第18話 レポート 〜早川賢清視点〜


 作成 2035年3月16日

 作成者 第6開発部 技術主幹 早川賢清はやかわけんせい


 本レポートは2035年3月7日に発生した渋谷ダンジョン魔素放出周期ズレにおける、渋谷ダンジョン内部の様子を経緯化しまとめたものである。


 図1は過去25年の渋谷ダンジョンの魔素放出周期を重ねて示したもので、2035年3月7日はダンジョン活性期を考慮したとしても、明らかに周期からずれており、魔素放出周期ずれが発生したと判断した。


 次の図2は魔素放出周期ずれの発生状況確認の為に、渋谷ダンジョン地下3階、管理局定点カメラにアクセスし取得した画像である。


 図2の画像(a)は3-Bエリア、3月7日18:49分頃のもので、2枚目画像(b)は同日、1分後のものである。


 画像(b)左部に僅かに確認される黒い物体は18:51分39秒ごろに発生し、18:57分21秒の段階で消失。


 この黒い物体は魔素放出周期に確認されることがある【可視性境界杭断片】かしせいきょうかいくいだんぺんだと推定される。


 同時刻に【(株)ダンジョン資源開発】の人員が当該箇所にて作業中であったが、黒い物体の消失時以降、カメラでは確認ができない状況となった。


 現地確認のため第6開発資源回収部へ現地同行を依頼するが、別件対応中にて翌日以降対応可との回答。


 管理局およびダンジョン配信ネットの緊急信号関連データをアラート設定。


 同日19:15分、ダンジョン配信ネット上に緊急信号つき配信が開始される。


 図3(a)は配信開始時点の画像で(b)は配信者『中村翔吾』が遭遇した特殊個体の画像である。


 魔物モンスターと一般呼称される、異世界由来生物は地球上の生命体と同じく、個体差が顕著にあることで知られているが、出現場所によって一定の出現種別傾向を持つことも同時に知られている。


 しかしながら画像(b)にて確認されるような特徴を持つ魔物は米国108層にて確認された個体だけであり、社内データベース検索からも日本国内での発見報告はない。



 画像(a)に記載された地下533階という表示が正確であるかについて。


 協力者のルートから入手した『中村翔吾』のWDウォッチデバイスの解析を実施。


 内部解体確認の結果、記録装置等の破損はなし。


 記録された測定魔素濃度は、階層降下係数と合致した数値を示しているため、その数値のみを判断材料とするのであれば正しい表示であるといえる。



 ◎『中村翔吾』のスキルについて。


 スキルの発現起因は不明。無成長者との記録あり。(添付別紙)発現起因を地下533階の魔素濃度起因と仮定して、中毒を起こさなかった事例についてなどの調査を実施中。


 スキルは不可視で形状や性質は自在に変化する模様。社内データベースに前例なし。


 戦闘の度に魔素適応レベルアップしているようで、スキルの射程や威力は成長し続けており、身体能力や感覚器官も同様の向上を見せている。


 短期間での複数回の魔素適応レベルアップ事例は、社内データベースに数例あり、関連調査中。


 図4(a)〜(e)については『中村翔吾』が地下533階にて遭遇した特殊個体の画像である。中でも(e)については類似個体がこれまでなく、初確認された個体となる。


 この(e)についてだが、音声記録から明らかに日本語を発語していることが確認された。


 通常、異世界由来生物は異世界言語、確認されるだけで三十八種のどれかを発声している場合が多く、明確な発音としては地球人類は認識できないのがこれまでの通説であったが、まったく別の観点からの研究が必要になったと考えられる事象といえる。


 (e)の形態から、凶都きょうとダンジョンの特殊個体と仮定しての、類似個体調査を開始。




 東京、奥多摩の渓流スポットで、太った男と痩せた男が釣り糸を垂らしている。周囲には二人以外に誰もいない。


「で? 早川くん。君はこんな社外に出せない問題だらけの資料を、わざわざこんな日曜に、渓流釣りにまで誘ってまで見せて、私に何をして欲しいのだね?」


 太った男が手に持ったレポートをヒラヒラとさせ、痩せた男に問いかけた。

 

「林部長。只々、黙って頂きたいといったら?」


 痩せた男の回答に、太った男、遠藤重工第6開発部の部長である林の眉がピクリとはねた。


 早川は部署のエース、いや社内の宝と言ってもいい。ダンジョン産出素材の加工技術関連特許を毎年山のように取得する天才で、上からは絶対に機嫌を損ねるなとまで言われている。


 その男が資料を見せてきて、ただ黙っておけという。


 だが林にとって、このレポートの重要性はここで留めてよい内容には思えない。


 わざわざこちらに出してくる理由は、会社組織としての取り組みとすべきとの意図ではないのか?


