第9話 食欲〜スキル成長


 翔吾は安全地帯の中、ガツガツと音がしそうな勢いで、鮭に似た魚の姿焼きを食べていた。


 無性に腹が減っているせいで、夢中で齧り付いている。


 スキルの連続使用により体内の魔素濃度が低下すると現れる症状の一つだ。


 スキルを使うたび、威力や範囲の拡大や精度の向上が見られたのでやめ時が分からず、気づけば翔吾は仕留めた魚をじっと見つめ、そのまま齧りつきそうになるほどの空腹具合となってしまっていた。


 放っておけばじきに収まる症状ではあるが、翔吾は我慢が出来なかった。


 テキストチャット枠に書かれた『せめて火を通せ』という注意喚起が無ければそのまま生で食べようとしていただろう。


「う、うっ、うまぁ……」


 程よく焼けた皮目の味わいに、翔吾は魚を焼くための火おこしの苦労が報われたと思った。


 湖岸に散らばる枯れ木を集め、緊急キットとして持っていた火付け棒での火おこしを試みたのだが、なかなか火がついてくれなかったのだ。


 テキストチャット枠に書き連ねられた様々な火おこしのコツや、焦らず落ち着いてという言葉がなければ、翔吾一人ではこの短時間でご馳走にありつくことなどできはしなかっただろう。


「ふぅ……あれ。なんか涙出てきた。みなさん、本当にありがとうございます」


ケモメチョ:『そんなよく分からない場所の生魚でも、構わずに食べそうな様子だったから、こっちも必死で調べたわよ。それにしても上手くスキルを使って獲って調理まで、お見事ね』


「それは……その」


 翔吾は少し恥ずかしそうに頭をかいた。


 スキルが最も自在な変化を見せたのが魚の捕獲と調理だったからだ。


 手のひらから放つだけだったスキルを留め、伸ばし突き刺す。


 だけでなく魚が逃げないように先端には返しまでついた銛へと変化させての捕獲だ。


 スキルに刃物の鋭さを持たせ、内蔵も綺麗に抜き取り処理した。


 そして、焼きあげるための網も串もないので、スキルを網状にして魚を包み、焚き火の上で焼くという技まで。


「あまりにもお腹が減っていて……」


 食べ物が絡むことでスキルがの操作が急激に向上したということに、翔吾はなんともいえない恥ずかしさを感じていた。


夜の主砲:『魚の種類が過去にダンジョンで発見され、焼けば食べられると分かっているものと同種で良かったですね。まあ、それでもギャンブル要素はありましたが。ところで味はどうでしたか? ダンジョンのものは魔素耐性持ちしか食べられないので、一度伺いたかったのです。ハンターたちはあまりそういった配信はしてくれませんから』


 配信で人気があるのは、やはり派手な魔物討伐だ。調理などのジャンルもあるが魔素耐性を持つものしか食べることができないものへの興味は薄く、視聴者数が伸びることはほんとどない。


 配信で稼ぐには戦闘で集客しスパチャ。それ以外なら希少素材収集と稼ぎ方はある程度決まっている。


「味は……普通に鮭ですね。塩気がないので味は少し薄く、大きさの割には脂もそこまでない感じですけど、今は逆に素材の味が感じられてとにかく美味いです」

 

夜の主砲:『おお、良いですね、そういうリアルな回答を聞きたかったので』

 

通りすがりの田中:『ひとまずの食料も得たことですし、少しだけ休まれては如何がかな? 休息は大事です』


ケモメチョ:『同意ね』


「そうします……」


 逆らう理由もない。なにより腹が満ちてくると、抗いようがない眠気が襲ってきた。


 翔吾はバックパックを枕にし地面に寝そべった。


 安全地帯は不可視ではあるが不可侵ではないので、無警戒で寝る訳ではない。


 万が一のことを考え、スキルで切り出した石を組み上げて、入口にはバリケードを設けた。崩れれば大きな音がなって目が覚めるはずという一応の保険もかけた。


 地面はスキルでならしたおかげか、意外と心地よい。疲れ切っていた翔吾は程なく眠りへと落ちた。







ケモメチョ:『どうにか一晩生き延びれそうね』


 時刻は午後23時。安全地帯、翔吾が眠る窪みの壁面にテキストチャット枠が映し出される。


 湖の周辺は幸いにも温度が高く、凍死の心配はあまりない。何もなければこのまま朝まで翔吾は眠れる筈だ。


通りすがりの田中:『次は出口ポータルの発見が目標となりますが、黒鬼ブラックオーガとの遭遇が怖いところです』


夜の主砲:『テスト【赤色投げ銭】スパチャ


ケモメチョ:→夜の主砲『……もしかしてだけど、外部へのアクセスを探ろうとしているの?』


夜の主砲:→ケモメチョ『そうです。ハンター登録が済んでいないのに、配信は投げ銭可能な設定だったので』


通りすがりの田中:『なるほど。意味がある行動だったのですね』


夜の主砲:『通報以外でわたしにできることはないかと考えまして』


 管理局への通報はもう意味がなかった。それどころか渋谷ダンジョンで働いていた作業員が、その地下533階にいるという内容はイタズラだと判断され、配信自体を停止される恐れすらある。


 一般視聴者たちへ拡散しても、まず捏造を疑われるだろう。


 作業員に支給されるWDウォッチデバイスの画角は狭く、限定的な状況しか把握できないので、捏造しましたといっているような映像だからだ。


 地下533階という怪しい表記がなく、ドローン配信だったならば、映像も俯瞰となり、捏造できる規模のものではないと判断されもするだろうが。


ケモメチョ:『それで、どうなの? 出金記録や送金先は? 返金された?』


夜の主砲:『送金先はさっきわかりました。【(株)ダンジョン資源開発】ですね。翔吾さんの説明と一致します。業務時間外で電話は繋がりませんでしたので、明日の朝に問い合わせてみようと思います。作業員が一人行方不明になっているのですから話は聞くでしょう。……おそらくですが』


 作業員は金の卵である。無成長といえど、行方不明ともなれば損失は大きい。録画と合わせて説明すれば管理局とはまた違う対応が期待できるはずだ。


 あくまで期待であるが。


ケモメチョ:『分かった。ここからはどうする? 朝の六時ぐらいまで、二時間毎の交代で張りつくとかで、わたしたちも順次休憩とかどうかしら』 


通りすがりの田中:『年寄りは朝が早いので最後を希望します』


夜の主砲:『真ん中はわたしが』


ケモメチョ:→夜の主砲『ありがとう。お言葉に甘えるわ。捨てアドで申し訳ないけど、何かあったらここに連絡して』


 ケモメチョたちが互いの連絡先を記載し終えると、テキストチャットはその動きを止めた。


 ときおり、魚が跳ねる音がちゃぷんと響くが、翔吾は身動きもせず泥のように眠り続けていた。


 が、この一時の安息は不意に破られた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る