第8話 スキル性能


 足音が消えた後、翔吾は慎重に窪みから顔を出し、黒鬼ブラックオーガが去っていった横穴の方角を確認した。


 どうやら戻ってくる様子はない。


「……もう大丈夫です」


 息を整えながら安全地帯へ戻り、翔吾はWDウォッチデバイスへと語りかけた。


ケモメチョ:『黒鬼ブラックオーガ……。天井に空いた穴。さっぱりわからないけど、翔吾があい変わらず不味い状況なのがはっきりしたわね』


夜の主砲:『ダンジョン地下40階あたりから出現傾向あり。通称、中級者殺し』


通りすがりの田中:『戦闘系スキルを持つハンターの殆どがつまずく壁ですね。それに普通よりも少し大きく、体色もやや色褪せているような』


「ここから、どうすれば……」


ケモメチョ:『残念だけど、そこで救助を待つのが正解と言えないのよね……』


 WDウォッチデバイスの表示は地下533階のまま。


 ……人類が到達できたのは地下108階まで。


 ダンジョンは電波を通す性質を持つといえども、経路がわからない場所に救助が来ると考えるのは少しではなく無理がある。


 それならば、安全地帯を拠点に脱出手段である出口ポータルを探す方がよほど現実的だ。


「管理局はまだ俺のことを把握していないのでしょうね」


ケモメチョ:『おそらく……。ただこの状況、さっきもいったけれど、把握して対応したからってあまり良い方向に行くとは思えないのよ』


夜の主砲:『我々がついています!【黄色投げ銭】スパチャ


通りすがりの田中:『今はまだ周辺の把握やスキルの確認に努めましょう。黒鬼ブラックオーガが戻ってこないかを注意しながらですが』


 翔吾は僅かに期待していた救助のことは一旦諦めて、気持ちを切り替えた。


「……はい。まずはスキルを調べます」


 短く返事を返す。状況は良くないが一人きりで考えなくて済むのは、随分と助かっている。


 少しだけ握り込んだ拳に、あの時の感覚が感じられているのも、心を素早く立て直す助けともなっていた。


 小鬼ゴブリンを倒したこの力をちゃんと扱えればあるいは……。


 翔吾の顔つきは、此処に来た時よりも明らかに、鋭いものへと変化していた。







「何もない。かけらもない……」


 翔吾は壁面に空いた拳大の穴を覗き込んだ。


 円筒型に伸びた穴は深さ三十センチほど。内面はでこぼこしていて滑らかではない。


 発動方法と効果を調べるために壁面に向けてスキルを使用した結果だ。


 既に試すこと8回目で壁面は穴だらけである。スキル発動も、特に難しいということもなく、念じるだけで自分の意思に応えるように発動した。


「どういうことだろう?」


 抉れた穴には砂つぶや岩の欠片すらない。自身のスキルが起こした事象だとわかるが、なぜそうなるのか理屈が良く分からなかった。


通りすがりの田中:『ハンターのスキルはそれこそ王道から邪道まで見たと自負するわたしでも、見たことがないスキルです。まるで空間ごと削り取っているように見えますね』


ケモメチョ:『近いものならトップ層のハンターが持つスキルで【貫通】という有名なのがあるけれど。あれはあくまで武器の性質を強化した結果のものだし……』


夜の主砲:『いまはスキルの種類を論じるのではなく、どう使えるのかではありませんか?』


ケモメチョ:『それはそうね。翔吾、クールタイムがあけたら次は、難しいけど水面下の魚に向けて試してくれる?』


「やってみます」


 スキルはクールタイムと呼ばれる待ち時間が存在し、使用するたび短縮されることが知られている。


 翔吾のスキルは、最初の一撃から次まではしばし時間が掛かったが、それ以降は使うたび短縮され、現在では2分程立てばスキルの再使用が可能となっていた。


 一度目は全力で放ったせいで気絶したので、放つ力の強さや、そこからの体の回復具合も調べながらの試行である。


 絶望的な状況下だが、無成長の自分では叶わないと思っていた、スキルを得ること、その力を伸ばすこと。その事実は翔吾を前に向かせ、疲れや恐怖を抑え込んでいた。


「始めます」


 リクエストに応えるため、翔吾は湖岸へと近づき静かにしゃがんだ。


 魚影は濃く、両手に収まらないサイズの魚が近づいてきた。捕食者がいないせいなのか警戒心が薄い。


 ゆっくりと手を伸ばし、1メートル先で横腹をみせた魚——(この距離なら届く)


 翔吾は直感に従いスキルを放つ。


 パシャッァと、水しぶきが立ち上がると、頭と体、二つに別れた魚がプカリと浮かび、岸へと流れてきた。


 翔吾はその二つを拾い上げ安全地帯へと移動する。手に持つそれは鮭によく似た姿をしていた。


ケモメチョ:『翔吾、気づいた?』


「気づいた?」


通りすがりの田中:『魚の断面をよくご覧に』


「……あっ。けっこうきれいな断面だ」


 これまで、壁面へとスキルを放った場合の内面は、でこぼことしたものだった。


 だが、この魚の断面は比較的鋭利なもので切られたような跡を残している。


ケモメチョ:『距離が離れたのを補うようにスキルが変化したのね。もっと意識すれば効果範囲も自在に変えられると思う。しかも、スキルをできない。地味だけど、もしかすると戦闘系スキルとしてはとんでもなくかも』


夜の主砲:『お見事! 【黄色投げ銭スパチャ】』


「ありがとうございます」


通りすがりの田中:『遠くに届かせるために細く伸びた。結果、収束したことで鋭利になったということですかな?』


「もう一度やってみます」


ケモメチョ:『クールタイムは? まだ縮むの?』


 すぐに動き出した翔吾への問いだ。


「実はさっきのやつは、出力を抑えるような使い方が出来そうな感触があったので、試してみたんです。それの影響なのか、スキルを使った後の脱力感がそれほどなくて、さっきよりも早くに使えそうで」


ケモメチョ:『この短時間で凄いわね。しかも結構な回数使っているのに、まだ撃てる。コスパが良いのか、それとも翔吾の体内魔素量か魔素吸収効率か……』


 翔吾は壁面のチャットテキストから視線を切って、安全地帯を出て湖岸へ向かい、淵にしゃがみ込む。


 ついさっき一匹仕留められたというのに魚の警戒心はいまだに薄く、逃げていく様子はなかった。


 翔吾はしゃがみ込んだまま、右手を伸ばす。


 より遠くへ届くように。


 心臓から放たれる熱が手のひらへ。拳大でそのまま放つのではなく、指一本分のサイズへと変化するようイメージする。


 もっと薄くしたいが、今はこれ以上には出来そうにない感覚を翔吾は感じた。


 目標の魚までは約2メートル。さっきの倍以上だが届く。直感的にそうだとわかる。


 薄く息を吐き、翔吾はスキルを使用した。


 今度は先程とは違い、水しぶきは殆ど起きない。


 変わりに、さっきよりも鋭利な断面を持つ、二つに別れた魚が、水面にプカリと浮かんだ。

 


 

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