第11話
アプリコット・パイを平らげたクロエ・ガーネットは、結局、馬車の到着まで調査を続けることにしました。
クロエは、じっとしていることが、あまり得意ではない性格なのです。
とはいえ、どこか訪問するべき家も、思いつきませんでした。なのでクロエは、井戸の広場へ戻り、見落としがないか、再調査しようと思いました。
街とはちがい、この村にはガス灯がないので、夜の村を照らすのは、月明りと、家々の窓からこぼれるわずかな光だけです。
ランタンがないと、広場の調査などできません。
どこかで、ランタンを借りないと……。そうだ! アギュレーディアお婆さんの家には、ランタンがたくさんあった! あのアギュレーディアお婆さんからランタンを借りよう!
探偵の少女は、街の中心部の道を進み、アギュレーディア家と、広場への小道がある方へと歩いていきます。
左手にアギュレーディアお婆さんの家が見え、前方に広場への小道が見えるところまできたときです。小道の入口に、子供たちの姿が見えました。
クロエは子供たちのほうへ近づきます。
子供は4人。ランタンが発する橙色の光の中で、地面に座ってポーカーをしているようでした。子供たちの年齢は10歳前後、といったところでしょうか。
クロエは子供たちに声をかけます。
「こんばんは」
子供たちは、ゲームに集中しているのでしょう。顔をあげずに、挨拶だけをします。
「こんばんは」
クロエは聞きます。
「ねぇ、あなたたち、こんな時間まで外にいて、親にはおこられないの?」
子供のひとりが顔をあげて笑いました。
「はは! それは、大丈夫さ! おれたちは、ベッドの掛布団の中に枕を何個も丸めこませて、すやすやと眠っているようにみせかけてあるのさ!」
「ここで、この時間によく遊ぶの?」
「毎晩、ここでポーカーやってるぜ」
今日、一番の収穫になるかもしれないと、クロエは思いました。
「ねぇ、あなたたち、いつも何時までここでゲームしてるの?」
子供の1人が、しわだらけの小さなハンチング帽をくいっと動かしてから言います。
「へへ、明るくなるころまでやってるぜ。そんで、授業中に寝るんだ。へへ」
素晴らしいわね。
クロエは、青い瞳をきらりと少年たちに向けます。
「4月7日、聖金曜日の夜も、みんなここでトランプしてたの?」
ハンチング帽の少年は、楽しそうに言います。
「ああ、みんなでトランプしてたぜ。聖金曜日はスープしか飲めないから、みんなえらい腹すかせながらポーカーしてたっけかな! はは!」
「聖金曜日の夜、いつもと違うことはなかった? 例えば、いつもは聞こえない物音がしたとか」
こじゃれたベージュのベストを着た少年がいいます。
「いんや、ここはアギュレーディアお婆さんのオルガンの音が流れっぱなしだからね。何かを聞き取る、ってことは、まずないね」
「じゃあ、見慣れないひとが、このあたりをうろついてた、ってことはなかった?」
「んんー、そんなこともなかったと思うなー」
ハンチング帽の少年が、ベストの子供を勢いよく指さしました。
「おいおい! そういやよ、聖金曜日の夜っていったらよ、コートニー先生がここにきたじゃないかよ!」
クロエは素早く手帳をとりだし、その名を書き留めます。そして聞きます。
「コートニー先生っていうのは、あなたたちの学校の教師?」
ハンチング帽の少年がこたえます。
「そうさ。とっても優しい女性の先生だぜ。貧乏だけど」
「貧乏?」
「そうさ。どうして貧乏なのか知らないけどね。いつも、ほつれだらけの安っぽい生地でできたブラウスを着てるんだ。ときどき、足元に穴が空いたスカートを履いてることもあるぜ」
別の少年が言います。
「おれたち、いつかプロのギャンブラーになったら、儲けた金でコートニー先生に、なにか素敵な服をプレゼントしたいって、よく話してるぜ! それくらい、生徒思いのいい先生さ。貧乏なのが、本当にかわいそうだよ」
クロエの胸中はぞくぞくします。
「そのコートニー先生が、聖金曜日のよるに、ここに来たのね? そのこと、もう少し詳しく教えてくれない? チョコレートあげるから」
チョコレートにつられたのでしょうか、子供たちの瞳はきらきらとランタンの明かりを照らし返して輝きます。
ハンチング帽の少年が話します。
「聖金曜日の夜、おれたちは、いつものようにここでポーカーしてた。そんで、22時くらいに、コートニー先生が、ここにきたんだ。そしておれたちに言ったよ〝あなたたち、こんな時間までなにやってるの! もうお家へお帰りなさい!〟てね」
「それで、あなたたちは、どうしたの?」
「大好きなコートニー先生の言うことさ。さからうわけないさ。おれたちは、みんな家に帰ったよ」
「あなたたちが、帰ったあと、コートニー先生がどうしたか、わかる?」
ベストの少年が、すこし笑いながら言いました。
「ちょっと、ちょっと、そんなのわかるわけないじゃないか」
「コートニー先生が、夜ここにきて、あなたたちを家に帰らせるってことは、ときどきあるの?」
少年は、またハンチング帽をくいっと動かします。
「いんや。コートニー先生が夜ここにきた、っていうのは、こないだの聖金曜日がはじめてだね」
素敵なお話だこと。
そうクロエは思いました。
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