第12話 連戦〜豚鬼
焼却処理を終えた翔吾は、静かになった洞窟の中で湖の水面に向けてスキルを放っていた。
ケモメチョ達からスキルの再確認を求められたからだ。
その確認の結果、クールタイムはほぼ無いと言っていいほどに短縮され、威力や射程、操作性も向上していた。
身体面についても、以前より明らかに力が漲っている。
「ふっ!」
翔吾が右手を押し出すと、20メートル先の水面で、水柱がふたつ上がる。
2本の槍を射出するイメージを描きその通りに放てた。
しかもかなり遠くにまで。自分でも驚くほどの結果だ。
ケモメチョ:『それぐらいでいいわ、まだ距離は伸びそう?』
「そうですね……まだ少しぐらいは伸びそうな感覚が」
翔吾がこの状況下でも、生き抜くのを諦めずにいられるのは、このスキルの成長具合によるものが大きい。
ケモメチョ:『なるほど。伸び具合をみるに、そろそろ一次上限かしら。凄いスピードの成長だけど』
スキル性能の向上は、なにも翔吾だけのものではない。
目覚めたスキルを使い出すと、一次上限と呼ばれる一時的な性能限界まで性能は向上する。
大抵のハンターは一月から半年程度の時間でそれが訪れるのだが、翔吾の場合は
通りすがりの田中:『しかし、クールタイムがほぼ無しでその性能……珍しいスキルですね』
「確かに、こんなスキルを使っているハンターを配信で見たことがないですね……」
状況に対応するのが精一杯で、自身が得たスキルの珍しさを翔吾は気にしていなかったが、言われてみれば確かにそうだと頷いた。
通りすがりの田中:『新人ウォッチャーとして、かれこれ数千人は見てきたと自負しています。ですが中村さんのスキルはかなり珍しい。完全ではありませんがほぼ不可視、そして可変する射程に形状変化。連続使用も可能。力そのものを操っているようなスキル。他のスキルはもっと限定的というか型にハマったものが多く、定量的ですし。それこそ火の玉を出したりとか、身体能力を向上させたりなどで』
「力、そのものを……」
翔吾はポツリと呟くと、手のひらに意識を集中させた。
力そのものを操る。テキストチャットに表示された言葉は、翔吾が感覚的に捉えていたスキルの使用について、より明確なイメージを与えたのだ。
可変する力。そう認識した途端、翔吾はもっとできると感じたのだ。
「こう?……いや、こうだ」
イメージしたのは投網。
今感じた可能性を形にすべく、翔吾は集中する。
細く出した無数の糸を丈夫により合わせ、重ねて編み込む。それを少し離れた魚影に向け、広げて放つ。
水面に円形の水飛沫が上がる。——手応え。
手元を返せば、スキルの網に捉えられた魚が空中に踊り出た。
手元を引き寄せれば、魚が空中を滑り、その手中に収まる。錐のように小さく伸ばしたスキルで魚の脳天を貫き手早く締めた。
イメージ次第なら、もっと他のこともできそうだと翔吾は感じた。
ケモメチョ:『すご……。一次上限とかの括りで評価していい物じゃない性能よそれ。あと翔吾。そのスキルだけど、あなたには見えているの?』
「いえ、見えてはいないというか、なんて言えばいいんだろう……半透明に近いモヤというか」
ケモメチョ:『画面越しで見る限りはほとんど透明よ、本当に注意深く見れば、時々だけど輪郭が光っているのはわかるけれど。不意をうつなら、それこそさっきの
翔吾は少し表情を歪めた。さすがにそれはまだ難しい。近づくことすら拒否感がある。あの巨体に植え付けられた恐怖は、まだ払拭できてはいない。
通りすがりの田中:『戦わねばならない状況に陥れば躊躇はできませんから覚悟はなされたほうが』
「なるべく
翔吾が口にした弱気と懇願をあざ笑うかのように、首筋へと悪寒が走った。
忌々しげな表情で向ける視線の先は天井。
黒い穴がぽっかりとあいている。
「きた……なんでだよっ」
ケモメチョ:『また?! 間隔が短くなってる!』
通りすがりの田中:『まずは安全地帯へ!』
安全地帯はすぐ後ろ。転がり込むように退避し、崩していたバリケードを大慌てで積み上げ直す。
ほぼ同じタイミングで、水面が爆ぜた音が連続して三つ。
翔吾は身を伏せ、唇を噛み息を潜めて待った。
程なくして、ばしゃばしゃと水をかき分けて近づいてくる足音が安全地帯にまで届く。
翔吾は、立ち止まらずに横穴に向かってくれと、後ろ向きな気持ちで願う。
しかし、安全地帯にさした影はピタリと止まってしまった。
何故……? と、思うと同時に一つのことに翔吾は思い至った。
匂いだ。安全地帯の前に残った匂いに反応して立ち止まったのだ。
安全地帯から匂いは殆ど漏れない。だがその周辺には魚の匂いや翔吾の匂いが残っていたのだろう。
ならばまた、
自身の肩の高さまで積んだバリケードから飛び出る、ぼやけた姿を翔吾は確認した。
そこから判断するサイズはゆうに二メートルを超えている。
心臓が、破裂しそうなほど強く鼓動を打った。
正面から戦って勝てるとは思えない。スキルが通用しなければ死ぬ。このまま立ち去るのを祈るしか——
『——戦え』
怯える翔吾の耳に、誰かが耳元で話しかけてくるような囁きがまた届いた。
『戦え』
戦う?
確かに、首筋へ感じる悪寒の強さは
迷っている間にも、複数の魔物が鼻を鳴らす音が大きくなっていく。いつ侵入されてもおかしくはない。
『戦え』
まるで、迷うなというような囁き声。
不思議と恐怖が薄れていく。
……そうだ。やるしかない。
顔をあげ闘いを選択した翔吾の目は、強い光を宿していた。
ぼやけた頭部のシルエットは三つ並ぶ。それぞれが安全地帯の前で首を上下左右にせわしなく動かしている。
フゴフゴと鼻を鳴らすような音と、潰れたように横に広がる頭部のシルエットから、おそらく
湖の方向へと手を伸ばす。三匹を同時に、一撃のもとに仕留める必要がある。そのための形が必要だ。
手から広がっていき、三匹分の幅よりも広く放射状に延ばし、その先端は鋭利な刃物。ギロチンのような刃を高速射出するイメージが固まる。
意識が遠のく寸前まで力を込めたあと、敵の姿が重なった瞬間に、翔吾は一息にスキルを放った。
バリケードが一瞬揺れ、手元にかすかな抵抗を感じる。
そして、ぼやけた眼前に広がるのは、噴出する血潮。
巨体が倒れこむ音が安全地帯に届く。
動くものがないことを確認し、翔吾はバリケードをどけて、安全地帯から顔を出した。
予想通り
服は着ておらず、武器も持っていない。
そして、資料では見たことがない灰色の体色。
大きく六つに別れた胴と腕が地面に転がっている。
むせかえるような臓物の匂いが鼻をつき、吐き気が込み上げるが、吐いている暇はない。
早く死体を処理する必要がある。きっとまた次がくる。
翔吾は手際よく火を起こしはじめた。
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