第11話 翔吾の行方 〜佐山響子視点変更あり〜


 犬鬼コボルドの死体は臭かった。


 このまま安全地帯の中に置いておくわけにはいかない。

 

 かといって湖に捨てるというのは衛生の問題がありそうだ。それに貴重な食料である鮭に、死体をついばませたくはない。


 ならば遠ざけて放置としても腐っていき、臭いは強まるばかり。臭いが横穴の先へと届いてしまえば……。


 それならどうするか。


 翔吾がたどり着いた思考……燃やして灰にするしかない、ということだった。


 翔吾はありったけの木切れを集めて火を起こした。


 吐きそうになりながらも犬鬼コボルドをスキルで切り刻んで小分けにし、火へと焚べていく。


 魔物は体の中心部にある魔核を砕かれると、肉体を維持する力が極端に弱くなるため、犬鬼コボルドが灰になっていくのは早かった。


ケモメチョ:『馴染んだというか、逞しくなったわね』


「匂いが酷かったので、仕方がなくですよ……」


 もし次もあるなら犬鬼コボルドはいやだというぐらいには臭かったと翔吾はうなだれた。


夜の主砲:『えらい! 【赤色投げ銭】スパチャ


「ありがとうございます……ところで、この頂いたお金はどこに? 俺の口座ですか?」


夜の主砲:『いえ、(株)ダンジョン資源開発の口座へと振り込まれています。そのデバイスは会社のもので登録されていますから』


ケモメチョ:『夜の主砲さんが色々と調べて、問い合わせてくれようとしているのよ。この状況を信じてもらえるように記録もつけて』


「じゃあっ! 助かるっ……いや、そうじゃない。どうやって来るんだって話だ……」


 翔吾は立ち上がってみたものの、地下533階という場所を思い出し、力なく座り込んだ。


 救助は全く期待出来ない。分かっていたつもりでも、ほんの少しでも縋れる情報があれば心は揺れる。


 翔吾は歯を食いしばって地面を見つめた。


ケモメチョ:『その……期待させるようことを言い出してごめん。だからこその出口ポータルなんだけど』


「いえ、俺もようやく救助については諦めがついてきました。皆さんが提案してくれた内容の意味も。改めて……ありがとうございます。出口ポータル探索頑張ります」


 顔を上げて答えた翔吾の声は、小さいながらも力強い響きを持っていた。


 パチパチと燃える火を、翔吾はしばらくの間見つめていた。













 午前9時30分【(株)ダンジョン資源開発】調達三課のデスクで佐山響子は苛立っていた。


 普段ならこの時間は作業員を送り出し、デスクのPCで昨日の業務日報を確認、というところだが、さっぱり集中できない。


 昨日から中村翔吾と連絡がつかないことがその原因だ。


 神崎や他の作業員に聞いても——


『知りませんよ? 中村は残業するから俺たち先に帰りましたけど』


『中村? さあ? もしかして支給装備のなにかでも壊したんじゃないですか? あいつグズだし』


『報告するのが嫌で退勤処理もせず、今頃は家じゃないですか……事故? 渋谷ダンジョンですよ課長?』


 ——と、そんな答えばかり。直属の上司である事業部長に報告しても——


『無成長の彼だろう? もしかしてをつけたんじゃないか? 残念だなぁ。また素材に偏りがでる。……そうだ、今はそっとしておいて、考える時間をあげてみてはどうだ? 作業員に復帰するまで事務方に置いてもいい。我ながらナイスアイディアだね』


 ——などとまともに聞いてもくれず、響子の苛立ちはつのるばかり。


 彼に辞めるだなんて選択肢があるとでも?


 高額な母親の入院代を稼ぐ為とはいえ、あれだけ軽んじ疎まれても耐えてきたのに、ここで投げ出すなんて考えられない。


 翔吾のことをきちんと知ろうともしない者たちへの怒りが、響子の中で込み上げる。


 ハンターやその卵など、殆どが自信過剰の勘違いした若者か、隠しきれない選民意識を恥ずかしいとも考えない者ばかりが殆ど。


 そんな環境に疲れた響子が、無成長と分かる前から謙虚、堅実な姿勢を保ち、母親のためという理由で励む翔吾の事情を知り、それを見守るうちに特別な感情を抱いたのはいつからだったか。


