第21話 スキルの隠蔽


『個別に呼びますので呼ばれた方は指定された検査室へ向かって下さい。それでは——』


「わたしはあっちだから。じゃあまたね、翔吾」


 真由は翔吾にデバイススマホを渡すとはにかんだ。


「あ、ああ……じゃあ」


 昼食を共にした後も、真由は翔吾と一緒にいた。


 ペーパーテスト実施中も、スキル確認の方法について説明を受けている間もだ。


 親しげに名前で呼ばれ、どこで働いているだとか、住んでいる場所だとか、相手のことは知らないのに自分のことは丸裸にされたような、そんな質問責めに翔吾は戸惑った。


 ただ、スキルのことは聞かれなかったので、それについては助かったが。


 真由から返された自分のデバイススマホ画面には、SNSアカウントのフォロー通知。通話アイコンをタップすれば新規連絡先の表示。


 社会人になってからは、三件しか増えなかった連絡先。母親の入院先、調達課の窓口、佐山響子。そして四件目は真田真由……。


『呼ばれた方は直ぐに移動を——』


 感じたことがない、奇妙な感情。何か悪いことをしているような——


「——あっ、それとそうだ。そこのアンタ。もうこれ以上翔吾に絡まないでね」


 案内が始まり、各自が検査室へと移動を始めるなか、真由は余計な一言を笑顔と共に神崎へ投げつけて去っていった。


 ブチリと血管が切れたような音は幻聴のはずだが、背中のほうからやけにはっきりと聞こえた気がする。


 屋上での祈り虚しく、昼食中に遭遇した神崎は案の定とばかりに詰め寄ってきた。


 その神崎に対し真由は、「翔吾と話したいから邪魔。話しかけないで」と、はっきりと拒絶を示し、一悶着あったばかりだ。


 それなのに、行きがけの駄賃だちんのごとく、油に火を注ぐような……。


 翔吾はため息を漏らした。


 翔吾のミッションは、自分のスキル詳細を他人に明かさないことなので、その負担は真由のおかげで軽くなったように思う。


 だがそれ以上に別方向の苦労が増加してしまっていて、結果はマイナスだ。


「おい、中村。お前、喧嘩売ってんだよな?」


「神崎くん、また注意されたら……」


 翔吾は疲れた顔で講師の方を見た。


 講習者達を案内しながら、ジロリとした目つきでこちらを注視する様子が伺える。


「……おまえ、覚えてろよ」


 ギリギリと、音が聞こえてきそうなほどに歯を食いしばり、神崎は翔吾を睨みつけた。


「気に食わないかもしれないけど、お互い不干渉でいようよ……」


 翔吾は神崎が絡んでくる理由を、いまいちわかりかねていた。


 ダンジョン草採取をしていた時のように迷惑をかけているわけでもなく、——それも翔吾にとっては納得しかねるものだったが——今回はハンターになるための講習だ。


 ハンターになったら、もう仕事を共にするわけではないのだから、迷惑の掛けようがない。


 それぞれの希望と適正に沿った初心者ハンター向けの仕事が待っている。自分のことなど放っておけばいい。


「お前のがムカつくんだよ」

 

「……ごめん、謝るよ」


 翔吾は意味もわからず神崎に謝罪した。


 神崎からすればまさになのだが、神崎はそれ以上何も言わず、講師をチラリと眺めたあと、拳を握り締めながら立ち去っていった。


『中村翔吾さーん、8番検査室にお入りくださーい』


 神崎の背中を見つめていると、検査室へ入室を促す案内が。


 翔吾は視線をきって、検査室へと足を向けた。





「はい、息を吐いてー。よし、健康状態は問題なし……と。じゃあ次はこのWDウォッチデバイスをつけてスキルを使ってくれるかなー」


 ハの字眉毛をした壮年の医者は、聴診器を翔吾の胸から外し、力の抜けた声をだした。


「えっと、あのマネキンにですよね?」


 白いタイルが床と壁に敷き詰められた検査室は広く、十メートル四方はある。

 

 医師が指差した方向にはマネキンが置いてあった。


「そうそう、そこの黒いテープの位置から。えーと申告は念動力サイキックだったね。じゃあ弱いのと強いので二回ねー。スキルを使って苦しいなら無理せず、すぐにそこの魔素吸入器を使ってね。さあ、どうぞ」


