なんで配信しねえんだよ。そんなに俺に同接数で大差負けするのが嫌か?」
真由も配信していないのに、なんで俺にだけ……。そもそも配信はパーティの誰かが実施していれば採点に影響はないはず……。
浮かんだ思考が喉元へと押し寄せる。
たが翔吾は、神崎にいらぬ油を注がぬようにそれ飲み込んで返す。
「そんなのじゃないよ……」
だが確かに、神崎の同接数は驚くものがあった。
デビュー前の新人にも関わらず同接数は1500人と、注目度の高さは凄まじい。
しかもそのどれもが強度5や4となれば、英雄と呼ばれるに間違いない道を歩んでいるといえる。
だからなおさら、神崎が自分に絡んでくるのが不可解でならない。
「そんなの? ちっ! 馬鹿にしてんのか? テメェ——」
神崎は翔吾の反応にイラついて声を荒げた。
坂本は巻き込まないでくれと、顔を伏せる。
須王は心配そうな顔で翔吾を見ていた。
真由はこれまでとは違って何も言わない。
ただ、神崎へと送る視線は震えるほどに冷たかった。
その視線も神崎にとっては翔吾のせいだというように、当たりを強める遠因になってしまっているのだが……。
翔吾が反応せずに下を向いて黙っていると、神崎はパーティの暗い雰囲気に気づき、話題を変えた。
「——ふんっ……クソがよ。明日からは
「わかった」
翔吾の返事はそれしかない。嫌だといえばもっとややこしい事になりそうだ。
それに神崎の配信にはなるべく映らない方が翔吾にとっては得でもある。
翔吾の目的は母親の薬代と手術代を迅速に稼ぐことだ。
何かのきっかけで注目を浴び、それを邪魔される状況を作る訳にはいかない。
それに有名配信者になったとしても、年に1億か2億を稼げる程度。それも軌道にのってからである。
翔吾に必要なのは今年中に8億円だ。
母親は転院に耐える体力はなく、手術に必要な設備や執刀経験のある医師は、国内にいない。
すべて海外から手配する必要がある。
その何もかもを都内の病院へと手配する費用に、保険適用の効かない特効薬費用などの概算がおよそ8億円。
そして今年を逃せば、次に医師の予定を段取りできるのは5年より先。
まさしく死ぬ思いで掴んだこのチャンスは逃がす訳にはいかない。
この試験は3泊4日をダンジョンに潜って過ごせば基本的に合格する。
試験得点が望めない荷物持ちだろうが、正直なんでもいい。
高得点が必要なのは、ハンターの箔付け、配信での客寄せ効果を期待する者であって、翔吾にそんなものは不要である。
既に8億を手にする準備はできていて、欲しいのは独立する為に必要な正規ハンターの資格だけ。
「中村くん。大丈夫?」
イラついた顔をして離れていく神崎を横目に、バックパックから寝袋を取り出していると、須王が翔吾の隣へやってきた。
「構わないよ。それより謝らせて欲しい。俺のせいで雰囲気を悪くしてしまって……」
「いいんだよ、そんなこと。中村くんは悪くない」
「……ありがとう、須王くん」
須王のかけてくれた言葉が翔吾の胸に沁みた。
「試験が終わったら、前に話した釣りキャンプで打ち上げだよ。中村くん」
「そうだね、そうしよう」
翔吾は友人と呼んで差し支えない関係になりつつある須王の励ましに、気分を入れ替えることができ、笑顔を浮かべた。
セーフエリアの端に控えている、フルフェイスヘルメットを被った
試験終了まであと2日。
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