第15話
クロエが住む街にある、ケニントン警察署の広い署内は、いつも警部たちや巡査たちが忙しく動き回ったり大声で話をしたりしていて、落ち着くことが一時もありません。
壁紙の張られていない赤黒いレンガの壁が、署内に重厚感をもたらしています。
警察署内のほぼ全員がパイプや紙煙草を吸うのでしょう、署内の空気は秋の霧のように曇っています。
岩のように頑強で、聖者のように知慮深い人物、ビル・ダグラス警部の席の向かいに、クロエ・ガーネットは座っています。
ビル・ダグラス警部は、聖人の目と古代騎士の目を合わせたような瞳を有する40代の男性です。ビル・ダグラス警部のオオカミの長のように力強く知的な顔を、クロエはしっかりと見ています。
クロエは、いま調査している案件の全容を、ダグラス警部に話していました。
ウィル少年が依頼にやってきたときからはじまり、女性教師コートニー氏が、指の大怪我で、夜中に診療所に駆け込んだところまで……。
「ダグラス警部、まだ話しは続くんですが、お忙しいところ、大丈夫ですか?」
ダグラス警部はチェロのような、なめらかかつ低く響く声で言います。
「いやいや遠慮はいらないよ、クロエ。さあ、傾聴しているから、話しを続けて」
「ありがとうございます。それで、医師パトリック先生の話しだと、教師コートニー氏が診療所に駆け込んだのは、8日の0時頃だったそうです」
クロエは、肩さげ鞄から、コートニー氏の家でくすねた欠けたノミを取り出し、ダグラス警部に見せます。
「コートニー氏は、このノミで怪我をしたんです」
クロエは、こんどは、鞄から小さな麻の袋をとりだし、そのなかから、広場で拾った〝金属の破片A〟を取り出します。
ダグラス警部の目の前に、ノミと破片をもっていきます。
「この破片は、井戸の広場で拾ったものなんですが……」
そう言いながら、ノミの欠けた部分に、金属の破片を近づけます。広場で拾った破片は、ノミの欠けた部分に、ぴったりとくっつきました。
「みての通りです。わたしが広場で拾った破片は、コートニー氏のノミから割れ落ちたものです」
ダグラス警部は言います。
「なるほど。つまり、教師コートニー氏は、7日の22時から8日の0時にかけて、井戸の広場で何かをするためにノミを使った。そのときに、自分の手を切ってしまった。そして、その日、彫像がなくなった。そういうことだね?」
「その通りです」
そこでクロエの声は、少し小さくなります。
「ダグラス警部、これはとてもスケールの小さい事件だっていうことは、よくわかっています。それに、リトル・ハダムの村が、この署の管轄外だっていうこともわかってます。でも、ここから先は、わたしひとりじゃ、どうにもならないんです」
ダグラス警部は、右の眉を少しあげます。
「コートニー氏を連行してほしいと?」
少女は、やや弱々しい口調で言います。
「そうなんです。無理な話ですか?」
ダグラス警部は、知的な瞳を上に向け、あごを軽く撫でます。
「そうだね、わたしはきみの父さん、アンドリューの頼みごとは、よくきいてきた。アンドリューが手がける事件の犯人を連行したり、法的な強制力がないと立ち入れない場所にアンドリューを連れて行ったり。なのに、きみの頼みごとには耳を貸さない、などということができるかね?」
少女は瞳を夜空の星のように輝かせます。
「じゃあ、協力していただけるんですね!?」
「うむ。明日、コートニー氏のところに事情聴取に行こう。きみと一緒にね。連行するかどうかは、そこで判断するよ」
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