第24話 魔核


不可視インビジブル


 翔吾は平坦な声の調子でスキルの名を発した。


 スキルに名前をつけることで、力の取り扱い方や威力の向上が早まることがあると、響子から教えられたのでスキルに名前を付けた。


 発動時にわざわざ口にするのは、正直言って翔吾としてはかなり気恥ずかしい。


 だが、翔吾のような自由度の高いスキルは、制御を失って暴走する可能性があるとも注意を受けていた。


 過去にも分類出来ない珍しいタイプのスキル所持者が、力を暴走させて事故を起こした事例もある。


 力の完全な制御は早く手にするべきことだ。


 気恥ずかしさは我慢するしかなかった。


 幸いにも、声を聞かれる心配がない人のいないダンジョンは、その点で翔吾にとって好都合だった。


 不可視インビジブルという名前に決めたのは、認知されにくい、みじめなどの意味が含まれていることに、翔吾が妙に気に入ったからというのがあった。


 みじめで皆に認めてもらえない男が振るう、不可視の力。見た目通りで捻りもない名付けだが、だからこそしっくりとくる。


 口にした名は、やはり自分にひどく似合った名前とスキルだと、翔吾は口の端を少し上げた。


 もちろん、他者の前では『念動力サイキック』だと偽り続けるつもりだ。


 スキル名を口にして、発動させた右手に宿った力を確認しながら、翔吾は次の行動に移った。


触手テンタクル


 軽く手をかざし、スキルを無数の紐、触手に見たてて放つ技を発動する。


 不可視インビジブルと名付けただけでは、まだ認識があやふやかもしれず、力が把握しきれないかもと、使い方についても名前をつけたのだ。


 そして、スキルは名が表すとおりにうねって、フロアの中を放射状に広がっていく。


 スキル名を口にしながら使用すると、イメージ通りに動かすことが容易に感じられる。


 この効果が感じられなくなるまでは、口にして使っていこうと翔吾は思った。


 そして、帰還以来、強化された翔吾の目と耳は、ラージラットがおおよそどの辺りに潜んでいるかをすでに捉えている。


 触手が一瞬、ピタリと止まり——急加速。


『ギッッ!』


 鳴き声は一つ。


 見えない触手に捕らわれたラージラットが、目線の高さの宙を浮いて翔吾の前まで運ばれてきた。


 黄色い歯をむいて、唸りながら暴れている。


 まだ数百に近い、おびただしい気配があるが、まずはこの一匹での確認だ。


 翔吾が試そうとしているのは、完全状態を保つ魔核の採取である。


 魔核はある加工を施すことで、常温超伝導物質としての性質を示す。


 人類はまだ、これ以外の方法で当該物質を生み出せておらず、その価値は計り知れないものがある。


 その魔核なのだが、魔物が頭を失った場合や致命傷を負ったさい、魔物の傷を癒そうと魔素を放出する。魔核そのものに傷が入っても同様だ。


 そして魔素を失った魔核は、常温超伝導物質として加工した後の品質、具体的には耐久性が、完全状態ものと比較すると天と地ほどの落差が出てしまう。


 完全状態の魔核をに入手できるならば、人類のエネルギー問題はすぐに解決するとまで言われており、その需要と価格はとてつもなく高い。


 しかし完全状態の魔核は、その性質上、簡単には手に入らない。


 それを実行しようとするなら、捕らえた状態で余計なダメージを与えることなく、一瞬で魔核を抜き出す必要があるからだ。


 小鬼ゴブリンですら、首をはねてなお、ハンターへとナイフを突き立てようと動くことがあるのだから、基本的にハンターが狙うのは、魔物の動力である魔核となる。


 それを砕くか割れば、魔物は死ぬ。


 それに、不完全な状態や砕けた状態であっても魔核の売価は十分に高い。割れる程度で入手できたならラッキー、粉々でもそれなりに小遣い稼ぎにはなる。


 完全状態の魔核を得るために、魔物を捕えて、魔素放出による回復をさせないよう、一瞬で殺し、同時に壊れやすい繊細な魔核を抜く。


 それを、いつ敵が現れるかわからないダンジョンで行う。


 その技術の開発に取り組む必要も発想も、のハンターには浮かびにくい。


「ふぅー」


 翔吾は息を整え、ドブネズミによく似たラージラットの胸部を注視する。


 上手く出来ればかなり、いや、とてつもなく楽に稼げる可能性が出てくる——。


 先人曰く、深い階層に潜るハンターたちの中で、刃物を強化するだとか、元々剣技が優れているものが身体強化系のスキルを取得したという場合に。


 そのあまりの切れ味だとか、人間技とは思えない技術を用いて、魔核を損傷なく抜き取ることができるらしい……と。


 須王も、いつかはそれが出来るようになるのが目標だと、翔吾に語っていた。


 須王から聞いたその話は、翔吾がぼんやりと考えていたことに具体性を与え、そして今、それが正しいかがはっきりとする。


 ……翔吾は目を細めて集中をはじめた。


 薄く、丈夫に。そう、2つに分けたほどの力を一瞬込めて……。


「……ごめんっ 『型抜き』ダイカット!」


 敵意と殺意を剥き出しにした魔物といえど、一方的な殺戮を行うことに、許しを乞うべく、翔吾は謝罪を口にしながらスキルを放った。


 先端を尖らせ、中空パイプ状に型どった力は、自身が思い描いた速度通りに、触手で拘束されたラージラットの胸部へと滑り込んでいく。


 パイプの内径は30ミリ。外径は30.01ミリ。


 0.01ミリの厚みにイメージした刃は、するりと胸部へ潜り込み、一瞬のうちにラージラットの背中へと突き抜けた。


 名前の通りの型抜き。魔核の型打ち抜きだ。


 手応えらしきものはほとんどない。


 何が起こったかがわかっていないラージラットは、首を数度振ってから、スキルに貫かれ宙に浮いたままで、眠るように絶命した。


 翔吾はくり抜いた胸部をスキルで包み込み手元へと引き寄せる。


 同時に、ドサリとラージラットの死骸が地面に落ちた。


触手テンタクル


 手に持つラージラットの胸部を、スキルを使って、ついばむように削いでいく。


「これは……成功したんじゃないのか?」


 夢中で作業した結果、割れや欠けもなく、少しばかり歪ではあるが、小指の爪程度の大きさをもつ、黒い球体が翔吾の手のひらに現れた。


 成功したかどうかが気になって仕方がないが、詳細は会社に戻ってから確認するしかない。


「とりあえずはこれをしまって、次だな」


 翔吾は魔核を作業着の内ポケットにしまい込むと、地面に横たわるラージラットの首元を掴んだ。


 死骸は放置しておけば、じきに消え去るが、それでも何日かはかかる。


 証拠隠滅のため、のちほどダンジョンの隅で焼却処理をする必要があった。


 バックパックから取り出した土のう袋へとラージラットの死骸を詰め込み、翔吾は次の作業へと意識を切り替えた。




 

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