「……すまんが、君の意図が読めん。悪い癖だ」


「ああ、すみません。林部長はわたしの良き理解者でしたので、絶対に欲しくて。回りくどいことをしてしまいました」


 林はニコニコと微笑みながら話す早川に、事態の危険度をはっきりと察知した。


 この男は窮地であればあるほどに、笑みを浮かべる癖がある。


 つまり、レポートの内容はこれでもまだ一部、知れば後戻りできないものがあると早川は言っているのだ。


「そうか、紙にしたのは処分が楽だからか。だが印刷記録は……君はそんなヘマはしないか」


 早川はコクリと頷いた。


「林部長には大変お世話になりました。今年度に買収し、子会社化するグループ会社へ出向という形で上には話を通しています。年収はそのままで心配いりませんから」


「入社して三十年、こんな引き際か……いや、君がいうなら、そうなんだろう。ならもう何も聞かないよ」


 林は釣り糸を引き上げ、竿をしまい、帰り支度を始めた。見ても良いレベルの情報で引き上げるのが、命の保証に繋がることをよく知っているからだ。


 部下と呼ぶには優秀すぎる男が用意してくれた道に、素直に従うことに拒否感はない。


「できれば、君が家庭を築くところを見れたらと、思っていたんだがな」


「相手がいませんよ、こんな変人」


「言ってしまえば世の中は変人ばかりさ。大事なのはここだ」


 林は胸を軽く叩く素振りをする。


「人類の可能性、その探究。遠藤重工が掲げて集めた、吹けば飛ぶような倫理観しか持たない連中ばかりが揃った会社で、君ぐらいだったよ。まともな心根なのは」


「それはこちらの台詞ですよ、林部長。貴方の下だから私は道を外さず、真っ当な研究開発を続けてこられたんです」


 遠藤重工が開発するダンジョン関連製品は二世代から三世代を先取りした製品と言われている。


 特に人が身につけるもの、魔素耐性加工を施した作業着や戦闘装甲ボディアーマーでの評価は他社の追随を許さない。


 特に評価されている点は、その性能保証だろう。

その製品がどの階層までならば、どの魔物であれば通用するのかを明確に表示しているのだ。


 ハイエンド製品ならばそういった表示も他社にはある。だが、遠藤重工の製品はミドルレンジからエントリーモデルであっても、性能表示保証をしている。


 対魔物でテストし積み重ねたがそれを可能にしているのだが、テストを繰り返したということは、それだけ失敗したということでもある。


 魔物は人しか襲わない。マネキンに服を着せても襲ってはこない。


 テストモニター契約をしたハンターは、その殆どが金に困っていたという……。


 これは一例に過ぎない。そして早川は、遠藤重工のそういった暗部を否定しながら研究開発をしてきた自負がある。


「……早川くん。


 林は最後の荷物をしまい込んで、ポツリと言葉を漏らす。


 早川は林の問いに曖昧に笑って返した。


 それを今から探るのだ。とは言っても『羅刹女』という存在がちらついているので、険しい道なのはわかりきってはいるが。


 最悪、下手な方に転んだとしても、会社に飼い殺しを条件に守ってもらうぐらいはできる。


 だが林は、一緒に潜るにしては善人すぎるし、なにより自分と違って、帰りを待つ家族がいる。


『まあ、なんとかなるでしょう』


 二人の付き合いは長い。早川のその仕草、曖昧な笑い顔だけで、おおよその意図を汲み取ってしまった林は、それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。


 手に持った資料を早川へと返すと、林は小さく『ありがとう』と口にして、その場を後にする。


 早川は、林の姿が見えなくなるまで見送ったあと、ライターを取り出しレポートへと火をつけた。


「中村翔吾。君はどうなるんだろうな。人知れぬまま死ぬのか、華々しく死ぬのか、あるいは起点を刻むしるべとなるのか。いや、そもそも起点ではなく終点かも……か。困ったな、興味がつきないよ。早く見せてくれこの先を……」


 早川は火がついたレポートを見つめながらそう言って、灰になる様子をじっと見つめていた。


 

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