 彼のことをもっと知りたい、自分のことも知ってもらいたい、そう考え動きはじめた矢先のことだ。


 響子は居ても立っても居られず、自身のデバイスを取り出して、翔吾の私用デバイスへと通話を掛けた。


『🎵ーーーー。🎵ーーーー。🎵ーー。』

 

 だが、呼び出し音が続くだけ。昨日の夜からずっとこうだ。


 もしやと思い、調達三課フロア内の男子更衣室のドアのそばまで響子は移動する。


 ……バイブレーションの振動がドア越しにかすかに感じられた。


 通話を切れば振動は止み、掛け直してみると再び震える。


 響子は昨日の判断を後悔しながらデスクに戻った。


 ——出発時には焦っていたから、約束は覚えていなかったかも、それに渋谷ダンジョンだから、事故は考えにくい。


 もし、他の者たちがいうように支給装備を壊したとしたら、どれも魔素耐性加工が施され高価なので確かに帰社はしにくいだろう。


 朝にした約束も顔を合わせづらくなる要因かも……少し時間をおいてから連絡して……。


 ——言い訳のような思いを抱え帰宅するべきではなかったと、記憶を反芻しながら響子は唇を噛んだ。


 取り返しのつかないことをしてしまったのではないか……響子の胸の内で不安がうずまく。


 しかし、まだと決まったわけではない、調べるべきことはある。と考える響子へ、不意に事務員が声をかけてきた。


「佐山課長ー。課長宛てでお電話です。2番でお願いします」


「——っ、ええ……どちらから?」


「遠藤重工の早川さんと名乗られました。お知り合いですか?」


「覚えはないけど……とりあえず出てみます」


 運行バスには乗車記録が残る。あと五分もすれば、昨日のデータが更新されて閲覧出来るのに。


 翔吾の足取りを追えるかもと思ったところでの電話。しかも相手はあの


(簡単な用件ならいいのだけれど……)


 響子は深呼吸をしてから電話にでた。


「はい。お電話かわりました。ダンジョン資源開発、調達三課、佐山です」

 

『はじめまして。遠藤重工開発部の早川と申します。本題から入りますが、中村翔吾さんは、そちらで勤務されている方で間違いありませんでしょうか』


 響子は聞き覚えのない男の第一声で、セミロングの髪が乱れるほどの勢いで立ち上がった。


 あまりにも作為的なタイミングだ。


「何かご存知なのですかっ!」


『これは良い反応で。いきなりですね。見捨てられているというわけではなさそうで、安心しました』


「み、見捨てるっ? 一体なにを!」


『お静かに。彼は無事です。確認もできますから。落ち着いて聞いてください』


「まさか事故……彼は無事なのっ?!」


『どう話せば信じてもらえるのか……。まさか渋谷ダンジョンでとは、想像もできないので仕方がないことではありますが』

 

「……?失礼ですが、何をお話になられて……それより、中村くんは無事なんですね?」


 響子は進みの悪い話にヤキモキしながらも、声を抑えて椅子へと座った。周りの視線が集まっている。


『佐山さん。勤務時間中に申し訳ありませんが、私用のメールアドレスを教えて頂けませんか? もちろん捨てアドでも結構です。話すよりも見て頂きたいものがありますから』


「……見せたいもの?」


『メールに動画URLを記載致します』


「……わかりました。s_kyoko@d42mmdjaj.com……ええそうです。それであっています」


『今、メールを送りました。件名は空白です。信じてもらえないかもしれませんが、動画はです。まずは貴女だけで確認を。ご覧頂けましたら、併記しております番号まで連絡をお願い致します』


 眉をひそめつつ電話をきると、響子は席を立ち上がって女子更衣室へと向かった。


 休憩時間ではないので、更衣室には誰もいない。私用デバイスをロッカーから取り出しメールアプリのアイコンをタップする。


 未読8件。件名がないメール……あった。差出人のアドレスは意味不明の文字の羅列。捨てアドレスだろう。


 電話で聞いた通り動画URLが記載されている。それと電話番号の記載も。


 WDウォッチデバイスをはじめ、ダンジョン産出物を製品加工する技術を日本で初めて確立させた超巨大企業。


 そこに所属すると自称するものからの連絡。


 普段なら悪戯と判断して取り合わないが、翔吾のことに繋がる手掛かりかもしれない。


 響子が緊張感に震える指でスマホを操作しURLをタップすると、動画の再生が始まった。


「見たことない動画サイトね……始まった……地下533階……なにかしらこれ? 変な配信画面——中村くんっ!?」


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