第14話

 探偵少女クロエ・ガーネットはいま『パトリック診療所』の診察室にいます。庶民的な一軒家程度の大きさの診療所の中は、余計なものがなく整然としています。清潔感ある空気につつまれた診察室の机には、聴診器、薬品立て、注射針のセットなどなど、いかにも診察所らしい医療具が置かれています。


 医師パトリックさんは、分厚い眼鏡をかけた、ヤギのように柔和な顔のお医者さんです。

 クロエと医師パトリックさんは、診察室の固い椅子に腰掛け、顔を向かい合わせています。


 医師パトリックさんは、人のよさそうなおだやかな声で、言います。

 

「コートニーさんが、指を切ってここに来たのは、8日の0時頃だね」


 クロエは言います。


「そんな遅くまで、診療なさってるんですか?」


 パトリックさんは手を軽く振ります。


「まさか、まさか。わたしの住まいは、診療所の隣でね。8日の夜中、わたしの家のドアが、どんどん! とけたたましく叩かれたのさ。それで、ドアを開けるとね、左手を血まみれにしたコートニーさんが、今にも泣き出しそうな顔をして立っていたのさ。それで、わたしはこの診療所を開けて、コートニーさんの左手の手当をしたというわけさ」


「傷の具合は、どんなだったんですか?」


 パトリックさんは、目をまるくさせて言います。


「それは、それは、もう! ばっくりと切り開かれていたよ。12針も縫ったよ。あとね、手からは強い薬品の匂いがしたね」


「包丁で切った傷だったんですか?」


 パトリックさんは、また手を振ります。


「いやいや、ノミで切った、とコートニーさんは言っていたよ。たしかに、ノミならあんなふうに、ばっさりと切れてしまうね」


 少女は、自分の心臓がアイロンにも負けないくらいに熱くなり始めているのを感じました。

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