ヘリコプター付近には綾女さん、理玖さん、知らないおじさんと村人数人が居た。


「そっちのほうが軽いと思う。慎重に運んでいって」


 綾女さんは段ボールや大きなバックを村人達に持たせ、村へ持って行くようにと指示していた。


「後は小物類かしら?」


「うん。後はこれが最後」


 知らないおじさんはスキンヘッドの頭に、サングラスを掛けている。態度は割と普通。


「次の物質配給の時には、村の何人かをヘリコプターに乗せるから」


「本当に外へ連れて行くの? 外で生活するのは大変だよー」


「大変だろうけど。いつまでもここには居れないでしょ。私は早くここを手放した方が良いと思ってるから」


「まぁね。いつかを考えれば今動くべきだとは思うよ」


 綾女さんとサングラスのおじさんは、意気投合をするように話していた。


「理玖。次の配給はこれぐらいにしとく?」


「んー。それぐらいで良いんじゃない? また追加があれば連絡するし」


「あたしはこれ全部運ぶから、理玖はいつもの手続きをしておいてよ」


「はいはい」


 綾女さんは二つの白い箱を乗せた台車を押そうとするとき


 こっちへ勢いよく振り向いた。



「.......獣かしら」



 綾女さんはため息をついてから台車を押し、林の中へ消えて行った。



 ........間一髪だった。綾女さんが振り向く瞬間に、俺達は茂みに隠れた。


「危なかった.......。見つかってしまったら。散弾銃でぶち殺されるところでしたね」


「ここに来ても散弾銃を手にしている警戒心はすごいよね。一瞬で、特に俺は死ぬだろうな」


 綾女さんの背中に背負ってる散弾銃は、よく見ると結構大きい。もしかしたら弾は四発セットが出来るやつかも。


 

「理玖。お前は村に残りたいって言っていたよな。それはなんでだ?」


 サングラスのおじさんが言う。


「んーなんとなく? 強いていえば村を愛してるからなんつって」


「村を愛してる? お前がね」


「愛してるというより呪縛かな。どこへ行っても何処へ逃げても。俺の運命は逃れられないと思うんだ。きっと血の繋がり、縛りなんだろうな」


「サイコの血を引くのは辛いか?」


「どうかな........、引くとか引かないとかには興味がなくて。ただ俺は。いつか人を滅ぼす存在になるんだと強く思うよ」


 おじさんは大笑いをする。


「笑ってるけどさぁ、結構本気で言ってんだぜ?」


「お前はいつも本気じゃないだろ」


「えー、まっさかぁ」


 理玖は澄んだ空を見上げた後、目を瞑る。


「........そうかもね。でも今からは本気だよ」



 それは一瞬の出来事だった。



 理玖さんはナイフで、おじさんの首を掻っ切った。


「........お前.......? どうして」

 

 おじさんは片手で首元をおさえ、目を見開きながら理玖を見つめる。


「ごめんな。おじさんには世話になったし恨みはないけど、居ると面倒だから」


 おじさんの首からは鮮血が噴水のように噴き出し、横へドサッ、と倒れた。


 理玖さんは血飛沫が掛からないように避けた為、衣服は全く汚れていなかった。ナイフには血が付着してる。


 理玖さんはおじさんに向かって手を合わせた後、俺達の方へ振り向く。



「無事に来れたんだね。よかった良かった」


 

 彼は笑いには。俺達に対する敵意は一切感じられなかった。


「行くよ早見」


「え!? ちょ、せんぱっ」


 俺は意を決して理玖さんの元へ歩む。


「........その人。死にましたか」


「死んだに決まってるさ。これでも俺、殺し慣れてるからね」


 理玖さんは挑発するように発した。



「やっぱり理玖さんだったんですね。地図を書いたのは」



 理玖さんは頷く。


「早見に渡し、俺達をここに導いたのは何故ですか?」


「そんなの簡単じゃん? アンタらを脱出させる為。ついでにヘリコプターの本も。俺が書いたのだけど気付いてるよね」


「はい。さっき気付きました」


 理玖さんは手の内でナイフを弄ぶ。


「長かったなぁ。もう彼此十年近く経ってしまった。アンタらみたいな奴はいっぱい居たのに、助言しても死んでいく........。次も無理かもしれないと思いつつ、微かに希望を抱いていたよ。アンタらは今までとは違った冷静さ、意思を感じ取れたから」


