第5話 スキルの発現


 小鬼ゴブリンは翔吾に近寄ると、頭を右手で鷲掴みにして、引っこ抜くように立たせた。


「やめろっ! やめてくれっ!」


 頭を掴む手を、翔吾は必死になって剥がそうとするが、微動だにしない。


 小鬼ゴブリンの左手が、ゆっくりと翔吾の右腿に刺さったナイフに触れる。


「ああああっ!」


 ゴブリンの顔が近づき、生暖かい吐息が翔吾の耳にかかった。


 そして、ナイフが乱雑に引き抜かれ——


「——ぎゃあああぁぁっ!」


 耳の奥でブチリと音が鳴り、翔吾の視界がチカチカと明滅する。


『グゲギャッッ』


 小鬼ゴブリンは翔吾に見せつけるようにして、ナイフを舌で舐めずった。


『スキルを獲得しました。周囲への影響が出る前に、即時帰還し、所定の検査を受けて下さい』


 WDウォッチデバイスから翔吾の状態とその処置を報告する音声が響く。


『心拍数、血圧共に上昇。波長検知。スキル発動の恐れがあります。周辺の作業者は現地点から十メートル以上退避して下さい』


 経験したことのない痛みに、意識を散り散りに飛ばしながらも、翔吾の耳はかろうじてそれを拾った。

 

 生き残るための情報。スキル。無成長の自分には得られるはずのないもの。


 だが、ここはそもそも信じようもない533階。見たこともない魔物。生き残るためには——


『——戦え』。


 戦う、スキルで戦う。背中を押す、囁くような声は幻聴とは思えない程、はっきりと翔吾の耳に届いた。


 自分のものではない声、誰のものなのかなどは分からないし、考える余裕も翔吾にはない。


 『戦え』


 『戦え』


 『戦え』


 囁きは重なるたびに大きくなり、翔吾の頭を満たしていた恐怖を薄れさせていく。


 翔吾の手はいつのまにか小鬼ゴブリンの手を離し、その手のひらは小鬼ゴブリンの胸に向けられていた。


 作業員講習で受けた内容は覚えている。それこそ誰よりも真面目に真剣に受講したのだ。これで母親を病から助けられると。


 ——『戦え』。


 また囁き声。そうだ。戦わないとここで死ぬ。


『波長検知。スキル発動の兆候があります。周辺の作業員は退避して下さい』


 スキル。


 その発動方法は個人差があれど共通するのは強い思い。願いともいえようか。


 念じる。スキルが覚醒したならそれだけで発動すると教えられた。


 体や武器の強化、ゲームやアニメでみる魔法のような能力。


 どんなスキルが得られるか分からない。だが戦闘に有益なものなら。


 翔吾は生き残るためのスキルが発動することを強く願った。


「こ、こいつを、た、倒して、か、かえ、るんだっ……! 故障じゃないならっ! スキルをっ! 俺にスキルをっっぁぁぁああああ!」


 決意と共に、熱を帯びた力の奔流が翔吾の心臓からあふれ、血管を通り全身を駆け巡る。


 手のひらから塊が飛び出るような感覚をそのまま解き放ち——翔吾は意識を失った。


「……グギャ?」


 そして、胸にを開けた小鬼ゴブリンは首を傾げ、不思議そうな表情のまま、バタリと仰向けに倒れた。


 翔吾は小鬼ゴブリンがクッションとなり、それほどダメージを負わず倒れこんだが、白目をむいたまま起き上がらない。



 訪れた静寂。かすかな風音だけが続くと思われた10秒後。



 翔吾の腕に着けられた、WDウォッチデバイスの操作パネルの端から光が照射され、洞窟内の岩壁へとスクリーンを映し出した。


◾️ハンターへのコメントをどうぞ 

 視聴者数3 地下533階


ケモメチョ:『え? コメントできるんだけど? 困惑。同接3……。てか、死んでないよね?』


通りすがりの田中:『映像配信が続いていますから、死んではおられませんね。心肺停止の場合WDが配信を停止させるでしょうし。それにしてもこの状況……という可能性もありますが』


