第21話
子供たちから、容赦なき石つぶての猛攻撃を浴びせられた日の、翌日のこと。
『ガーネット探偵事務所』のなかで、少女クロエ・ガーネットは、混乱の大声を上げました。
「ない! ない! ブローチがない!」
そうです。襟に付けていた黄金の羽のブローチが無くなっていたのです。
クロエは、沈没する船の乗客のようにパニックに陥っています。
ブローチはどこ!? いったいどこにいったの!?
頭が水車のようにぐるぐると回っているとき、はっとしました。
そうだ! 昨日、子供たちに石をぶつけられて転んだときにブローチがゆるんで、どこかで落ちたんだわ!
クロエは、がっくりと肩を落とします。
ああ……どうしよう……アークエットさんからもらった、大切なブローチなのに……。
ふらふらと、執務机の椅子に座ります。
よどんだ目で天井を見上げ、心は絶望のなかにどっぷりと浸かります。
……素敵なブローチ……大切なブローチ……。
長い間、クロエは魂のないカカシよりも力なく、ただただ椅子に小さな背中をあずけていました。
探偵事務所のドアが開きました。ドアチャイムが鳴り、よく知った顔の人物が入ってきました。
ウィル少年です。
「どうも、クロエさん」
クロエはかすれた声で返事をします。
「……こんにちは、ウィル……」
ウィル少年は、ぐったりしたクロエの様子にはお構いなし、といったふうに、接客用のソファに座りました。
「クロエさん、こっちに来てくれないかい」
クロエは接客テーブルの前の椅子に移動し、弱々しく腰を降ろしました。
「……どうしたの?」
クロエは、まだ絶望から這いあがれない中で、少年の顔を見ました。
少年は真剣な顔つきでした。
少年は、ほつれだらけのベストの内ポケットに手を潜り込ませ、何かを取り出しました。それは、じゃりんじゃりんと金属音が鳴る、綿のきんちゃく袋でした。
少年は、汚れたきんちゃく袋をがしゃりとテーブルの上に置きました。
クロエは聞きます。
「それは何?」
「ペンス硬貨、15枚だよ。報酬の後金さ」
ずっと呆然としていたクロエですが、ここで突然目が覚めました。
「どういうこと? 調査は、まだ終わってないわよ」
ウィル少年の顔は、よりいっそう真剣になります。
「ぼく、昨日、子供たちがクロエさんに罵声を浴びせながら、石を投げているのを見たよ」
ウィル少年は、じっとクロエの瞳を見つめます。
「あんな辛い目にあってまで、調査してほしくない」
「ウィル、わたしなら平気――」
少年はクロエの言葉をさえぎりました。
「もう終わりにしよう。あんな嫌な目にあってまで、事件を解決してほしいとは思わない。もう終わりだ。頼むよ」
なぜだか、クロエは何も言えず、何もできません。
ウィル少年が立ち上がりました。
少年は、無理な作り笑いをし、不自然な明るい声をだします。
「じゃ、クロエさん、ぼくはもう行くよ! リトル・ハダムに来ることがあったら、ぼくの家に寄っておくれよ! それじゃ、またそのうちね!」
少年はクロエに背を向けます。
ウィルが心のなかでは泣いていることを、クロエはよく分かっていました。
でも、クロエは口を開くことも、立ち上がってウィルを止めることもできませんでした……。
少年は、扉をひらいて、出ていきました……。
琥珀の王国の探偵少女 武田瑞穂 @CosmicMirror
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