第17話 バックグラウンド 〜マスターシーン〜
千葉県、木更津市にある民共党幹事長、
「はい、吉武春雄事務所で……はぁ、日本ハンター協会? 会長? 失礼ですがお間違え……はぁ? 電話番号? あっ……いえっ、す、すぐにお取り次ぎをっ」
事務員は何気なく取った電話の相手があまりにも大物だったため、慌てふためきながら保留ボタンを押した。
「先生っ! 日本ハンター協会の会長からお電話ですっ!」
「はあ? ハンター協会? 会長? おいおいイタズラじゃないのかそれ? 俺は今日、地元廻りで忙しいんだ。いないといってくれ」
普段、事務所にかかってくる電話は、地元からの陳情や、県議との会合日程、党内事務の連絡ばかり。
吉武が電話の主を疑うのも当然だ。
日本ハンター協会、発足当初ならまだしも、現在では国の政策に大きな影響を与える組織である。
それが国政政党といえど野党五番手でしかなく、しかも党首でもない幹事長である自分へわざわざ電話を?
力関係からいうと、こちらがお伺いをたてる立場だ。それともまさか……例の。
いや、それは考えにくい。
「そ、それが……番号が本当で、協会HPに記載されている本部の番号なんです」
「それでも……まあ、出るよ——はい、吉武ですが」
『————』
吉武は受話器から耳に入ってきた言葉に身震いした。
「はて、おかけ間違いでは? わたしには何のことかさっぱりで」
白々しい声色の自分に呆れながらも、吉武は演技を続ける。
相手が誰であれ彼女と党の関係性は表に出す訳にはいかない、だがまさか一番辿られてはいけない相手に……。
吉武は、一瞬過った考えが正しかったことに、歯噛みした。
「……ええ、それでは」
吉武は浅い息を吐いて受話器を置くと、すぐに別の相手に電話をかけ始めた。
指でコツコツと忙しなく机を叩く様は、表情と相まって焦燥感が滲んでいる。
そして、相手が出たのか、咳払いを一つ。
「……ああ、そうだ。どうせ聞いていたんだろ? 彼女に連絡を」
◆
東京、霞ヶ関にそびえる地上80階のビル。70階〜79階部分が日本ハンター協会本部のフロアだ。
その79階にある会長室にて、ハンター協会会長である
非通知。そしてこのタイミング。田中は口の端を少しばかり歪ませながら、通話アイコンをタップした。
「もしもし。久しぶりだね」
『趣味が悪いわよ先生? あの人はまともな人なんだから。やろうと思えば、もっと別のルートもあったでしょ?』
田中は柔らかく微笑んだ。
そして、その表情に、会長室の隅で待機する秘書、
執務時間中に笑った顔など、滅多に見せることはない。
その男が、まるで孫と話す祖父のように微笑んでいるではないか。
見てはいけないものを見てしまった気持ちになりながら、幸田は動揺を抑え静観を続けた。
「それはすまない。あれ以来、もう反応してくれなかったからね。それに他のルートだと君も私も無駄な神経ばかりを使うだろう? 気軽に話したかったのさ。まあ、良さげで怪しげな所にカマをかけたら、いきなり当たったから我ながら驚いたのだがね」
『気軽にね……。ところで……ふふ、先生も私も、案外抜けているわよね。初めは気づいていなかったでしょ?』
「まったくその通りだよ。ところであのクサイ演技は誰に吹き込まれた? 全くもって君らしくない」
田中は通話の相手と、久しぶりに話すことに、嬉しさが滲み出ているような様子を隠そうともしない。
『秘密。色々あったの。それで? 旧交を温めるなんて話なら、もう二度と連絡しないけど?』
「うん、君はそういうだろうと思ってね。だから、これは提案なんだが……手を組まないか」
『メリットは?』
「
『
「困るんだ。
『……先生はあれに再現性があると? 脱出方法はわかったけれど、入り方は謎のままよ?』
「増えているんだよ彼は少し特殊だが、似たように覚醒した人がね」
魔素適正はあれど無成長。そう思われていたのに突然の覚醒。そういった状況はここ数年で明らかに増加している。
『……たまたま運が良かっただけだと思うけど』
「鍛え上げ、生き抜いた数少ないものだけだから、人類全体にとっての有益者足りうる。それがもう少し増えれば今度は兵器としての未来。そして度を越して強くなれば存在そのものが悪となる。【不死】を手に入れた君のようにね」
『失礼ね。私だって死ぬわよ。それに先生こそ。自分のことを棚にあげないで欲しいわ』
ハンターはダンジョン以外でスキルを行使することは禁じられてはいるが、そもそも、ほとんどのハンターはダンジョンでしかスキルを使えないという事情もある。
スキルの使用により体内の魔素が減少した場合、それを回復するためには、ダンジョンや魔物が放つ魔素を取り込む必要があるからだ。
魔素がないところでスキルの行使を何度も続ければ魔素過多症とは逆の魔素欠乏症となり、昏倒してしまう。
だが例外はある。
田中が言った鍛え上げ、生き残ったもの。つまりは高位のハンターたちだ。
彼らはダンジョンから離れた魔素がない場所でスキルを連続行使しても、限界はあるがすぐには昏倒しない。
深層に潜れば潜るほど、魔素を体内に留めておける量が多くなり、魔素の枯渇にも耐性が付くのがその理由だ。
『……で? そっちの要求は?』
「データをこちらに」
翔吾があがき、生き抜いた記録は、あの時視聴していたものだけがその記録を保持している状況だ。
田中は反ダンジョン派にそのデータがあるべきではないと考えていた。
『……いいわ、この件については手を組みましょう』
「これは取引だ。わかっているね?」
『そこまで寝ぼけていないわよ。コピーなんて姑息なことはしない。どうせそっちのデータに保険でもかけてるんでしょ?』
「その通り」
田中は色よい返事に安堵したが、もう一つ伝えなければならないことがあると気を引き締めた。
「それと、もう一つ。人類の可能性とやらを探りたい人がいる」
『まさか……夜のひと? あの会社なの?』
「巡り合わせだねぇ。しかも、例のことを把握する立場だったよ」
『……わたしは、許していない』
「知っているよ」
『……』
「今日はここまでにしよう。次も同じ連絡方法で」
『……——』
ブツリと切れた通話。デバイスを胸元にしまいこみ田中は立ち上がった。
「撒き餌は充分。これなら釣れてくれるだろう。……さて幸田くん。君は賢明な人であるからわかっているね?」
「ええ、もちろんわかっております会長。それでは次のご予定ですが、三十分後になります。海外派遣者選定会議が開催されますので、76階大会議室に移動をお願いいたします」
「うむ。結構。口が固いというのは才能だよ。君はとても優秀でこれからも必要な人材だからね」
「お褒めにあずかり光栄です」
秘書の態度に満足した田中は颯爽と部屋を出た。
秘書は震える足に力を入れてそれに続く。
『わかっている』それ以外の返事など出来る訳がなかった。
耳にしてしまった【不死】は、反ダンジョン派を象徴する、『
心臓を貫かれても死なず、他人に化ける能力を持ち、更には殺した相手のスキルを奪うという極悪な能力まで所持し、もはやその存在は災厄と言える。
それが、ハンター協会会長と、以前から関係しているように話していたなどと。
そればかりか、何人もの首が物理的に離れてしまいそうな取引まで気軽に……。
こんな情報を漏らすことは、自殺行為に等しいと言える。
秘書は自身の
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次話『レポート』
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