第20話

 いま探偵の少女クロエは、村の中心部から出口へ向かう道を、背中をまるめて歩いています。

 最初、このリトル・ハダムにきたときは、牧歌的で暖かい村だな、と思いました。

 でも、いまはこの村のすべてが、寒々として見えます。

 やさしい色だと思っていた家々の外壁は、いまは暗い川の底のような色に見えます。道の敷石は、雨に濡れて朽ちた麦粒に見えます。


 少女は、寒秋の雨雲のような表情で、ただただ道を進みます。


 道の脇に、3人の女性が立っていました。村の主婦たちでしょう。女性たちは、なにやらひそひそ話をしていました。

 主婦のひとりが、クロエの方をちらっとみました。主婦が話すのが聞こえました。


「あれよ、探偵だかっていうのは。あの小娘のせいで、コートニーさんは逮捕されたらしいわよ」


 別の女性が言います。


「ひとの村にきてこそこそして、余計なことまでして、本当に迷惑よね」


 クロエは、わたしには何も聞こえていない、と自らに言い聞かせます。


 村の主婦たちの冷たい視線が、針のように体に突き刺さるのを感じながら、少女は道を進みます。


 そのときでした。


 足元に、石が飛んできました。石は、自分の後ろから飛んできたものだと、すぐにわかりました。

 少女は反射的に振り返ります。

 いつかの夜に、小道の入口で、ポーカーをしていた4人の子供たちでした。

 こどもたちの顔には、怒りの表情が浮かんでおり、全員が手に、石を握っていました。


 ハンチング帽をかぶった少年が、クロエに向かって叫ぶように言いました。


「おまえのせいだ! おまえのせいで、コートニー先生は警察に連れていかれたんだ!」


 そう言うと、クロエに向かって思いっきり石を投げました。


 勢いよく飛んできた石は、クロエの体を横切りました。


 こんどは、ベストを着た少年が、石をうえに大きく掲げながら言います。


「このまま、コートニー先生が戻ってこなかったら、どうしてくれるんだよ!?」


 少年は石を力強く投げます。


 こんどは、石はクロエの腕に当たりました。


「痛た!」


 クロエは、痛みでよろけました。


 子供たちは、つぎつぎに石を投げてきます。


「コートニー先生を返せ! このよそ者!」


 勢いよく飛んでくる石は、体のあちらこちらにぶつかります。

 

 逃げなきゃ!


 クロエが向きを変え、走りだしたときです。痛みでバランスのくずれた足が、飛び出た敷石につまずきました。

 クロエは、勢いよく前へ倒れこみます。

 全身を、強く地面に打ち付けました。


 きゃ!


 少女が道端に倒れこんでいる間も、石の雨はやむことがありません。


 クロエは、なんとか態勢を立て直そうとしますが、体のあちこちに石がぶつかり、痛みで思うようにうごけません。


「この、卑劣なよそ者! コートニー先生は、今ごろもっとつらい目にあってるんだぞ!」


 子供たちは、狂ったように叫んでいます。


 探偵の少女は、背中にぶつかる石の痛みを感じながらも、なんとか体を起こして立ち上がります。


「おもいしれ! 厄介者のばか探偵!」


 子供たちの一斉攻撃のなか、少女は馬車が待つリトル・ハダム入口をめざして、人生でこれほど必死で走ったことはない、と思えるほど全力で疾走しました。

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