第18話

 クロエはベッドの上で、糸の切れた操り人形のようにぐったりと横たわり、天井の木目を見つめます。

 その夜は、木目は弦の切れたバイオリンに見えました。

 

 少女の心の中では、疑問が湧き水のようにあふれ出ています。


 なぜ、手紙の主は自分でサファイアを盗まずに、コートニー氏に盗ませたの? わざわざ共犯者を作るより、自分1人で窃盗を完結させたほうが、リスクは少ないはず。


 そして、男はどうして空き家に現れなかった? ただただコートニー氏に宝石を与えて、なんのとくが?


 男は貧しいコートニー氏に同情する何者かで、手の込んだ立ち回りをした?

 いや、それなら、男が自分でサファイアを盗み出し、コートニー氏の郵便受けかなにかに宝石を放り込んでおけば、いいだけの話……。


 クロエの思考は、車輪がゆがんだ自転車のようにあっちへ行き、こっちへ行きをし、少しもまとまりません。


 やがて考えは、別な方向へ進んでいきます。


 そもそも、コートニー氏がサファイアを盗んだことと、彫像が持ち去られたことは関係があるの?


 クロエは頭の中が、くたくたになりました。


 あー! もう分かんない! なにが、どうなってるの!?


 少女はうつ伏せになり、枕に顔を深くうずめます。

 しばらくの間、ただただ深く呼吸をします。

 気持ちは、少し落ち着きました。


 とりあえず明日は、4番地空き家に行ってみよう……。






 4番地空き家は、この村では珍しく、灰色のレンガでできていました。空き家にしてはまだまだ建付けが悪くなっていないドアを開け、誰に気をつかうでもなく、つかつかと中に入り込みました。

 家に入るまえから想像はできていたことですが、鼻をつくようなカビの匂いが強いです。とうぜん、照明のひかりはありません。あまり日当たりの良い家ではなく、窓からはうっすらとした外のひかりが入り込むだけです。

 以前、ここにどのような人が住んでいたのかはわかりません。部屋の中にある物品は平凡なものばかりです。

 革が破れて、綿がぼろぼろとあふれ出ている椅子。脚にびっしりと蜘蛛の巣が張られているテーブル。そしてその上に乗る、やはり蜘蛛の巣だらけのロウソク台。陶製の皿も、調理器具も、鉄の桶も何もない、食器棚。鏡が痛ましいほどに割れている、化粧台。


 クロエは、床を見ます。灰色の埃だらけの床には、足跡があります。足跡は人、ひとり分です。

 その足跡がコートニー氏のものであることは、考えるまでもありません。

 少女は、ゆっくりと慎重に移動します。コートニー氏以外の人物が残した足跡はないか、ということに意識を集中させます。

 家の中を、時計回りに進みます。出発地点に戻ったところで、こんどは中央に移動します。

 

 いくら注意して床の上を調べても、そこにあるのは、コートニー氏と自分の足跡だけ……。

 ここしばらくの間に、コートニー氏以外の人間が、この空き家に入ったことを物語る痕跡は、皆無でした。


 今日は、村にはそう長くいないつもりだったので、馬車の御者には村の入口で待機してもらっています。

 いつまでも御者を待たせておくわけにはいきません。

 

 クロエは、なんでもいいから空き家の中に手がかりはないかと、必死で頭を回転させます。


……だめでした……。


 行き詰りかけている調査……目の前に現れてくれない手がかり……答えの出ない謎……。

 

 空き家の中の薄暗く冷えた空気に支配されるかのように、クロエの胸の中は、底なしの闇に包まれます。

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