第16話 焦る女 〜佐山響子視点〜

※【第11話 翔吾の行方】からの続きとなります。


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 動画を確認した響子はすぐメールに記載されていた番号へと電話をかけた。


 呼び出し音は二回で途切れ、先程聞いた声が再び。


『ご覧いただけましたか?』


「これは……これはなに? どうして中村くんが? まさか反ダンジョン派のテロかなにかに……」


 響子は思いつくままの言葉を口にしながら、最悪の状況に語尾を小さくした。


『反ダンジョン派関連ではないかと。犯行声明も出ておりませんし。まあ、ダンジョン関連で事件事故といえば、最近はそちらの方が多いので、そういったご想像はされるかと思いますが』


 反ダンジョン派——ダンジョンによる人類への影響を憂慮し、ダンジョンの利用ではなく封鎖、もしくはその棄却を目指す思想を掲げる団体だ。


 影響を受ける人間とは、翔吾の母親のような魔素中毒で直接的な実害を受けるものであったり、その出現によって経済的不利益を被ったものたちを指す。


 しかし、そういった実害よりもはるかに大きな全体利益の前には、そのものたちの声はかき消されているのが現状で、その代弁者だと主張しているのが反ダンジョン派である。


 この団体の過激派組織は、ハンターや政治家を誘拐だけでなく殺害したり、ダンジョン内部での破壊工作などを繰り返していて、度々、捏造映像をネットにばら撒くことでも有名だ。


 響子は地下533階という、ありえない数字からそう考えたが、かの組織によるものなら犯行声明が必ず出されるのが常だ。


 それがないということは、反ダンジョン派とは関係がないといえる。響子は早川の説明を理解はした、だが、ならばなにが答えだというのか。


「じゃあ何だと言うのですか……」


『それについては残念ながらわかりません。しかし私が彼を助けたいという事だけは信じて欲しいところです。さて、佐山さん。御社での対応、中村さんへの何らかの救助は期待出来ると思われますか?』


「……いえ。期待は出来ません。多分、誰も信じてくれないでしょう」


『そうですか。今日はお時間はありますか? いえ、はっきりと申し上げると今から早退などは可能でしょうか。現時点のライブ配信にご興味は?』


「ライブ配信!? 直ぐに見せて下さいっ」


 響子はすぐに返事をした。


『中村さんはいい上司に恵まれましたね。流石は鋭人さんの妹さんだ』


「……っ、兄を知っているのですか?」


 唐突に抉られた記憶。響子の声に不快感が滲む。


『失礼。今しがた少し調べさせて頂いてわかったので、所属を信じてもらおうと軽率に口にしてしまいました。謝罪致します。私の悪い癖が出ました』


 確かに、遠藤重工に所属するか、ハンター協会の一部の者でないと知り得ない情報を口にしたことで、電話の相手が悪戯の類いではないということがはっきりとした。


 それでも兄の事は、響子にとって簡単に触れて欲しくはない話題だ。


 だが、電話の相手からは、言葉の中に兄への敬意も感じられる。響子は波だった心を落ち着かせた。


「……謝罪を受け入れます」


 佐山響子には歳の離れた鋭人えいとという兄が


 活発で明るく才能に溢れ、それに奢ることなく、ハンターとして響子が憧れた目標。


なければ、今も生きていたはずの兄。


 優しく、強い兄。けれど鮮明に記憶に残るのは、時折り見せた憂いた横顔。


 そういえば、翔吾も同じ横顔を見せることがある……。


『……重ねて謝罪を。申し訳ありませんでした』


 佐山鋭人は遠藤重工によるダンジョン調査チーム(魔素適正なし、全身防護服)の護衛として参加。


 調査中、魔物の群れに襲われた際に、調査チームを先に出口ポータルへと送り出し、その後、行方不明。


 後日の調査で見つかった血まみれの服から鋭人のDNAが検出されたことで死亡と断定された。


 響子がハンターを辞める要因となった四年前の出来事だ。


「……配信のURLを」


『承知致しました。要約資料と映像アーカイブも合わせて、すぐに送ります』


「今から外に出ます——」


 響子は通話を切ると、女子更衣室を出た。


 調達三課のエリアとは逆方向に急ぎ足で進む。


「おっ、佐山くん。どうした?」


「部長。本日ですが、早退させて頂きます」


 通りがかった上司である部長へと有無をいわさぬ圧を放ちつつ、早退を告げる。


「おーい、佐山くーん、なんだ、えらく焦って……。まあ、いいか。有給にしておくよー」


 部長が発した間の抜けた声は、響子を振り返らせることもなく、その足を止めさせることもなかった。





 渋谷ダンジョン行きの定期バス便に揺られながら、会社から提供されているタブレットと私用のタブレット——どちらも耐魔素加工済み——を、響子は同時に操作している。


 更新された乗降記録や救難信号記録を調べつつ、配信を見つつと忙しい。


「やっぱりない……でも、中村くんは……」


 翔吾がバスに乗って帰った記録は確認できない。救難信号についても、ダンジョン管理局から会社へ連絡が来た記録もなかった。


 救難信号にまず対応するのはダンジョン管理局だ。これは会社や依頼主にとって不都合な事故や事件がダンジョンで起きた場合、ハンターや作業員が見殺しにされないようにするための処置である。


