第13話 決意
翔吾はそれを見つめていた。
ケモメチョ:『翔吾。その焚き火からいい距離で、炙り気味に浮かべている肉はなんなの? まさか食べる気?』
「……えーと、あの」
燃える
最初はとても臭いと感じていたはずなのだが。
ダンジョンで入手できる魔物肉は、ハンターであれば食用可能とされてはいるが、味はそこまで美味い訳ではなく、実際に食べられることはあまりないとされている。
夜の主砲:『確かに。魔核を砕かれてすぐなら肉もそこまで崩れていかないですからね。軽く炙って食べてみようという気持ちはわかります。そんなにいい匂いなんですか?』
「お恥ずかしながら……。血と死体の処理が案外とスムーズにできたせいか、妙にいい匂いに感じてしまって」
あちこちに飛び散った血は、手のひらから出したスキルを回転させてグラインダーように使用すれば跡形もなく消え去った。
この使い方であれば、死体を削り取って消し去ることもできた。しかし肉を削り取るのは、血とは違ってスキルの消耗度が余りにも激しく、途中で取り止めている。
その事もあって、小分けに切り刻んで焼却という、手段を翔吾は選択したのだ。
二度目の作業は一度目よりも随分と簡単に処理が進み、そして肉を火に焚べていくなか、ふと鼻に届いた匂いは、あまりにも『美味そう』だった。
ケモメチョ:『食べない方が良いと思う。鮭はまだしも、変異しているであろう魔物肉を食べるのは今すべきことじゃない』
夜の主砲:『確かに。私も興味が先立ち聞いてしまいました。止めるべきところを申し訳ありません』
「……」
翔吾は恥ずかしそうに頭を掻くと、焚き火で炙るようにスキルで浮かべていた
鮭があって良かった……これがなければ確実に食べていただろう。
燃える火のそばで、スキルで貫き、空中に固定した鮭を見て、翔吾の腹はグウとなった。
これから
この湖の食糧には限りがある。奥に続く道を探索するしかないのは分かりきったことではあった。
それでも翔吾は躊躇していた。
「救助の見込みはないんですよね……」
ケモメチョ:『何度も言うけど、管理局への通報はいまさら。かといって配信を拡散しても状況が混乱するだけ。翔吾にプラスはないと思う』
通りすがりの田中:『夜の主砲さんが中村さんの会社に問い合わせされておられるようですが……期待はされないほうが』
「ですね。そもそもここがどこかわからないから……ふぅ」
翔吾はため息をつくと目を閉じた。
帰るあてのない絶望的な状況だが、幸いにも目覚めたスキルの攻撃力は充分な威力で、不意打ちにも向いた性能だ。
もう二度ほど同じことが起こっている。ここで待っていれば、きっと天井にはまた穴が開き、何かが降ってくるのだろう。
ここで息を潜めて見込みのない救助を待つ。現状維持はしばらく可能だ……けれど、それが助かる道だとは思えない。
「
目を開き、ぽそりと口にする。
言葉だけなら酷く簡単な内容に思えた。
だが実行するとなると命を賭ける必要がある。
失敗すれば死だ。一撃で殺さなければ自分が殺される。あの巨体、剛腕。
考えながら、焼き上がった鮭を翔吾は咀嚼する。
塩気はないが、身は甘味すら感じれるほどに美味い。
あと一口でなくなる。
……噛み締めながら食事を終え、翔吾は立ち上がった。
「横穴に入って
ケモメチョ:『本当にやるの?』
通りすがりの田中:『待つ意味がないとは言えませんが……やるんですね?』
「たぶん、どこかでは決めないといけないんです。食糧もずっとあるわけじゃないし。まずは横穴の先、開けたエリアを目指します」
この状況を打破できるのは自分だけ。翔吾はそれだけは嫌というほど理解していた。
これならば、やれるかもしれない。
それにまたあの声が聞こえてきている。
『戦え』
この声だ。
弱気な翔吾を後押しする声。
なにかに操られて戦わされているような気分にはなるが、結果的には声の通りに戦うことで生き残れてはいる。
翔吾はこれ以上悩んでも答えは出ないと、安全地帯を出た。
此処を生きて出ることができたなら、ハンターとしての人生が待っている。
その可能性は翔吾の背中を強く押した。
『戦え』
そう。戦わなければ。
それが本当に自身の中から出たものなのかもわからないまま、翔吾は安全地帯を出て、横穴へと向かって歩きだした。
ほどなくして横穴の前に辿り着くと、微かな風音が耳へと届く。
この先は行き止まりではないという証。ならばいつかは
足音に細心の注意を払い、横穴を奥へと翔吾は進んだ。
記憶の通りに歩いていく。途中にあるはずの
ところどころに飛び散る液体の跡。
それを追って進むと、例のエリアが視界に入った。
奥歯を噛み締め、ジリジリと進む。
スキルはいつでも放てるように準備をしておく。
薄い刃物では
あの巨体を貫く……杭、大きな杭だ。こちらを見つけて突進してきたら、その進路上に尖った太い杭を設置するイメージを描く。
見つからずに近づくことができ、運良く背後を向いていれば、その杭を回転させながら射出して背中から刺す。
翔吾は策を何度も頭の中で確認した。
果たして対象はそこにいるのか。翔吾は緊張を保ったまま、足音を殺して開けたエリアへと近づいていく。
ゆっくりと進み、開けたエリアから差し込む光苔の照明が作りだした、横穴の暗がりの端で翔吾は立ち止まった。
エリア正面中央部を確認する。
誰もいない。以前はここで
苦い記憶を振り払いながら右方向の奥をみる。
首筋に感じる悪寒は、
——いた。
ピャチャピチャという水音。何かを啜る、あるいは舐めているような音を翔吾は捉えた。
そのまま音の方角へと視線を移す。
光苔の光量では照らしきれないエリアの隅で、
射程内にある無防備な背中……翔吾の右手に力が入った。
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