「これは明らかな裏切り行為ですよ。何故こんな.......」


「憎かったんだ。自分も村長も綾女もマー君もみんなも。人を殺しても平気な血を受け継いでしまった悲しみってわかる? 俺は嫌だったんだ。運命だと思い流されていたんだけど、いつか自分はこの血を絶たなければならないと思ったんだ。永遠に滅し、そして悲しみの連鎖を作らないように、てね」


 理玖さんは微笑する。


「意味わかんないよね? いきなり過ぎて。でもヒントを与え過ぎたらどこかでゲームオーバーになるし、だからって俺との信頼関係が無いのもアウト。その為に雄太、特に美来とは接触したんだ」


「え。全部計算だったんですか」


「勿論だよ美来。はじめっから好意的にしたのも、助けたのも全部計算内。とはいえ。いつアンタらが殺されてしまうのかヒヤヒヤしていたんだよ。美来は若者ながら突っ走るし、雄太は無茶をするし。まぁ楽しめたけどさ」


 理玖さんはズボンのポケットからUSBメモリと使い捨てカメラを俺に渡してきた。


「メモリ内には新柳村の実態、村人の記録とか細々に書き込んで保存してる。使い捨てカメラには証拠画像が盛り沢山」


「ふざけて撮っていたわけではなかったんですね」


「ふざけてるようで。常にアンタらや村人を監視していたんだよ。村の外に出ていたのも、地図の書き込みをする為だったし。他にも伏線ワード炸裂だったけどちゃんと覚えてる?」


「忘れないようには.......」


「先輩。実は私、理玖さんから色々聞いていたので後で答え合わせしましょう」


「美来は最後まで強かったね。そうゆう所は好きだったなぁ」


 理玖さんは早見の頭を撫でる。


「怖くないの?」


「いえ」


 内心、殺人鬼に怯えてるはずなのに。強がっているのがまるわかりで。それに理玖さんは笑った。


「女は強しって言うけど、時には弱くて可愛らしくなった方が良いぜ。守られるのは楽だから」


「守られる自分から卒業したいです。いつか誰かを守れる自分になり、誰かの為になりたいので」


 早見は凛とした瞳を見せる。


「程々にね。女を捨てると、どっかのおばさんみたいになるよ」


「おばさんって綾女さんですよね? どう見てもおばさんには見えないですが.......」


 俺が言うと、理玖さんは息を吐き、腰に手を当てた。


「見た目はね。後、村長の正体は辻島牡蠣太郎って知ってる?」


「「え!?」」

 