 だがダンジョン管理局が管理するのは現最下層の108階まで。

 

 地下533階は管理外である。管理局HPホームページの報告フォームを確認しても、そもそも入力できるのは108まで。


 これでは会社に連絡がくる筈もない。

 

 翔吾の存在はいま、限られたものだけが知っている状態だ。


 そして私用デバイスには洞窟内を進んでいると思われる翔吾が身につけるWDウォッチデバイス視点の映像。


 ときおり映り込む顔は、見慣れたものより随分と鋭い表情だ。


 配信にはついさっき参加したが、テキストチャットになんと書き込むべきか……。


 思い悩んでいるうちに、響子を乗せたバスは渋谷ダンジョンへと到着した。


 ひとまず響子はバスから足早に降り、受付へと向かう。


 受付表に書かれた昨日の入場記録を確認すれば、【(株)ダンジョン資源開発】の人員は9名入場、9名退場。


 その一段下に【(株)ダンジョン資源開発】1名入場。現時点で退場……記録なし。


「……神崎のやつ」


 残業する翔吾を放って先に帰るために、わざとそうしたのだろう。こう記載しておけば、翔吾は別作業チームの扱いになる。


 もし事故か何かあって、後から事情を聞かれても「中村がそう希望した」として、自分の責任を逃れるための狡い方法だ。


 受付係員をチラリとみる。入退場の記録不備を指摘しても、ここは


 この数年は軽度の事故すら起きていない。退場記録がないと言っても、書き忘れでよくあることだ、などと返されまともに相手などしてくれないだろう。


 そもそも、今はその問答をする時間がもったいない。


 苛立ちを抱きつつ、入場手続きを済ませ、響子は地下1階へと進んだ。


 まだ翔吾へメッセージを送るか迷っている。 

 早川より見せられた配信アーカイブ映像に強い衝撃を受けたせいだ。


 命がけの翔吾になんと声をかけるべきか。


 どんな言葉をかけても安っぽく思えて仕方がない。むしろ迷わせたり、邪魔になるような気がしてならなかった。


 早川から送られた追記のメールには詳細な経緯が書かれていて、添付された要約動画と共に見れば、早川たちの対応に、疑問をさし挟む余地など響子にはなかった。


 自分にできることは社内を説得し、翔吾への救助隊を組む、きっかけを作るぐらい。実現する可能性はごく僅かだとしても、動かない選択肢はない。


 説得材料となる、何らかの足取りや、証拠が残っていればと、早足に歩き続け、既に渋谷ダンジョンは地下2階に差し掛かっている。


 神崎たちから聞いていた、翔吾の目撃情報は地下3階Bエリア。


 ここから先はやや足場が悪い。響子は一度立ち止まると、デバイス類をバックパックにしまいこんで再び歩きだした。


 響子のスキルである『身体強化9』(ダンジョン深層でも通用するとされる区分、強度。1〜10段階評価、数字が高いほど強い)を発動させれば、2分もかからず目的地へと着く。


 けれど慌てて来たせいで、スキルの使用に耐えられる響子専用の作業服は着てこなかった為、駆け足程度で進む。


 焼けつく焦燥感を胸に進む響子の視界に、目的地の姿が入る。


 渋谷ダンジョン地下3階Bエリア。品質ランクの低いダンジョン草ばかりが生える、普段は見向きもされないエリア。


「中村くん……」


 これまでの作業日報にいつも記されていた座標の近くにまで来たが、翔吾の姿はどこにも見当たらない。


 本当に彼はここから530階も下に?


 タブレット端末を取り出しライブ配信の画面を確認する。


「……どうしてっ!?」


 ついさっきまでは、洞窟を歩く映像を映していた画面は、今はノイズだらけの画面となっていた。響子の脳裏に最悪の状況がよぎる。


 が、それを打ち消すように背後から膨大な光量が、突如として響子を照らした。


「えっ……?」


 事態を理解できぬまま、光が収まると共に響子は背後へ振り返った。


 目に入ったのは、血に塗れた作業服を着る男の背中。見覚えがある背中だ。


「中村くんっ!」


 ゆっくりとこちらを向く顔。


 たった一日。しかし随分と鋭くなった顔つきは確かに今、何よりも見たいと願っていたものだった。




 

 





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次話『バックグラウンド』


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