第22話 前期実地講習

 

神奈川県 川崎市

ソリッドスクエアビルダンジョン地下2階。



講師:『はい、みなさん。そこで停止を。14時の方向を見てください』


 翔吾は頭につけたゴーグル型デバイスに映し出されたテキストに従って立ち止まった。


 近くにいるパーティメンバーの三人も止まり、斜め前の通路角へと視線を向けている。


 翔吾以外の三人は、既知である真田真由と今回の講習で同班となった【神兵しんぺい装備(株)】に勤める作業員、坂本章さかもとあきらと、須王冬夜すおうとうやだ。


 翔吾たち四人は、スキル確認を終えた翌週より、四人組での前期実地講習に臨んでいた。


 メンバーの組み合わせは、受講者たちのスキルの相性をみて、講師たちによって決定されたものだ。


 この実地講習を終えると講習の前半は終了。


 ハンター免許発行となり、東京都であれば、指定ダンジョンの地下5階までの活動が許可される。そして、後期講習を受ければ正式にハンターとして認められる。


 翔吾たちの前期実地講習地であるこのダンジョンは地下24階まであり、講習で使用するのは地下2階部分だけだ。


 ここはダンジョン発生時に、地表から飲み込まれたように沈んだビルが、そのままダンジョンへと変化したもので、フロア毎の広さがそれほどなく、通路も狭い。


 だがその狭さゆえ、道に迷うこともなく、不意を打たれる可能性も低い、安全の確保がしやすいダンジョンだ。


 現れる魔物も小鬼ゴブリンがほとんどで、珍しいことに群れをなすことも滅多にない。あとは時折り、犬鬼コボルドが単体で現れる程度。


 初心者ハンターの研修には持ってこいの場所となっている。


講師:『指示方向の先の曲がり角まで、音を立てずにゆっくりと近づいて。たどり着いたら魔物がいるか報告。はい、ここはどなたから?』


 ゴーグル型デバイスの画面にテキストが流れると同時に、翔吾たち四人の元へ曲がり角の先から、テニスボールより小さなサイズのドローンが、無音で宙を浮いて近づいてきた。


 講師元ハンターが遠隔操作、とは言っても万が一に備え、翔吾たちの後方に控えながら操作する機体だ。

 

 講師の声に応え、翔吾たちの中から手が上がる。


 恐れも気負いも感じさせず、涼しい顔で講習をこなしている真田真由の手だ。


 誰も声を発さないのは、ダンジョンの中では基本的にハンドサインなどでのやり取りが推奨されているからである。


 音というものは情報の塊だ。距離、方向、数、状態。あらゆることを示す。


 大事な情報を、わざわざ魔物に知らせてやる必要はない。狩りは基本、不意打ち推奨である。


 魔物と戦うのではなく、のだ。ハンターと呼ばれる本来の意味はそこなのだから。


 そして、戦闘配信で稼いでいるものたちに憧れた初心者が無茶をしないよう、特にこの前期実地講習では徹底した実習教育が行われ、ハンターの基礎である、チームプレイによる狩猟を叩き込まれるのだ。


講師:『それでは真田さん』


 真由は四人の中から歩み出て、通路の角まで足音を立てず、するりと辿り着く。


 一瞬だけ角から顔を出し先を確認すると、流れるような動きで音も立てずに戻ってきた。


 それから指を一本立て、くるりと一回まわして拳を作る。


 事前に取り決めておいたハンドサインだ。


 指が一本で小鬼ゴブリンを示し、それを回した意味は、こちらには気づいてはいないが、辺りを警戒している様子、指を回した回数はその個体数。


 最後に閉じた拳の形は距離。角から先、およそ10メートル程度先にいる。


 各々のゴーグル型デバイスでテキストを使ってやり取り可能ではあるし、視界共有も可能だが、前期講習では、この手法で講習を進めている。


 便利なデバイスが故障した時でも、ダンジョンで活動するための訓練も兼ねているからだ。


講師:『素晴らしい。さすがアカデミー出身ですね』


 企業に所属し、採取業務に励みつつのスキル発現を待つ必要もなく、幼少期にスキルが発現する未成年者がいる。(ダンジョンに潜らずスキルが発現する理由は、諸説あれど、いまだに解明はされていない)


