第23話 仮免許ハンター
翔吾を乗せたバスは、池袋駅ダンジョン前へと止まった。
前期実地講習修了後、ハンター仮免許が支給され、指定されたダンジョンの地下五階までは自由に潜れるようになったので、あることを試すためにここに訪れたのだ。
バスから降りた翔吾の正面にみえる池袋駅ダンジョンは、閑散とした空気が漂っている。
背後では、翔吾だけしか乗っていなかった巡回バスがいそいそと出発していった。
周りを見渡しても人影はない。
東京都に出現したダンジョンは全部で10個。
ここはその中でも、最も不人気のダンジョンゆえの光景だ。
なぜ人気がないのか。それは魔物が弱すぎるということにつきる。
倒してもごく小さな魔核の欠片が取れるかどうかで、魔物を倒すと貰える討伐報奨金もごく僅か。非効率かつ不経済な魔物しかいない。
川崎まで行けばソリッドスクエアビルダンジョンもある。
それなのに、翔吾が仮とはいえハンターデビューをここで迎える理由は、試したいことに適しているからという以外に、スキルを知られてはならないということも関係している。
スキル隠蔽には、必然的にソロで潜らねばならず、人目を気にせず一人で潜れるのは、池袋駅ダンジョンぐらいだ。
しかし、ここに来るまでには少しだけ苦労があった。
神崎絡みのことである。
会社の業務命令で、後期実習まで二人を組ませて訓練を、という動きがあったのだ。
響子が色々と動かなければ、翔吾は危うく神崎とパーティ結成となるところだった。
翔吾の
特に二人の関係性などを把握もしていない会社上層部としては、とても良い組み合わせのように見えたらしい。
響子が、スキル特性と強度差がある場合の、二人組でのダンジョン潜行における弊害を示したレポートを上層部に提出しなければ、今頃はどうなっていたか。
神崎のスキル、
そんなものが、もしかしなくても背後から刺さりそうな未来。そんな悪い予感のなか過ごす数日だった。
だが、レポートのおかげで正式に翔吾の単独行動が決まり、響子と二人して居酒屋でジョッキをぶつけ合ったのがつい昨日のこと。
最悪の場合、拒絶を示して断ることも出来たのだが、それだと神崎がどう反応するか。
それに会社への説明も、上手く出来る自信がなかった。
波風を立てず、最良の結果をもたらしてくれた響子への感謝は尽きない。
「やっぱり、人がいないな……。これはいいぞ」
ここなら、スキルを隠す労力は本当に少なく済む。
「よし、やってやる……」
翔吾はここに来た目的を思い出す。
小さな魔核しか持たない、ラージラット相手だからこそ、翔吾には試したいことがあった。
前回の講習時、須王が見せた魔核採取の様子で、考えていることに間違いはないはずだという確信に近いものを翔吾は得たのだ。
翔吾は入場手続きを取るべく、ダンジョン前にある、
「さて……えーと、あの、入場受付をお願いしたいのですが……」
「ぐぅー……う……ん、えっ?! 入場っ? ここにっ?!」
午前九時だというのに、椅子に腰掛け、いびきをかいていた初老の、ゴリラに似た顔の守衛に声をかけると、随分と驚かれてしまった。
それぐらいここには人が来ないということの証拠でもある。
「受付用紙は……これですか?」
魔素耐性加工が施されているので、交換費用が嵩むのか、やたらと日焼けした受付用紙が挟まる、古びたバインダーを翔吾は手に取った。
最新の記録は半年前の日付となっている。
「おおっ、それだよ。兄さん。いや、すまんね。ここに人が来るのなんか、研究サンプルの採取依頼を受けたやつか、半年ごとの国の魔素濃度検査ぐらいだからな。そういう時はいつも事前連絡があるからよ」
「事前連絡……す、すみません、連絡がいるとは」
翔吾はぺこぺこと頭を下げた。
「いや、いいんだよ。普通に入る分には連絡なんかいらねえから。にしても、俺が現役のころでも、ここには一回ぐらいしか来たことがないんだが。兄さん見たところ新人だろ? なんか依頼でも受けてんのか? だとしたら有望だなあ」
「あっ、いや、依頼とかではなく後期実習までの研修……」
「研修? ここに? ほー。魔物慣れか?」
「まあ、そんなところです。あのっ、これで良いですか?」
何か聞かれたら、そう話そうとしていたのだが、ちょうどいい理由を守衛が先に口にしてくれた。
翔吾はチャンスとばかりに、名前を書いた受付用紙を守衛へと押し付け、やや強引に会話を切った。
「おっ……おお。気をつけてな、というほど危なくはないけど、それでも何が起きるかはわからんのがダンジョンだから充分に注意しろよ」
「ありがとうございます。それじゃあ」
不思議そうな顔をしながらも、親切な言葉をかけてくれた守衛を背に、翔吾は池袋駅ダンジョンへと急ぎ足で入っていった。
◆
——池袋駅ダンジョン
このダンジョンは地表に立つビルとその地下にある駅が、まるごとダンジョンとなった場所だ。
ダンジョンに呑まれたせいで完全に変質し、魔素に晒されて朽ちるどころか、壊れた箇所は再生までしてみせる。
元は駅やデパートであった建造物たちは、当時の姿を保ったまま、ここにあり続けていた。
池袋駅ダンジョンは渋谷ダンジョンと違って、役にたつ資源の産出はない。
強いて言うなら、ラージラットが際限なく沸くので、それが唯一の資源といえようか……。
翔吾は入り口からすぐに地下へと続く階段を降り、地下1階でターゲットを探した。
守衛の言う通り、周辺の気配を探ってみても、他に人はいない。
万が一にも配信にならないよう、
「よし、問題ない。しかし本当に俺一人なんだな……」
地下フロアに、翔吾の声が響く。
声に反応して姿を現わす魔物はいない。
情報通りラージラットのみのダンジョン。
音が広がるようにフロアを伝っていき、それに呼応するように、カサカサという小さな獣が動く音を翔吾は捉えた。
「いるな……」
今から試すことが、思い通りに上手くいけば、随分と違った未来を手に入れることができるかもしれない。
「よし」
翔吾は期待感を胸に浅く息を吐くと、集中を始めた。
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