 俺と早見は同時に驚いた。


「えー。割とヒントあったはずだよ? 他にもビックリ話があるけど時間が無いから。USBメモリ.......。あ、そうだ」


 理玖さんは再度ポケットに手をいれ、電源の入ってない二台のスマホを俺に渡してきた。


「黒と赤のスマホ.......! 私達のスマホですよね!?」


「最初の頃に奪っていたんだよね。何もいじってないから安心して」


「あ、ありがとうございます」


「鞄を取り返すのは難儀だけどね」


 俺は頭を横に振った。


「十分です。あの。ありがとうございました。理玖さんが居なければ俺達は死んでいたのかもしれない。ごめんなさい。貴方には失礼なことをたくさんしてしまいました」


 俺は頭を下げると、早見も続いて下げた。


「いいよいいよ。俺も失礼な発言いっぱいしたし」


「理玖さんも一緒に脱出しませんか? 一緒だと安心ですし」


「俺はまだやる事があるからね」


 理玖さんは村へ指をさした。



 遠くで村は、燃えていた。



 黒い煙をあげ、真っ赤な炎が舞っていた。


「良い感じに燃えてるねぇ。これならアンタらがヘリコプターで逃げても気付かれないかな」


「火を付けたのは理玖さん、が?」


「俺は頭が良いからね。何時ぐらいに燃えるように仕向けるのは簡単だよ。あれじゃ、村自体の機能が成り立たなくなるね」


 理玖さんはナイフをポケットに仕舞う。


「最後に言い残そうかな。俺はね。小さい頃か、自分が嫌いで、全てを憎んで生活していたんだよ。人を食い、拷問し、女には精液を飲ませ、セックス漬けにし、宗教みたいに支配された村には、異常しか感じなかった。だけど閉鎖的な村で何をしたら良いのか分からないし、逆らえば自分でも死ぬとは思った。だから下手に動かず、従うフリをして誰かを待っていた。自分を救ってくれる奴らをね」


「救う、ですか?」


「さっきも言ったけど。俺はこの血を途絶えないといけないって思っていたんだ。一般の世に放せば、また柳村のような事件が起きるかもしれない。それは絶対に阻止しないといけない」


 理玖さんは俺達に背を向けた。


「ヘリコプターの操作は難しいものじゃない。離陸と着陸以外はオート操作にして、とにかく街の方へ逃げる。その間に警察に通報したり、アンタらが見た世界を報道して貰うんだ」


「その間に。理玖さんはどうするんですか」


「そりゃー時間稼ぎだよね? 綾女と戦う羽目になるから生きていればラッキーってとこかな」


 理玖さんは顔だけをこっちへ向けた。


「まぁまぁ楽しかったよ。退屈しなかった礼じゃないけど、アンタらと会えて良かったと思ってる。報道よりも、アンタらが真実を言うべきだろうね。見たもの聞いたもの、感じたものが二人の真実であり全てなんだ。恐れず、言いたいことはしっかり言うんだよ」