ケモメチョ:『このリアルさ……やらせとかは考えにくいのよね。でも533階。いくらダンジョンが電波が届いたり、物理法則が捻じ曲がったりする不可解な場所だからとしても、ネタすぎる階層だし……判断に困る』


通りすがりの田中:『反ダンジョン派の工作である可能性は考えられませんか?』


夜の主砲:『反ダンジョン派なら、もっと人を巻き込むような大々的なテロを行い、状況をリアルタイムに喧伝するかと。今のところ、そういったものは何も出ていません』


通りすがりの田中:『確かに。いつもの彼らの手口とは違いますね』


ケモメチョ:『誰か録画取ってる?』


通りすがりの田中:『しっかりと録画しておりますよ。どう考えても特殊な事象が起こっていますので』


ケモメチョ:『救難報告はさっき試してみたんだけど無理だった』


夜の主砲:『報告しました』


ケモメチョ:『→夜の主砲

嘘つかないで。ネット経由の通報は階層指定報告欄が108までしかないのよ? 試したけど、そこを入力しなきゃそもそも受け付けてくれないのに。それともダンジョン管理局に直接電話でもしたの?』


夜の主砲:『嘘をつきました。ふざけました。ごめんなさい』


通りすがりの田中:夜の主砲→『面白い方で吹き出してしまいました』


ケモメチョ:『もういいわ。ていうかこれなんなの?』


通りすがりの田中:『わかりません。新着配信を漁っていたらたまたま見つけましてね。あなた方も同じでは? よくご一緒するお名前ですしね』


ケモメチョ:『そうだけどさ。配信タイトルは緊急救命信号で配信者名もないし、ドローンカメラもなくてWDウォッチデバイスで生配信よ? 仮免講習とかのテスト配信用の、さらにテスト配信とかで確定だし、覗いてみたら視点もブレブレで何がなんだがだし。よく続けて見る気になったわね』


通りすがりの田中:『ブーメランという言葉を知ご存知でしょうか?』


夜主砲:『オーストラリア先住民族アボリジニの狩猟道具』


通りすがりの田中:→夜の主砲

『気のあいそうな面白い御仁であられる』


通りすがりの田中:『さて長文失礼。一旦、みなさんの見たものを擦り合わせたい。わたしの見解だと、ハンターでもない冴えない外見の作業員が突然、無装備、無配慮の配信を始め、薄暗い洞窟を走り、小鬼ゴブリンらしきものに殺されかけて、なんだか良くわからないスキルらしきもので生き残った。あとコメントができるようになったのはデバイスがハンターとして作業員を認識したからではと推察致します』


ケモメチョ:『まあ妥当な推測だし、同じ考えよ。小鬼ゴブリンよりオーガかしらあれ?』


夜の主砲:『あれは灰小鬼グレイゴブリンですね』


ケモメチョ:『なにそれ。初めて聞いた』


夜の主砲:『合衆国の現最下層108階で出現が確認されたといわれる未発表の新種の魔物です』


ケモメチョ:『嘘よね? 未発表の新種とか国家機密レベルだし。新着配信漁ってるような暇な趣味人が知ってていい話じゃないわよ?』

 

通りすがりの田中:『暇な趣味人……それもまたブーメラン』


ケモメチョ:『うるさいわね。ねえ、それよりどうする? 拡散する? というよりもうしてる?』


通りすがりの田中:『いえ、まだしておりません。これがだった場合、どう見ても作業員な彼へ、アドバイスできる存在が必要でしょうから。不特定多数が視聴すればチャット枠はただの落書きと成り果てますしね』


ケモメチョ:『わたしも、はもう本物だと思ってる。魔素中毒が起こってないのが気にはなっているけど。あとダンジョン管理局には報告しない方がいいかもね。イタズラだと判断されたら配信停止もあるだろうし』


夜の主砲:『他の新着配信に流されてしまったので、地下533階で検索しない限り新規の見込みはなさそうです。どうやら拡散しない限り、我々だけが彼の結末を見ることになりそうですよ。【黄色投げ銭スパチャ】』


通りすがりの田中:『ストレージ容量が埋まる限界までは録画を続けます。ログも残すので発言等々は良く考えて頂ければと。夜の主砲さんは……まあ』


ケモメチョ:『ねえ、画面動いたよ。起きると思う』

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