第13話
7月の太陽にも負けないくらいまばゆく光る羽のブローチを襟につけているクロエ・ガーネットは、教師コートニーさんの家のドアの前に立っています。
今日は日曜日、運がよければコートニーさんは家にいるかもしれない、とクロエは思っていました。
ドアをノックします。
「こんにちは。コートニーさん。こんにちは」
しばらく待ちます。
やがて、人の歩く音が聞こえ、ドアは開かれました。
女性がドアを開けました。30代くらいの女性です。品のよい顔つきですが、苦労している人物によく見られる、細いしわがいくつもみられました。
クロエは言います。
「コートニーさんですか?」
「そうよ」
「わたし、探偵のガーネットといいます。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
コートニーさんが、ほんのわずかに後ずさったのを、クロエは見逃しませんでした。
女性教師が、笑顔をくずさないよう必死なのが、伝わってきます。
「ええ、なんでしょう?」
クロエを家の中に入れる気がないようです。
探偵の少女は、強く咳をします。
「けほっ! けほっ!」
これは演技です。
教師コートニーさんが、心配そうに言います。
「どうしたの? 大丈夫?」
クロエは、自分の胸の周りを、痛々しく撫でまわします。これも、演技です。
「わ……わたし、喘息をもってまして……。薬を飲まなきゃ……。お水、いただけません?」
教師は言います。
「ええ、ええ。もちろんよ。さぁ、お入りなさい」
「ありがとうございます」
我ながら、名演技ね。
クロエは、コートニー先生の背中をみながら、家の中に入っていきます。
家に入るなりクロエは、獲物に向かって滑空する鷹よりも素早く鋭く、中のものを見回します。
白く塗装された板張りの壁。薪が入っていないことから、しばらく使われていないことがわかる赤レンガの暖炉。ニスが薄くなったテーブルと椅子。部屋の四方に備えられる、飾り気のない質素なランプ。安っぽいコートが1着だけかけられた洋服掛け。
棚があります。棚の上に乗っているのは、革がぼろぼろになった鞄。使い古されて錆がでているアイロン。教師の必需品の文房具入れ。
そして、棚には先端が欠けたノミもありました。
……先端が欠けたノミ……。
いま、キッチンに向かうコートニーさんは、クロエに背を向けています。
クロエは、闇夜の猫のように素早く静かに、棚のノミに手を伸ばします。まったくの無音でそれをつかみ取り、自分の上着のポケットへそれを入れます。
へへ。泥棒しちゃった。
コートニーさんのほうを見ます。女性教師は、キッチンでコップに水を注いでいました。
右手でコップを持ち、左手はだらりと下げられています。
コートニーさんの左手、親指は、包帯がぐるぐると巻かれていました。
クロエは聞きます。
「その左手の親指、どうされたんですか?」
一瞬、コートニーさんのからだが、ぎくりとこわばりました。
「え……そのね、お料理のときに包丁で切っちゃったのよ。痛かったわ」
とても、料理でできた傷の処置とは思えませんでした。
「あらら、それは大変でしたね。切ったのは、もうだいぶ前?」
コートニーさんは不安定な口調で言います。
「え、えーと、3~4日まえじゃなかったかした」
「病院で包帯してもらったんですか?」
「そうよ」
「どこの病院です?」
コートニーさんの声は、よりたどたどしくなってきます。
「パトリック先生の診療所よ」
教師コートニーさんは、水を注いだコップを片手に、クロエのほうを向きました。
「ところで、ガーネットさん、わたしに、なにかお話があるのよね?」
クロエは麦色の髪をかきながら、とぼけたように、あさっての方を見ました。
「あれ? わたしコートニーさんと、何のお話しようと思ってたんだっけ? 忘れちゃった! あ! 咳もなんだかよくなった! お水はもう結構です! おじゃましました!」
小さな探偵は、軽快に教師の家から出ていきました。
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