 翔吾は上着を着つつ、医師が指差す酸素ボンベのような形をした機器をみつめながら、緊張感を覚えた。


 緊張の原因は、これから実施するスキル確認において、イレギュラーな翔吾のスキルを普通のスキルに見せかけるために、演技をする必要があるからだ。


 そうする理由は二つある。


 一つはその取得経緯の隠蔽。


 翔吾のスキル発現は、渋谷ダンジョン地下3階での作業中に怪我——人の背よりも深い窪みに落ちて——をしたことがきっかけで発現した、というのが表向きのストーリーだ。


 無成長者のスキル獲得経緯としてはしばしば見られる理由で信憑性があり、聞かれると色々説明に困る、地下533階のことは、これでその存在をひとまずは消去できる。


 それともう一つは、強いスキルを保持する者はハンターになってからの行動を制限される事が多々あるということだ。


 具体的には国が指定する訓練への参加や指定されたダンジョンでの探索などである。


 将来有望なものを、未熟なままダンジョンに放り込んで、早々と失うことを避ける措置であり、これには法的拘束力も発生するし、違反時の罰則も重い。


 普通なら特に何の都合も悪くないが、翔吾は違った。


 母親の手術費用のことがある。


 考えている金策が上手くいくのか、とにかく一刻も早く確認する必要があるのだ。指定された訓練は半年近く自由行動を阻害されるし、そんな時間はない。


 本来の目的を達成する為、響子からは必ず秘匿するようにと強く言い含められていた。


 実際、翔吾のように、なんらかの事情ありのハンターは、能力を隠してハンター登録をする場合がある。


 虚偽申告が発覚した場合、内容によっては罰せられることもあり、事件や事故を起こした際にそれが明るみになったりすると、不利益がより大きくなるリスクもあるが、母親を救うためならそれは仕方がないと、翔吾は納得済みだ。


「……はじめます」


 翔吾は床に貼られた黒いテープの線上、マネキンの五メートル前に立つと、右手を向けてスキルを放つ。


 その結果、マネキンはほんの少しだけ浮いた。


「申告通りだね」


「ふぅー」


 隠蔽が露見しないか、ドキドキしながら翔吾はため息をはき、少し疲れたような気だるさを装う。


「昏倒はなし。一度の行使で軽度の疲労。じゃあ、次は強いのいこう」


「はい」


 マネキンは更に高く浮かび、ゆるやかに回転をはじめる。

 

 翔吾はしばらくマネキンを空中で回転させ、回転速度がになったタイミングで地面へと叩きつけた。


「くぅっ……」


 今度は体から力が抜けたように片膝をつく。


「おおー。じゃあ念動力サイキックの強度3で登録しようか」


 バキっと音を立て二つに折れたマネキンの残骸と、翔吾の様子を見ながら医師は告げた。


「強度3……」


「そうだよ、ほら。ここに出てる。マネキンが受けた衝撃を、部屋中にあるセンサーで拾って数値化したものだ。数値は強度2程度だけど、ダンジョン外のスキル行使ですぐに意識を失わないなら、強度2ではなく3という区分でいい。連発はその様子だときびしいだろ? 君みたいなわかりやすいスキルだとこっちも確認が楽でいいよ」


 医師が差し出したタブレットには、翔吾が先ほど行ったテストの動画と、医師の言う数値が映されていた。


 ゆっくりと立ち上がり画面を注視する。


 スキルが薄く光ることもなく上手く隠蔽できていた。


 それに無成長者がスキルを獲得して得る能力として、強度3の評価は行き過ぎずと、響子から教えられていて、狙い通りの結果だ。


「ということは30階までは潜れるんですね」


 強度1ごとに潜れる階層は10ずつ増えていく。


 翔吾は30階層までなら探索可能という判定だ。


 しかし。


「ん? そうだけど、いきなりは無理だよ。ちゃんと実績証明して探索許可もらわないと。さっきの講座で習ったでしょ?」


 医師の言うように、いきなりは無理で、10階層ごとの一定期間の探索実績証明が必要となる。


 これがなければ次の10〜20階層へは入ってはならない。


「もちろんですよ、ちょっと気が逸ってしまって」

 

「浮かれないように気をつけてよ。新人ハンターの死亡率は、結構じゃなくて高いんだから」


 にも関わらず毎年破る者がいて、何らかの事故、酷い時には死亡事故が起きる。


「気をつけます」


 医師の注意に、翔吾は頬をかいて頭を下げた。


「本当に気をつけて欲しいんだ。担当医は基本変わらないんだから。?」


 ダンジョンハンター専門医は、この講習時に診察したものが主治医となるのが習慣化している。


 活動地域を変更しない限りは主治医を変えることはまずないことだ。


 一般人よりも怪我をすることが多いハンターと、それを診る医者の関係は、そういった事情からも深くなりやすい。


 翔吾は医師の胸についたネームプレートをみて、改めてその名前を確認した。


 『立石たていし』。気の良さそうな顔は悲しげな表情を作り、ただでさえハの字の眉が今にも立ち上がりそうだ。


「わかります……」


 心底心配していると伝わる立石の様子に、やや後ろめたい気持ちを感じながら、翔吾の検査は終了した。

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