 彼らが通うのがハンター養成学校アカデミーである。


 ハンター登録が可能となる18歳まで、そこでハンターの基礎を学ぶ彼らは、ハンターエリートと言っていいだろう。



 翔吾たちは、声は出さずともわかるほどの興奮した様子で真由を囲んだ。


 一行の中では最年少にも関わらず、憧れに近いもの抱かせるカリスマを真由は有していた。


 短刀を振るって魔物を仕留める動きは、まるで舞踏のように洗練されている。


 索敵も丁寧で細心の注意を払い、明らかに実力差のある翔吾達を軽んじることもない。


 翔吾たち社会人組の三人は、未来の英雄とはこういう者がなるのだろうと感じていた。


講師:『みなさん落ち着いて。わかりましたね? 今の索敵警戒は満点です。次は坂本さんの攻撃で小鬼ゴブリンを仕留めて頂きましょうか』


 四人は無言のまま互いの顔を見合った。


 実習の本番メイン魔物モンスター狩り。


 講習では最弱ランクの魔物である小鬼ゴブリンを四人の協力で仕留めていくのが主な内容となる。


 探知や攻撃など、役割を順に割り振りながら、自分に合ったものが何かを掴み、魔物との戦闘に慣れていくのだ。


 それを繰り返し、講習は既に最終日である四日目を迎えていた。


 講習を通して翔吾は、スキルを隠しつつも、陽動役や探知役、攻撃役をこなし、順調に講習を消化している。


 そして、通路を進む一行が、先程真由が辿り着いた角へと到着した。


講師:『準備ができ次第、攻撃を。一撃で仕留められない場合、補助役と控え役で止めを。探知役は周辺警戒を怠らず』


 講師のテキストがゴーグル型デバイスに映される。


 攻撃役の坂本が息をのんだ。大柄で男らしい顔つきだが、それに似合わない怯えた表情をしている。


 既に何度も魔物は狩っているが、やはりまだまだ初心者。こちらを見れば襲いかかってくる魔物の恐怖には、まだ慣れていないのだ。


 翔吾はそっと坂本の肩に手を置いた。


 その緊張感が痛いほどわかるからだ。他人事とは思えない。


 坂本と目が合う。『ありがとう』とでもいうように頷いた様子に翔吾も頷いた。


 翔吾はこの実習を思ったよりも、いや、随分と楽しめている。


 人を頼り、頼られる。草むしりだけを続けていては決して得られなかった感覚だ。


 神崎は別の講習組に振り分けられていて、顔を合わせることもない。


 もっとこの実習を続けていたいぐらいだ。


「ふぅ……」


 僅かに息を吐いた坂本は、角から顔を一瞬出して通路の先を確認すると、左手を開けたまま肩まで上げた。


 突入の合図。


 指が一本ずつ折りたたまれ、3、2、1……。


 転がるように飛び出した坂本の後を翔吾は続いた。


 前方には面食らったような表情の小鬼ゴブリン。手には何も持っていない。


 坂本が走りながら右手を前に突き出すと、人の頭より大きな火球が右手から飛び出した。


 小鬼ゴブリンめがけて真っ直ぐに火球は進み——小爆発。


 あとは着弾位置……。


 翔吾が坂本の位置と入れ替わり、煙が立つ場所を注視する。


 煙に映る影、よろめいてはいるが、倒れてはいない。追撃だ。


『グギャギャギャツッ!!』


 怒りが滲んだ雄叫びが通路に響く。


 翔吾は煙の中で立つ小鬼ゴブリンの足元に向けて手を振るう。


 放たれたスキルがその足を掴んだ。


 程なくして煙が収まり、バランスを崩して倒れた小鬼ゴブリンの姿が現れる。


 そこへ、翔吾の前に飛び出した控え役の須王が、小柄な体を目一杯にしならせて、その勢いでナイフを投げこんだ。


 糸を引くように空中を突き進むナイフは、スコンと小気味よい音を立て、小鬼ゴブリンの眼球へと突き刺さる。


 小鬼ゴブリンは体の力を失って、仰向けに倒れた。


 翔吾は、須王へ親指を立てて見せ、その投げナイフの正確さに賞賛を示した。


 探知役の真由が背後の通路を見渡しながら手を上げ拳を作っている。


 魔物は見当たらないということだ。


講師:『さあ、魔核の回収を。最終日ですので今回は方法や場所、注意点については説明しませんよ?』

 

 四人は小鬼の周りへと素早く集まった。

 

 討伐証明となる魔核の回収だ。刃物の切れ味を向上させるスキルを持つ須王すおうが、小鬼ゴブリンに馬乗りになってナイフを握り締める。


 三人は須王へ頷きを送ると、各自の役割に動き出した。


 翔吾はスキルで小鬼ゴブリンを抑えつけ、坂本と真由は周囲を警戒。


 ここまで警戒するのは、魔物は魔核を砕くか取り出さない限り動く可能性があるからだ。


 小鬼のような低ランクの魔物で、そういった事例はほぼ起きなないが、講習では必須対応である。


 須王はナイフを小鬼ゴブリンの胸に突き立てると手早く切り開き、魔核を取り出した。


「あっ……」


 須王が声を出す。


 何があったのかと翔吾は須王の手元を見た。


「……」


 須王の手には硬質の黒い石のような物が二つ。


 魔核だ。


 残念そうな須王に対して翔吾は、再び親指を立て、頷きを付け加えた。


 魔核は大抵、取り出す時に粉々になってしまうのに、二つに割れる程度で済ませるのは中々できないことだ。


 須王は翔吾に軽く手を挙げて応えた。前髪で隠れて目元は見えないが、口角は上がっていて、少し気恥ずかしそうにみえる。


 翔吾は、須王とはなんとなく馬が合うというか、同類の波長のようなものを感じていた。


講師:『受付に戻れば講習完了です』


 四人は警戒を解かず、ダンジョン入口の受付へ辿り着くと、無事に講習を終えたことを喜びあった。


「お疲れー! ねぇ、打ち上げいこうよ!」


 真由が快活な笑顔で、この後の予定を話しだす。


「「もちろん!」」


 翔吾と須王は息を合わせて返し、坂本は頷いて同意を示す。


 友人。


 そう呼んで良い関係を、同期のハンターと構築出来そうなことに、翔吾はいいようのない喜びを感じていた。


 正直、警戒していたぐらいだったのだ。


 魔素耐性があるとわかってからの周囲の態度、友人だと思っていた者たちからの視線に嫉妬が混じり、疎遠になっていた過去。


 無成長とわかってからの、同僚たちの翔吾への扱い。


 それを思うと、今は考えられない状況だ。


 翔吾は思ってもみなかった出会いに感謝しながら、晴れやかな気持ちで前期実地講習を終えたのだった。


 

 

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