 理玖さんはいつもと違った優しい微笑みを見せた。


「はやく行きなよ。もう時間が無いから」


「.......はい。今までありがとうございました」


 俺は言った後に早見の手を握り、ヘリコプターの中へ入る。


 ヘリコプターの操作は、自分でも何とか出来そうと思った。


 早見にマニュアル本を読み説明してもらいながら、俺は操作手順をゆっくりと的確にしていく。


「早見、シートベルトしてくれ。離陸は不安定になる」


「するに決まってます!」


 俺達はシートベルトをし、ワイ字型のハンドルを持つ。


「よし。動かすぞ」


 手のひらが汗ばんでるのを気にしながら、ボタンを押す。するとヘリコプターは。少しずつ宙へ浮ぶ。



 浮かんでいったときに、発泡が響いた。



「は? な、なに!?」


 俺達は下の方へ向いてみると、林の中で綾女さんが散弾銃を構えているのを目撃した。


「お前たち!! 今すぐヘリコプターをおろしなさい!!! さもないと機械ごと殺す!!」


 綾女さんは拡声器で荒げて叫ぶ。


 やばいと思いきや.......。理玖さんが林へ入り、綾女さんを勢いよく蹴り飛ばした。それに綾女さんは体勢を崩し、散弾銃も拡声器も飛んだ。



「気にするな!! はやく飛べ、行け!!! 雄太と美来には俺の夢を抱いているんだ! だからはやく!」



 理玖さんは拡声器を使用し、声が潰れそうな程に叫んだ。


 俺は迷ってる暇がないと決意し、一気に空へ上がった。


 ヘリコプターの揺れのせいで吐き気がしつつも、とにかく山を越えた先へ向かった。


 また発泡音が聞こえてきたが俺達にじゃない。


 多分、理玖さんにだ。





 大分経った頃にヘリコプターを自動切り替えにし、辺りを見回してみる。


 山や道しかなく、まだまだ家は見つからなそうだ。


「........理玖さん。死んじゃったのかな.......」


 早見はヘリコプターのマニュアル本を抱きしめながら言った後に、涙を流した。


「理玖さん変態でしたけど。凄く良い人でしたよね」


「ああ。理玖さんのおかげで、俺達は生き残れたんだ」


「理玖さんはずっと助けて欲しかったのかな。異常の世界で異常を演じ続けないといけない理不尽や恐怖を、誰かに解放して貰いたかったのかも」


「ちょっと分かるかも。一つの世界でしか生きれないのは辛いかもね。多様な世界があってこそ、何か楽に感じるのかもしれない」


 俺達も実際に怖かった。いつ殺されるかもしれない中で、異常に馴染まないといけなかった。


 もし正しいがない、ただ不条理で頭がおかしい人達に染まってしまったら.......。考えたくない。



「早見、夕日が綺麗だよ」


 山の奥には夕日が輝いていた。空は水色と褐色のグラデーションを作り、雲は薄い紫色に染まっていた。


 生暖かく、懐かしいような景色。


 元の世界に帰還したような感動に包まれ、俺までも涙が出てしまった。


「これからはトラウマや仕事や今後とか色々厄介な事が降ってくる。でもこの景色を見たらやっぱり生きてて良かったと思える。自然って凄いよね」


「私もですよ。先輩も私も生き残れて.......。今はそれだけでもう十分です」


「ちゃんと伝えよう。理玖さんの為にも」


「はい。私は逃げも隠れもしません。真実だけを伝えます。それがきっと。記者の姿だと思いますから」

 

 

 俺達は海をこえ、夜の都会へ来た。


 そこは自分達の知らない場所だが、とりあえず山にヘリコプターを着陸させ、警察署へ駆け込んだ。


 先に電話をしていた為、すぐ対応してくれた。



「俺達は元柳村の場所で二ヶ月以上監禁をされ、今ヘリコプターで逃げてきました。場所はーー」



 俺は冷静に事情説明をした。


 警察は最初あまり信じてくれなかったが。早見と俺の捜索願いが出ているのを知ると、事件性があると言ってくれた。


 USBメモリとカメラは敢えて隠した。こちらで調べてから警察に渡すつもりだった。



 深夜には俺の父親と早見の両親が警察署内に来てくれた。


 早見と早見の両親はお互い抱き合い、子供のように泣き叫んでる間


「雄太。お前は彼女を守れたか」


 俺の父親は相変わらず冷酷的だ。


 父は苦労した白髪に、顔には皺が深く刻まれており顔付きが険しい。


「もちろんだよ。俺が巻き込んでしまったから」

 

 頭を拳で殴られた。


「何を偉そうに! また馬鹿なことをして.......、次は縁を切るからな!」


「........ごめん」


 俺が幼い頃に。母親は不倫をして出て行き、父親の手一つで育てられた。

 時に厳しく、間違ったことは許さない頑固なところには少々疲れるが、その分良い父親だ。


「迷惑をかけるのは自分だけにしろと何度も言ってるだろ。まず早見さん一家に謝罪するぞ」


 強引に腕を引っ張られる。


「ま、待ってよ。早見は許してくれてるって。それより後一つ。迷惑かけても良いかな?」


「........お前がしたい事は、嫌ってほど分かる。俺にソックリだ」


 俺が持っているUSBメモリとカメラに、父親は察して呆れていた。


 父親に柳村の件は軽く伝えていた。


「だって俺は父さんの息子だから。知ってはいけないことを知りたくなるのが、記者のあるべき姿だもんね」


「度が過ぎるな馬鹿め」


 また殴られた。


 父親は少し涙目になっていたところに、さすがに罪悪感が芽生えた。


「........ごめん父さん。次は本当に気をつけるから」


 父は元記者だ。凄腕で、真実を曲げたくない正義感の溢れる人だった。



 だから、なりたかった。



 頭が良くて、少し冷たいけど優しい父親のような記者に。

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