第3話

 仕事場に向かうために家を出た人々が、天からさす橙色の光を浴びて、ほがらかな朝の空気を楽しむ街の中。少女クロエ・ガーネットとトムソンおじいさんは、古びてあちこちからきしむ音がする馬車に乗って、ゆるりと道を進んでいます。


 クロエの麦色のポニーテールが、やさしい午前のそよ風になびきます。


 2人が乗る馬車を引くのは、もとは競走馬のチャンピオンで、いまは銀食器1枚ほどの価値もなくなってしまった、老馬、キング・ジョージです。クロエはキング・ジョージのたてがみを見つめています。あちこちがはげ、油分がなくなり、艶やかさがまったくない、たてがみです。でもクロエは、自分でも理由がわかりませんが、このぱさぱさのたてがみが好きでした。


 クロエのとなりで、手綱を握るトムソンおじいさんが言います。


「なあ、クロエちゃん、おまえさんは足がはやいんだ。わざわざ、わしに4ペンスもはらって、この駄馬が引く馬車なんかに乗らんで、自分で歩いていったほうがはやいんじゃないのかい? まあ、クロエちゃんの下宿は、わしが野菜市場に作物を届けに行く道中だから、まったく手間じゃないがの」


 クロエはキング・ジョージのたてがみから、視線をあげます。ひな鳥の羽衣のように柔らかい朝の日差しを浴びる、陽気な街並みに目を向けます。


「わたし、この馬車から、朝の街の風景をみるのが好きなの。それに、トムソンおじいさんとお話するのも楽しいし」


 トムソンおじいさんは、こくりこくりと小さくうなずきます。


「そうか、そうか。わしもクロエちゃんと話しがながら、街の若い衆から活気をもらうのが、楽しいな」


 素朴な麻布をかぶった幌馬車、豪奢できらびやかなキャビンをもつ箱馬車、真夏の小麦畑のようにつやつやしい毛皮の馬が引くタクシー馬車。おだやかに前進するさまざまな馬車の波のなかで、キング・ジョージはゆるりと道をすすみ、やがてクロエとトムソンおじいさんが乗る馬車は『ガーネット探偵事務所』の前に到着しました。


 キング・ジョージが老いた脚をとめると、クロエはさっそうと馬車をおります。


「ありがとう、トムソンおじいさん。野菜、高く買い取ってもらえるといいわね!」

「そうじゃな。また明日、クロエちゃん」


 老馬が再び進みだすと、クロエ・ガーネットは『ガーネット探偵事務所』の扉へ向かい、鍵をあけました。

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